勇者からのプロポーズはお断りいたします。
いつも読んでくださりありがとうございます。
そして数ある作品からこちらに辿り着いてくださった方、ありがとうございます。
皆様からの温かい応援のおかげで、なんとか書き続けることができております。
勇者クリスは、戦士ミルコ、黒魔導士ルッツ、そして聖女ユリアナと共に魔王を倒して、この世界に平和を導く。それがゲームの内容。一般的なロールプレイングゲーム。ところどころに恋愛要素有り。
そんなゲームを盛り上げるキャラクターたち。
勇者クリスは勇者らしく、金髪の青目の美少年。よくあるキャラデザ。そこそこ眉目秀麗にしてパッケージを飾らないと、女性層はこのソフトに興味を持たないだろう。
戦士ミルコは戦士という名の通り、身体は筋肉ムキムキの髭はもじゃもじゃ。兜をかぶると、髭だけが余計に目立つ。男性層や子供層を狙うなら、個性的なキャラもいれた方が良いだろう。
黒魔導士ルッツは黒いローブとフードをかぶっているため、顔は見えない。でもフードから見える長い黒髪。妄想を膨らませた人たちからは絶対美少年であると言われていた。ただ残念なことに、このゲームでは設定上、ルッツの素顔は明かされていない。その妄想がプレイヤーの心をくすぐった。
聖女ユリアナは聖女という設定があるため、超がつく美少女。これもよくあるキャラデザ。銀白色のゆるふわの長い髪に茶色の瞳。ここに紅一点を加えないと、ただのむさくるしいロールプレイングでおしまいになってしまう。このユリアナの髪の毛、邪魔じゃね? って毎回思うけれど、そこは実用性よりも見た目が重視されるらしい。
そして魔王を倒すとエンディングへ。
このエンディングでは、勇者クリスが聖女ユリアナにプロポーズを申し込むところで終わる。きっとこれから、二人の新しい生活が始まるに違いない――。
☆☆☆
「いや、無理」
と言い出したのはユリアナ。一歩下がる。
「どうしてだい? ユリアナ。僕と、結婚して欲しい。平和になったこの世界で、僕と家庭を築いて欲しい」
クリスが一歩近づく。
「だから、無理」
ユリアナはまた一歩下がる。
一般的に結婚に憧れを抱いている女性であれば、こんな美少年から結婚を申し込まれたら舞い上がることだろう。
でも無理なものは無理。
「理由を聞かせてもらってもいいかな」
「ごめん。他に好きな人ができるから、多分」
今はいないけど、多分これから他に好きな人ができるはず。
「え?」
そりゃ、驚くよね。普通、驚くよね。誰がどう考えても勇者と聖女は結婚すると思うよね。
だって、そういうエンディングだもん。
「だからクリスはヒロインと結婚して! あっちはクリスのこと大好きだから」
ユリアナはヒロインという謎の言葉を残すと、クリスに背中を向けて走り出した。
誰だよ、このゲームの続きを考えた奴。しかもよりによって恋愛シミュレーションとかにするんじゃないよ。どう考えてもクリス人気にのっかったんじゃないかよ、とユリアナは思う。
このゲームでやはり女性層から人気が出たクリスとルッツ。それに便乗して、続きものというよりも派生形ゲームになるのだが、この二人を登場させた恋愛シミュレーションゲームが発売されてしまった。
見事に聖女は蚊帳の外。主人公と呼ばれるヒロインが、まずは聖女からクリスを奪って結婚するというルート。これが王道ルート。あとは他のルートでルッツなり新キャラなりを攻略していく。
えげつない。売れればなんでもいいのか。
そして、ユリアナがなぜこんなことを知っているのかと言うと。
彼女は今流行りの転生者。ばっちりゲームの世界に転生してしまったらしい。しかも派生ゲームまでプレイしていたものだから、この聖女の行く末を知っている。
せっかく魔王を倒したんだからハピエンにしてよ、と思わずにはいられない。とりあえず今できることは、この勇者からのプロポーズを断ること。ということで全力疾走。からの転移魔法。とにかく、勇者から逃げる。
☆☆☆
ユリアナが転移魔法で辿り着いた場所は、エンディングのちょっと前までいた魔王城と呼ばれる場所。転移魔法は黒魔導士には使えないし、むしろ聖女しか使えない。それにこの魔王城は、あっちとちょっと次元が違うから、クリスもすぐには追ってこないだろう。
とにかく、あのヒロインとクリスが出会うまで、クリスからのプロポーズから逃げなければならないと考えた。
いや、いっそのこと他の人と結婚してしまえばいいんじゃない?
