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魔女論争 ランプ売りの青年外伝4 魔女シリーズ2  作者: ふん


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第二十五話

 リットとノーラが自分の町へと戻り、再びランプ屋を開けてからしばらく経った頃。

 天気は煙る小雨。視界を悪くしたかと思ったら、徐々に雨に変わり音を響かせ始めた。雨粒を地面に叩きつける打楽器のような音は、店の外の音をかき消した。

 雨雲のカーテンに辺りも暗くなり、太陽に負けていたランプの灯りが、今となっては太陽の代わりのように光っている。

 これが遠い地方で起こった干天解消の影響なのか、今日一日は止みそうになかった。

 こんな日は客足も遠のくだろうと思ったが、そうもいかない。

 リットのランプ屋は人間以外のお客も多いのだ。

 今も一羽のフクロウが窓をコツコツとくちばしでつついている。

 リットが店の窓を開けてやると、フクロウは分厚い手紙の束を結んだ紐を咥えていたのを、その場に投げ捨てるように寄越し、フラフラとよろめきながら近くの木の枝影へと消えていった。

 フクロウからの手紙というのは限られている。魔女のうちの誰かだ。

 そして、それはグリザベルからだろうと思っていた。勝手に帰ったことへの文句と、その後どうなったかという話だろう。

 リットの予測は当たっていた。

 十枚の文句と、七枚の愚痴。そして三十枚にも及ぶ自分の見解だ。

 その全てを読む気力など無く、リットは気になる単語だけを拾って読んでいた。

 結論から言うと、サラマンダーとノームによる干天の現象は完全に解決したということだ。

 だが、闇に呑まれた現象が解決した時のように、急激に乾いた土地に緑が戻ったわけではないという。大地はまだ乾いたまま。それでも、生命力の強い雑草から順に眼を出してきた。

 それもすぐに解決するだろうとのことだ。なぜなら、魔力によってせき止められていた川が流れ出したからだ。川の水は草花とは違い、枯れたのではなく消えていたのが、魔力の流れが正しくなったので再び現れた。これはベリアの街でグリザベルが井戸の水を戻したときと同じことだ。

 川は血管のように大地に張り巡り、栄養を運んでいるので雨が降るよりも早く芽が出たのだ。

 だが、枯れた木がどうなるのかはわからない。また一からゆっくり成長するのか、四精霊の影響で成長が早まるのか。それとも、なにかの拍子に消えていたものが現れるのか。

 グリザベルとマーと共に、しばらくは故郷のドゥルドゥに腰を落ち着けて、土地の行末を見守るということだった。

 リットが手紙を読み終えて、その辺にぞんざいに放り投げた時だった。

 また一羽のフクロウが店の窓を叩いていた。

 グリザベルが手紙を出す時のフクロウは、褐色の羽毛に白い斑点のフクロウだが、このフクロウは違った。今まで見たことのないフクロウで、燃えて一日経った乾いた灰色をしている。

 窓が開けられると、フクロウはリットが座っていたカウンターまで手紙を届けて、すぐに窓から出ていった。

 手紙の差出人はルードルだった。

 魔女によって、使い魔のフクロウの態度もかなり違うようだ。

 グリザベルのフクロウは自身の使い魔ではなく、祖母のフクロウを借りているので言うことを聞かないのは仕方ないことだ。それでも、正式な使い魔となっているグリフォンに届けられるよりマシだ。

 あのグリフォンが来るとなると、いちいち町は騒がしくなってしまう。

 リットはカウンターに座り直すと、封を切って短い手紙を読んだ。

 内容は、その後の変わりはないかということだった。

 リットは手紙を持っている腕を見た。まだ紋章は残っているが、今までと変わらずなんの反応もない。

 ルードルの話では念の為。魔力の強いものには、紋章が入れられた腕で触らないほうがいいということだった。

 なにかの拍子に反応することがあるかも知れない。そして、なにかが起こってしまえば誰にも止められないと。それは精霊にもということだ。

 たっぷりと脅し文句が書かれた後には、世界に影響を与えるような強大な魔力に触れない限りは大丈夫だろうと書かれていた。

 というのも、まだ完璧に消えていないウンディーネの紋章からなにも起こらなかったからだ。サラマンダーとノームの力にも呼応しないとなると、よほどのことがない限りは影響を及ぼさないということだ。

