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魔女論争 ランプ売りの青年外伝4 魔女シリーズ2  作者: ふん


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第十九話

 中細りの円柱の大きな岩が樹木さながらに一本立っている。そこから湧き出る湧き水はキノコのような水の笠を広げて、下にある小さな池へと音を立てて流れ落ちていった。

 その噴水のような池が、シーナに連れてこられた最初の場所だった。

「リットさん、降りてきませんの?」

 シーナはグリフォンの上に座ったままのリットに声をかけた。

 グリフォンの首に肘をついているリットは、池を睨んだままため息をついた。

「これ以上変な紋章を入れられてたまるか」

「ウンディーネならいませんわよ。普通はわざわざ人間の前に姿をあらわしませんもの」

 シーナはついてこないならご勝手にと背を向けた。

 その手に持っている不思議な道具が気になったリットは、ここにいるかどうかもわからないウンディーネを警戒して周囲を見回してからグリフォンから飛び降りた。

 足元の苔に滑ってしまい、転ばないようにと混乱した足取りは、駆け抜けるように池まで一直線。なんとかすんでのところで伸びた木の枝を掴んで、池に落ちる前に止まった。

「なにをはしゃいでいますの……。下は苔で滑るので危ないですわよ」

「ありがとよ。次からは降りる前に言ってくれると、なおありがてぇ……。で、そいつはなんだ」

 リットは薄いガラスケースを覗き込もうとするが、不用意に触って壊されてはたまらないと、シーナは体を捻ってリットから遠ざけた。

「おもちゃじゃありませんのよ」

 シーナは高い背で影を作るように、リットを見下ろして睨みつけた。

「おもちゃなら気にならねぇよ。違うってわかるから気になってんだ」

 ガラスケースは黒い枠組みにはめ込まれており、長方形ではなく台形に近い形をしていた。

 保存するためのものではないのはわかったが、なにに使うためのものかはわからなかった。

「呆れた……自分がやったことなのに、無責任過ぎませんこと? あなたが作らせたようなものですのよ」

 シーナはリットの顔に突きつけるようにして、よく見ろとガラスケースを見せた。

「町中で言われたら完璧に誤解されるセリフだな……。父親探しなら他所でやってくれ」

「リットさんが使った保護ケースを作った魔女に、私を使って手紙を出させたことをお忘れになりましたの?」

 リットはそういうこともあったと思い出した。結局保護ケースは使わずに、ウンディーネの力で浮遊大陸の植物を育てることになったので、すっかりそのことを忘れていたのだ。

 リットは忘れて終わりで済んだのだが、シーナはそうはいかなかった。保護ケースの代金を踏み倒した犯人の居場所が見つかるかもしれないと、半ば強制的に弟子入りをさせられたのだった。

 代金を踏み倒したマニア・ストゥッピドゥという植物学者の話は、リットから詳しくは聞かされていなかったで、シーナはその魔女を騙したような形になってしまった。結果待ち受けていたのは、やつあたりにも思える厳しい修行。そして、その修業終わりに卒業の証と記念にもらったのが、このケースだという。

「これは『魔水計』というものでして、水の魔力を図るものですのよ」

 シーナはかがんで池の水をすくうと、比較的平らな場所を探してケースを置いた。そこへ、宝石箱から取り出した小さな魔宝石を一つ落とし入れた。

 この魔宝石はとても微弱な力で、あっという間にウィッチーズ・カーズを起こす。

 その時、魔宝石が台形の中心に浮かべば、純粋な水の魔力ということになる。浮きすぎれば風の魔力が多く、沈めば地の魔力が多い。他にも性質の強弱によって水の色が変化するとのことだった。

「随分便利なものがあんだな。グリザベルは魔力を感じろってうるせぇのに」

「その魔女は、魔力を肌で感じる時代は終わりって言ってましたわ。魔女界は己の正しさの押し付けあいみたいなところがありますので、修行の先々で気を使って大変ですわ……。よく調べずに次の修行先に向かって、前の師匠と仲の悪い魔女だったりしたら最悪ですのよ。基礎から否定されて、新しく覚え直させられますの」