そんなことまでユリアナは考えていた。
だったら相手は誰? 続編に出てこないキャラがいいなぁとか、そんなことを考えていて辿り着いたのがこの魔王城。
魔王は倒された。けれど、多分、死んではいない。ゲーム内では倒されたという表現しかしていないから。多分、生きている、と思う。
「こんにちは」と恐る恐る門を開けてみる。魔王を倒す前は封印されていて、その封印を解かなければ開けることができなかった門。今回は容易に開いた。
一歩、足を踏み入れる。
「お邪魔します」
暗くて不気味なところは前と変わらない。でも、モンスターと呼ばれる生き物がいる気配がしない。
「すいませーん。どなたかいらっしゃいませんかぁ?」
声を張り上げ、語尾を伸ばして尋ねる。ここにいた者たちはみんな、勇者が倒してしまったんだっけかな?
「すいませええええええん!」
「うるさいニャ」
「うわ」
シェーのようなポーズを思わずしてしまうユリアナ。
「フライムート様が休んでいるんだから、静かにしてほしいニャ」
語尾にニャがついている。
「どちらさまですか?」
ユリアナが声をかける。
「それはこっちのセリフだニャ。せっかく戦いが終わって、ゆっくり休めると思ったのに。誰が来たのかニャ?」
「あ、私、聖女ユリアナです」
自分で言っちゃったよ、聖女って。
「ニャンと」
なんとがニャンと。「また、フライムート様を倒しに来たのかニャ」
やっと、そのニャンとくんがぼんやりと姿を現す。猫だった。
「違います、違います」
ユリアナは顔の前で両方の手のひらを振った。
「魔王に、会いに来ただけです」
「ニャンと」
ニャンとくんは猫から人の姿へと変えた。十歳くらいの男の子。
「会いに来たってどういうことかニャ?」
人型になっても語尾はニャのままか。
「あの。具合はどうかな、って。クリス、手加減しなかったから。ちょっと気になって」
ニャンとくんは、顎に右手を当てながら、値踏みするかのようにユリアナの顔を眺める。
「嘘をついているようには見えないニャ。どういう風の吹き回しだニャ? 聖女は勇者と結婚するんじゃなかったのかニャ? 世の中、その噂で盛り上がっているはずだニャ」
こんな次元の違う魔王城にまで噂が届くとは。噂とは恐ろしい。
「それは噂ですよね。私、そのプロポーズを断りましたから」
「ニャンと」
ニャンとくん、本日三回目のニャンと。
「聖女は勇者と結婚しないのかニャ?」
「そうですねぇ。別に、クリスのことが好きなわけではないですし。やっぱり、好きな人と結婚した方が幸せになれると思いません?」
ニャンとくん相手に、真面目に結婚観について語ってしまったよ。
「聖女の言うことも一理あるニャ」
ふむぅ、と唸っている。
「それよりも」
両手をパチンと合わせてユリアナが言った。「魔王に会わせて欲しいのだけれど」
☆☆☆
「なんだ。私の出番は終わったのではないか?」
かつて魔王と呼ばれていたフライムートがベッドの上で本から視線をうつさずに言う。
その姿はあのときと同じ黒い髪の黒い瞳。長い髪を一つの三つ編みにしているところが、ちょっとかわいい。多分、邪魔なんだろう、と思う。その気持ちはわかる。
「ええと。具合はどうかな、と思って。お見舞いに来てみました」
ユリアナが答える。
「見舞いだと?」やっとフライムートがユリアナに視線をうつした。「その割には手ぶらじゃないか」
あ、バレた。正直に、勇者との結婚が嫌だから逃げてきた、って言った方が良かったのかな。
「フライムート様。聖女ユリアナは手ぶらではありますが、その回復魔法でフライムート様のお身体を癒したいということですニャ」
さすがだよ、ニャンとくん。見た目は十歳の男の子だけど、中身は何歳?