 手紙は一枚だけだったが、刺繍の入ったコースターが二枚同封されていた。嫌味なのか茶目っ気なのかわからない。サラマンダーとノームの紋章が刺繍されている。

 リットは「旦那ァ……」と奥の部屋からやってきたノーラにコースタを投げ渡した。

「やる」

「じゃあ、代わりにどうぞ」

 ノーラは手紙をリットに渡した。

「なんだよ……」

「なにって手紙っスよ。パッポンっと窓にいきなり張り付いてきたんスよ。驚いたことに、この雨でも濡れないんスよねェ」

 リットはどこから飛んできた手紙かと宛名を見ると、自分の名前になっていた。

 差出人はデルフィナ。

「どいつもこいつも……魔女ってのは手紙を書くしか趣味がねぇのか」

 リットは先に届いた手紙をノーラに押し付けた。炉にでも入れておけと。

「あんらァ………この分だと、あいつからもそいつからも届きそうっスねぇ」

「家の場所なんか教えてないってのによ」

 デルフィナの手紙は精霊について書かれていた。

 サラマンダーとノームの力が暴走した原因は、最近起こったものじゃなさそうだということだった。

 なにか過去に起こったものが、なんらかのタイミングにより今影響を受けた。

 それが自然界で偶発的に起きたものなのか、人為的なものなのかはわからない。

 魔女が精霊召喚と呼んでいる。干天、豪雨、極暑、極寒というのは、今回の精霊の暴走以外でも起こるものだ。そうして地形は変わっていく。

 その力は地図を書き換えるほどのもの。森が砂漠になるように、逆に砂漠が森になることもある。

 その謎の末端でも解くことが出来れば、精霊師というものが魔女の間でも認められるようになるだろうということだ。

 三人からの手紙は、それぞれ自分の見解であり考察だ。結局のところ、魔女の論争はまだリットを通して行われているのだ。

「全部燃やしていいぞ」

「本当にいいんスか? 燃やしちゃったら、返事を書けなくなりますよ」

「返事を書かねぇのか答えだ。これ以上なにを聞けってんだよ」

「そりゃあもう……スパイスのことっスよ……」

 ノーラは見たことのないような真面目な顔で、空になった小袋をリットに突きつけた。

 スパイスの匂いは小袋にしっかり染み付いており、その匂いだけでお腹が鳴りそうなほどだ。

 そして、その匂いは今現在リットの口からもしていた。

「確かに勝手に使った。でも、オレが使った時はまだ残ってたぞ」

「私は計算して使ってたんスよ。今日のおやつで使い切る予定だったんス。どうしてくれるんスか。このはちみつを塗ったパン」

 ノーラは最後のスパイスはたっぷり塗ったハチミツと一緒に食べると決めていたのだ。

「食えばいいだろ。んなのも持って歩いてると、アリにたかられるぞ」

「聞いたのはそういうことじゃありません。私はスパイスの効いたパンが食べたいって言ったんです」

「そんだけハチミツを効かせてんだからいいだろ。ハチミツってのは高価なもんなんだぞ……それをオマエ……クマだってもっと遠慮して使うぞ」

「せっかく……かけるだけで何でも美味しくなる魔法の粉が手に入ったというのに……短い夢でしたねェ……。まるで干天が起こったかのように消えてしまいましたよ……。旦那の腕には三つも精霊の紋章が揃ってるんすから、願い事の一つくらい叶える力はないんスかァ?」

「んな力がありゃ、今頃オレは極上の酒に舌鼓を打ってるとこだ」

 リットが腕の紋章に目をやったところ、またも店の窓がノックされた。

「まさか……旦那ァ!?」

 ノーラは願い事が叶ったかもと目を輝かせた、窓を開けたリットは「残念だったな」と言った。「マーとシーナからの手紙だ」

 リットは封を切ると、ノーラ宛のもあると手紙を渡した。

 リット宛てに書かれていたのは、ほとんどが修行の愚痴だった。相変わらず弟子を理解しない師匠のことと、理解されたらされたで、手のひらの上で踊らされてる感じがして複雑だと。

 そして、師匠達の手紙には一言も書れていなかった御礼の言葉が書かれていた。

「弟子のほうがしっかりしてんな」

 リットは手紙がどこかへ飛んでいかないように、重し代わりのランプを乗せて立ち上がった。

 向かう先は店のドアだ。

「旦那ァ。こんな雨の日にどこかへ行くんスか?」

「雨の日だからだ。人が来ねぇから店を開いてる意味もねぇしな。こういう急な雨はカーターの酒場のサービスがいいんだよ。材料が無駄になるってな」

 リットがついてくるかと聞かなくてもノーラは、ハチミツを塗ったパンを口に押し込んで我先にとドアへと向かった。



「商売上がったりだぜ……」

 カータは雨空よりもどんよりとした雰囲気で肩を落としていた。

「そういうもんだ。こういう日は皆家に閉じこもってる。外に出る言い訳が見つからねぇからな」

 リットは既に頼んだウイスキーで一杯やっていた。

「雨を晴らす力なんてもんはねぇのか? あったらオレは一年中天気にしてやるのに」

 カーターは野菜のスープをよそった皿を乱暴にノーラの前に置いた。怒っているわけではなく、動作の一つ一つが、自分で知らないうちにウサを晴らそうとしているのだ。

 ノーラもそんなことをいちいち気にすることもなく、カウンターにこぼれた汁を指で拭ってしゃぶってからスープにがっついた。

「オレは雨でいい。明日になりゃ、オイルを買いに来る客も増えるだろしな」

「そっちはいいだろうよ。この薄暗い中で皆ランプを使うからな。オイルね……。そうだ! リットのところに太陽の光を発して燃えるオイルがあっただろ。あれで、この町を照らせばいいんだ」