 シーナは聞いた話ですけどと、愚痴の書かれた手紙を読み上げた。

「コウモリ便が流行るわけだな」

 マーといい、シーナといい。他の魔女見習いもそうだろうとリットは思った。どこの修行先でも、師匠と弟子という関係は一筋縄ではいかないようだ。

「そうですの。なのでマーが羨ましいですわ……私はまだ本師匠が見つかっていませんもの」

「隣の芝生はって奴だな」

「わかっています。青く見えるのは当然ですわ。それでも、日に日に誰かに成長を認められるのは羨ましい限りです。私は成長しても、また一からですもの」

「そうじゃねぇよ。覗く奴はド変態ってことだ。隣と比べてなにが楽しいんだよ」

「それは……」とシーナは一瞬口ごもった。「現在の自分の立ち位置や……誰より劣って、誰より優れているか……。そういう不安を持って当然だと思いますけど! まだ未熟なのですから、尚更に!」

 シーナは自分の気持ちなどわからないのに、適当なことを言われたので声に怒気を込めた。

「隣に勝ってところで、次は逆隣が気になりだすだけだろ。で、次は先隣が気になりだす。そうして勝ち続けて出来上がったのが国だ。統治でもするつもりか?」

「そういうわけじゃあ……ありませんけど……」

「そういう事を考えずに自由にのびのびやれってことだろ。ルードルが言ってるのは。魔女ばっかり見るから芝生が気になるってことだ。魔女を切り離せば芝生以外も気になるだろ。塀とか家とか、そこに住んでる奴のこととかな。それが見識を広めるってことだ。そうすりゃ、なんで青く見えるのかを判断出来るようになるってことだ。塀の色とのコントラストでそう見えてるのか、手入れの仕方が違うとかな」

 リットは魔水計を指でつつきながら言った。

 中の魔宝石は浮かび上がることも沈むこともなく、張り付くように真ん中から動かない。左右に傾けても同じ場所から動くことはなく、この池の水は限りなく純に近い水の魔力を持っているということだ。

「なに、ボーッとしてんだよ。さっさと汲んで次の場所に行くぞ」

 リットは空樽を取りにグリフォンの元まで向かい戻ってきたが、シーナはまだボーッとしたまま突っ立っていた。

 リットに背中を小突かれると、我に返って長いため息をついた。

「なにか納得いきませんわ……」

「なにがだよ」

「納得いかされたことに納得がいきませんの。普段がもう少しまともなら、素直に感動出来るのですけど……」

「感動する暇があるなら、次の水場に案内しろよ。助言はタダじゃねぇんだぞ」

 リットは水の入った樽をグリフォンの背中に乗せると、縛るのを手伝えと顎をしゃくった。



 それから二箇所水場に寄ったが、グリフォンに乗って移動するので時間は思ったよりもかからず、日が落ちる前にルードルの町がある谷底へ着くことが出来た。

 グリフォンに別れを告げ、ここからはリットとシーナが手分けして荷物を持って、町まで歩かなければならない。

 水の入った小樽は重く、歩を進める度に汗が滴り落ちてくる。

 水浴びをしたかのように汗だくで持ち帰ったリットの目に入ったのは、あまりにもな散々な出来のゴーレムだった。

「……ずいぶんでけぇ糞をしたもんだな」

 リットは全身から力が抜けていくのを感じた。苦労して水を持ってきたというのに、肝心のゴーレムがこれだ。

 如何にも見習いらしい出来損ないの泥の塊が、妙な光沢をもって夕日に照らされている。

「いえいえ、初めてにしては上出来ですよ。縫い込んだ魔法陣というのは制御が難しいのです。魔力を流すだけでもとても神経を使う作業なのですよ。師匠の教え方がいいのかしら」

「自画自賛か……」

 リットは樽の蓋を開けると、一杯だけコップに注いで飲み干した。

「私のことではなく、本物の師匠のことですよ。マーさんは基本をしっかり理解していらっしゃるようで、蓄積した基礎をあらゆる場面に当てはめる能力があります。これは大変立派なことですよ。構造的把握力は魔法陣を描くうえで、とても重要な能力ですから」