「はい、ニャンとくんのおっしゃる通りです」
「ニャンとくんとは、僕のことかニャ?」
「あ。だって、お名前聞くのを忘れていたから」
「僕には名前が無いニャ。だから、その名前でいいニャ」
ちょっとニャンとくんが嬉しそう。でも、名前が無いならもう少しきちんとした名前をつけてあげたいような気もする。
「ニャンとくん。ちょっとニャンとくんの名前はかっこ仮で。あとで、きちんと一緒に考えましょう。あれ? じゃあ、魔王はニャンとくんのことをなんて呼んでいたの?」
「おいって呼ばれているニャ」
それは名前ではない。
「お前たち。私を無視して勝手に話を続けるな。それで、聖女は私に何をしてくれる、と?」
ユリアナとニャンとくんが仲良く話をしていたからか、魔王フライムートは少しいじけてしまったようだ。
「そうそう。あなたのね、ケガの具合をみにきたの。回復魔法が必要であれば、と思って。でも、よくよく考えてみたら、私の聖魔法を魔王にかけてもいいのかしら?」
「魔王と呼ばれているが、聖属性に弱いわけではない」
「そうですニャ。魔王とは魔力を持った者たちを統括する王のことだニャ」
「え。そうだったの? どこにも悪い要素が無いじゃない」
「その通り」
「え? じゃあ、何で私たちはあなたのことを倒したの?」
「それは、お前が勇者と結婚するためだろう?」
「え? そういうことなの?」
「そういうことだ」
「じゃ、私がクリスのプロポーズを断ったら?」
「私のやられ損だな」
「ええぇ!!」
ユリアナは両手両膝をつき、まさしく『OTL』を横に並べたこの恰好をしてしまった。「ごめんなさい、魔王。私、クリスのプロポーズを断ってしまいました」
「な、なんだと?」
ベッドから身を乗り出してユリアナに食って掛かろうとしたが、まだ体が本調子では無いらしい。ちょっとふらついたところをニャンとくんに止められ、ベッドに戻される。
「フライムート様、そういうことのようですニャ。この聖女ユリアナは勇者との結婚が嫌で、ここまで来たそうですニャ」
ナイスフォロー、ニャンとくん。
ユリアナは立ち上がり、「ごめんなさい。お詫びと言ってっはなんですが、まずは回復魔法をかけさせてもらいます」
先ほどの彼のふらつき具合を見ても、調子はあまりよくはないのだろう。これでは日常の生活も不便なはずだ。
ユリアナはベッドにいるフライムートへと近付くと、その二つの手の平を彼に向けた。オレンジ色の光が魔王を包んだ。
「ほぅ。これが聖女の回復魔法か」フライムートは呟く。「悪くは無いな」
「よくなりましたか?」
ユリアナは恐る恐る尋ねた。
彼はベッドから降り、ユリアナの前に立った。
「ああ、おかげさまで立ち上がれるようになった。礼を言う、ありがとう」
「でしたら」とユリアナはフライムートの手を取り言う。
「私をここに置いてください。あの、その。クリスとの結婚を断ってしまったから。魔王の、あなたのやられ損でしょ? その責任をとらせてください」
ニャンとくんは嬉しそうだったけれど、魔王はちょっと困った顔をしていた。
☆☆☆
フライムートの回復に伴い、地下で休んでいた使用人たちも起き上がってそれぞれの仕事をこなすようになっていた。
結局あのモンスターと呼ばれる生き物たちは、魔王が作り出した幻影にすぎなかった。
ユリアナはここの使用人たちと一緒に城の掃除やら洗濯やら何やらをこなしていた。使用人たちが動くようになったからか、暗くて不気味だったこの城にも華やかさが戻ってきた。
でも使用人たちは、聖女ユリアナが勇者クリスのプロポーズを断ったという事実に驚きを隠せなかった。
この魔王城、本当に聖女と勇者が結婚するための過程に過ぎなかったらしい。だから、使用人たちの落ち込みようは激しかったのだが、「だって、好きな人と結婚したいじゃないですか!」という彼女の力説で、なんとか納得してもらえた。
そしてユリアナは、使用人と同じ仕事をこなしながらも、ときどきフライムートに呼ばれて彼の身の世話をすることもあった。
「あらあら、あの気難しい王様がね」と使用人たちはどこか楽しそうではある。
そして聖女様の言う『好きな人』が誰であるか、という噂話も密かに流行っていた。
ニャンとくんはフライムートに言わせると、使役獣と呼ばれるものに分類されるらしい。他の使用人たちとは違い、必要に応じて獣の姿をとるのだ。その姿がユリアナには猫に見えるのだが、時と場合に応じてその姿を変えるらしい。つまり、常に猫の姿というわけではないらしい。なので、ニャンとくんには『ヤン』という名前を付けてみた。
ニャンと、ニャント、ヤンと、ね。