 カーターはさも名案とばかりに声を大きくした。

 しかし、リットの反応は冷ややかなものだった。

 バカなこと言うなと呆れた視線を浴びせてから、酒を一口のみ、また同じ視線をカーターに送った。

「なんだよ……。リットはいつもそういう事件を解決してきてるだろう。オレが口に出したらおかしいっていうのか?」

「そのとおりだ。過ぎたる力は身を滅ぼすってのを知らねぇのか? 有るものを使うのがいいんだ。それが精霊師なんだとよ」

「じゃあ、その精霊師に言っといてくれよ。オレは有るものを使おうとしてるんだって。そのオイルはリットのとこの売りもんだろう?」

「最近じゃそうもいかねぇんだ……。庭に妖精が居着いたせいで、気軽に妖精の白ユリを摘めねぇんだよ」

「妖精ね……」と、カーターはため息をついた。

 この町では妖精の姿が珍しくなくなっていた。元からチルカをよく見かけていたというのもあるが、入れ代わり立ち代わり迷いの森から妖精が移動してくるせいだ。

 妖精は積極的に人間と交流を持とうとはしていないが、妖精は性質的にいたずら好きということもあり、あちこちでその被害が出ていた。

 当然カーターの店にも被害が出ている。

「立ち寄る冒険者が皆驚いてるよ。こんなところに妖精がいるのかってな」

 カーターはいつも店を空けてるから知らないだろうと付け足した。

「知らねぇな。それにな、今は妖精なんてチンケなもんにかまってる暇はねぇんだ。チルカがどんだけ扱いやすかったか身に沁みてるとこだ……」

 リットはコップに残った酒を一気に煽ると、ため息を付きながらカウンターに突っ伏した。

「悩みがあるなら聞いてやるぞ。なんたって暇だからな」

 カーターが茶化すように言うが、リットは酒のおかわりを頼んだっきり押し黙った。

 代わりにノーラが「旦那は今、精霊と揉めてるんスよ」と言った。

「精霊だァ? ……悪いが全然ピンとこない」

 カーターの言っていることは正しかった。普通は精霊などと言われてもピンとこないものだ。昔ながらの儀式が残ってる村や、人間以外の種族なら精霊と関わりが深いが、一般人は知ろうともしない。

 そして、以前はリットもそっち側だった。

 闇に呑まれるという現象を解決するために動いていた時もそうだ。精霊の話は出るが、ピンとは来ていないままだった。

 それが今回。精霊の力をまざまざと見せられたせいで、すっかり精霊とはなにかと考える側に来てしまったのだ。

 リットは自分とカーターを挟むカウンターが、まるで境界線かのように思えた。

「この雨も精霊の影響ってやつだ」

 リットがかいつまんで言うと、カーターはほら見ろと手を打った。

「なら、精霊に雨をやませるように言ってくれよ。せめて、このチーズを使い切るまで。カビが生えちまうよ」

「無茶言うなよ。こっちはそれでひどい目に合ってきたばかりだってんだ」

「仕方ないっスねェ。ここは私がどうにかしてあげましょう。精霊と関わり、魔女の知識を手に入れたのは旦那だけじゃないんスよ。あるものを使えばいいんス」

 ノーラは自信満々に言うと、意味ありげな笑みを口元に浮かべた。

「……オマエなんか教わったのか? デルフィナから」

 ノーラはデルフィナからハッカというハーブの使い方を教わった。それは自分の力をサラマンダーの火に近付けるためだ。

 もしかしたら、自分が知らない間に他にも教わったのかも知れないとリットは思った。

「今言ったじゃないっスかァ。あるものを使え。ここに有るもの。それは――」ノーラはもったいぶって間を開けてから「お金が入った旦那の袋!」

 ノーラが小袋掲げるとカーターはやんやと拍手を送った。

「そしてさらに、ここにある者。それは――私っス。つまり、そのチーズは私が食べてあげましょう。旦那のお金で」

「いやぁ……まいった……。ノーラってのは天才かも知れないぞ。精霊なんかよりよっぽど人間の味方だ」

 カーターは決まりだとノーラから袋を受け取った。そしてすぐに、チーズを調理し始めた。もう返品は不可だというように手際が良い。

「おい……オレの金だぞ」

 ノーラは悪びれもせずに「そうっスねェ」と返事すると、自分のポケットから小袋を出してリットに押し寄せた。「これ……私の粉っスよ」

 ノーラにしては珍しく、根に持ってネチネチ言ってくるので、リットは仕方がないと諦めた。

「わーったよ……。まぁ、安いもんだ。もう一回ドゥルドゥに行くよりはな。もし行ったら、次はなにを頼まれることやら……」

 リットはため息をつく。そのため息は風となって、紋章の入った腕をなぞったような気がした。

 まるで――欠けた一つを迎え入れるかのように。






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