 リットは鼻の穴をふくらませて照れているマーに「だとよ」と肩をすくめた。グリザベルの教え方は間違ってないという意味を込めて。

 それを理解したマーは複雑な心境だった。

 自分が文句を言いながらやらされていたことが評価されたのだ。グリザベルの意図を汲んで学んでいたのなら、師匠を褒められた喜びがあったかもしれない。

 もうこれ以上必要ないと思っていたものが評価されたので、自分が無能のように思えてしまった。

 だが、それはシーナの「マーさんも苦労していらしたんですね……」という言葉によって救われた。

「そう……弟子という不安定な立場。もっとしっかり言葉で支えて欲しい」

「わかりますわ! 正解不正解の判断を待つだけの焦燥感。夜もなかなか寝付けませんの」

「私はぐっすり。寝付けないのは枕が原因。寝る前に枕を叩いて、詰め物を中心に寄せるのが快眠のコツ」

「私は自己評価を正しく出来るための、提言が欲しいと言っているのですわ」

「私もそれが言いたかった。勝手に答えを出したり、答えを知らされないものを延々やらされたり……信頼関係の危機」

「もう……そういうことでいいですわ。とにかく今日は語り合いましょう。弟子同士傷をなめ合えば、少しはスッキリしますわ」

 シーナが手を取って強く握ると、マーは不快に顔をしかめた。

「その汗だくの体をなめ合うのはちょっと……」

「そういう意味じゃありませんわ……。それにマーさんこそ泥だらけですわよ」

「なら、一緒の修行時代のように水浴びをしよう」

「懐かしいですわね。ヤッカは恥ずかしがるので、いつも二人で水浴びをしていましたもの」

 マーとシーナはグリザベルの元で一緒だった修行時代の話に花を咲かせながら、家の裏手へと消えていった。

「あらあら、ずいぶん言われてしまいましたね。私が隣にいることも忘れているようでした」

 ルードルは頬に手を当てると、困ったように笑みを浮かべた。

「あちこちで弟子の不満が爆発してるようだけどよ。魔女の修行ってのはそんなにキツイのか?」

「魔女に限らず修行というのはキツく辛いものですよ。リットさんは修行時代というのはなかったのですか?」

「あるぞ。一つは勝手に始まってた冒険者としての修行。もう一つはランプ屋の修行だな。……こっちは思い出したくもねぇ」

「そうでしょう。修行とは思い出すのも辛いものなのです」

「確かに辛かった……」とリットはランプ屋になる前の修行時代を思い出した。「なんせとてつもない無能だったからな。こっちが仕事を覚えないと飢え死にするしかなかった」

「それはそれは……壮絶な修行だったようで」

「そりゃあな。オレが弟子になって一日目なにをしたか知ってるか? 出来ますと客に嘘を付くところから始まった。そこからは徹夜で本とにらめっこ。おかげで邪道な方法ばかり覚えた」

 言いながらリットは笑った。思えばその邪道が、闇を晴らすランプを作ったと言っても過言ではないからだ。

 正解を知らないまま続けた試行錯誤が、様々な光をランプに応用する知恵と力になっていた。

「その顔を見ると、やはり私の教え方には間違いはなさそうです。いつの時代もなにかを成し遂げるのは、型にはまらない人だけです。一と一を足して二にするよりも、三にしたり四に出来たりするほうが素敵じゃありませんか? 魔女とはそういうものなんです。最終的に数字以外のものに変えられる。それが魔法という力。私はそう思っています。」

 ルードルにあなたの考えはどうですかといった風に聞かれた気がしたので、リットは勘弁してくれと困って頭をかいた。

「魔女の論争に巻き込まないでくれ……」

「あら、リットさんも魔女になる素質はありますよ。そういう経験をしてきたようですし、今もその経験の最中です。初めて名を残す男の魔女。素敵だと思いませんか?」

「やめとく。……どうも魔力の類に振り回される人生だからな」

 リットがどうしたもんかと肩をすくめると、ルードルは目を細めてにこやかに微笑んだ。

「簡単なことです。子供のような好奇心を抑えればいいだけです。自分を押し殺して、道から外れたものを見て見ぬ振りをする大人になれば、もう振り回されることはありませんよ。もし、自分は違うと思っているのならば、親しい別の人を思い浮かべて想像するのがいいと思いますよ」

 ルードルに言われ、真っ先に思い浮かんだのはクーの姿だ。興味があるものを見つければ周りが見えなくなる。子供そのものだ。

 グリザベルも似たようなところがある。自分が話したいことを得意げに話す様は子供だ。

 それにデルフィナも、目の前にいるルードルも、どこか子供のように瞳を輝かせている。

 そしてなにより、父親であるヴィクターの姿が眩しく映し出された。それも『ガハハ!』という笑い声付きだ。

 想像のヴィクターに肩を抱かれたリット自身の姿も、なにも違和感がない。好奇心の塊に輪の中に入っていた。

「嫌な教え方をしやがる……認めるしかねぇじゃねぇか……」

 リットは自己嫌悪を吐き出すような、重い溜息をついた。

「これが正しい導き方ですよ。自分を認めるところから始めてみましょう」

 ルードルは弟子にでも言うような言い方で微笑むと、リットの肩を優しく叩いて家の中へと入っていった。






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