ニャンとくんはその名前を非常に喜んでくれた。ヤンの喜び方が可愛かったので、ユリアナが頭をなでなでしてあげたところ、その腕をフライムートに掴まれ「もう、止めろ」と言われてしまった。
彼もなでなでしてほしいのかしら、と思ってその頭をなでてあげたら、また「止めろ」と言われてしまった。
本当にこのフライムートという男は難しい。
☆☆☆
そして穏やかなある日の午後。掃除も洗濯も終わり、ユリアナは魔王城の裏にある小高い丘の一本の大木の下に来ていた。ここから魔王城が見渡せる。
勇者と来たときは暗くて恐ろしかったこの辺り。あのときは、大木の上に闇が広がっていて、雷鳴が轟いていたものだ。
今では、明るい太陽の日差しが大木の影を作りながらも、その葉の隙間を狙って光を地面に届けている。
フライムートの書棚から一冊、本を借りてきた。大木の幹によりかかって両足を投げ出して座り、腿の上では猫の姿のヤンが身体を丸めて眠っている。
こんな穏やかな時間が持てるようになるとは、あのときは思ってもいなかった。だけど、あれもこの時間を持つための過程に過ぎなかったのではないか、と思うことにした。
過去に経験したことは全て今、そして未来に繋がっている。
「おい、ユリアナ。探したぞ、こんなところにいたのか」
フライムートがやって来た。だけどこんな穏やかの午後の眠気に、ユリアナが勝てるはずもなかった。読みかけの本が隣に置いてあり、彼女の足の上にはヤンがいる。
「なんか、むかつくな」
フライムートはユリアナの足の上で眠っているヤンの首根っこをつかまえて放り投げた。
「ニャニャニャニャ」
浮遊する感覚で目を覚ましたヤンは、クルリと二回転をして四本の足で見事に着地した。
「何をなさるのですニャ、フライムート様」
「なんかむかついた」
「むかついたからって、酷いですニャ」
「いいからお前は城に戻れ」
しっしっと、手で追い払われてしまう。ヤンは寝心地のよかった足の上をご主人様が狙っていることに気付いた。
とぼとぼと城の方に向かって歩き出す。
ヤンから奪った腿の上に、フライムートは自分の頭を乗せ横になった。もしかしたら、もしかしなくても、この枕は寝心地がいいのかもしれない。
ここに来た用事も忘れて、フライムートも眠りに誘われてしまった。
先に目を覚ましたのはユリアナだった。なんか腿の上あたりが重いんだけど、という感覚。ヤンが人型になったのかしら、とも思った。寝ぼけながらその腿の上にある頭に手を当ててみると、少々大きいような気がする。
「……っ」
ユリアナは一気に目が覚めた。驚いて膝を立てたら、腿の上にあった頭がゴロンと落ちた。
「あ」
「何をする」
右手で後頭部を押さえながら、フライムートが起き上がる。
「ごめんなさい。まさか、あなたがいるとは思わなくて」
「ヤンは良くても、私はダメなのか?」
「いえ、そういうわけではないけれど」
フライムートはユリアナの隣に座りなおした。
「勇者クリスが結婚したらしい」
「そうなの? よかったわね」
さほど興味が無いという雰囲気を醸し出して、ユリアナは答えた。
「聖女ユリアナは行方不明のままらしい」
「そう。私はここにいるのにね」
「そうだな。ここは少し、あちらとは違うからな」
そう言って、フライムートはユリアナの目を見つめる。「戻るのか? あちらに」
「どうして?」
聞き返す。
「勇者と結婚したくなかったのだろう? 勇者が結婚した今なら、あちらに戻れるのではないか?」
「あら、あなたは私が邪魔なのかしら?」ユリアナが首を傾けて尋ねた。
いや、そういうわけでは、と小さな声で言い訳を始めるフライムート。それが聞こえたのか聞こえていないのか、ユリアナは続ける。
「でもね、私。ここが気に入ってしまったの。あなたがいる、この場所が。死ぬまでここにいたい、って言ったらダメかしら?」
その言葉を聞き、フライムートは満面の笑みを浮かべた。この笑顔を見たら、使用人一同、大喜びすることに間違いないだろう。
「ただ、いる、というだけでは困るな」
言い、フライムートは、一度視線を反らした。
「私と結婚してくれるなら、死ぬまでここにおいてやってもいいぞ」
そこで彼はもう一度ユリアナの顔を見る。そして、
「それができないなら、とっとと……」
戻れ、とフライムートは言いたかった。
だが、その口を何かで塞がれてしまったので、残念ながら続きを言うことはできなかった。
それはとても穏やかな風が吹く日の午後の出来事であった。
突然ですが、ここで問題です。
フライムートの口を塞いだのは次のうちどれでしょう?
1番:ユリアナの唇。
2番:ユリアナの右手の人差し指。
3番:風で飛ばされた木の葉。
4番:ニャニャニャニャニャニャー。
5番:その他(自由にお書きください)