第九話 これが誤魔化し話の決定版だ!!
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夏希先輩はかぶりを振った。
よーし、これは脱線チャンスだ。
「無茶には『普通じゃない』という意味がありますが、語源は次の通りです。これは今から遠い昔の話、それこそ猛暑日でした。とある村のとある少年は、少年の母親に『たまには外に出て、運動でもしてきなさい。というか、運動して帰ってくるまで家に入れないから』と言われました。そう、その少年は年がら年中、自分の部屋に根でも生やしたかのようにずっと居座り続けていたのです。仕方なく少年は命じられるままに外に出ることにしました。引きこもりだった少年は季節感を失っていましたが、玄関から一歩踏み出した時、ある感覚を思い出したのです。久し振りの外気はあいにくなことに気絶しそうなくらい暑かった。少年が思い出したというのは夏のことでした。半身乗り出していた少年は引き返そうとしますが、背後からは母親の煽る声が聞こえてきます。後戻りはできない状況でした。運動といえば聞こえはいいですが、少年がした運動はジョギングでした。いやしかし、数年の間、運動をしていなかった少年にとってはそれだけでも厳しいことでした。少年は途中で断念することも脳裏に浮びましたが、意外や意外、最後までやり遂げたのです。シャツは肌が同化しているのではと思うくらい汗まみれでした。これで少年には後ろめたいことがありません。玄関扉を勢いよく開きました。それはもう、叩きつけるかのように勢いよく開きました。少年は誇らしげに母親がいる居間に行きました。帰ってきた少年を見て母親は『随分早くに帰ってきたのね。外に出て喉が渇いていると思うけれど、お茶はさっき私が全て飲んだから我慢してね』と言いました。すると、その言葉を聞いた少年は怒りのあまり『あんた鬼か! 普通じゃないよ!』と母親に言い放ちました。その噂が村じゅうに広まり、たちまちこの国全体に広がっていきました。話を聞いた人は『運動後にお茶がないなんてあまりにもおかしい、酷すぎる。そうだ、これを無茶と呼ぼうじゃないか』と思い立ち、その言葉もまた、すぐに広がっていきましたとさ。長くなりましたがこれが無茶の語源です」
夏希先輩は拍手をした後に、ぽつりと呟いた。
「大嘘」
「ええ! 何故ですか!」
「語源を知っているから嘘だってわかるわよ。まあ、諸説はあるけれど」
「騙しましたね!」
「どっちが!」
ガルルと唸る夏希先輩。
「そも、美人の先輩に指導していただくという状況で、集中なんてできるわけが」
ある種、進級よりも、進学よりも無理難題だ。
「ケダモノね………………」
夏希先輩は目を細めながらそう言った。
そろそろ切り出すべきだ。
機は熟した、本題に移ろう(追及から逃れたい意味もあるが)。
素直に、率直に、直線的に言おう。
「夏希先輩」
「ダーメ!」
「いや、まだなにも言ってないのに!」
「冗談、なっちゃんジョーク。どうかした?」
真面目な話をしようとしているのに出鼻を挫かれた。少女に鼻を挫かれたことを含め、これで二回目だ。
「昨夜の話ですが、夏希先輩は『俺が倒れているのを下校中に発見した』と言いましたよね」
首肯。
「あれは…………嘘ですね」
頷くでもなく、かぶりを振るでもなく、
「どこが嘘だというの」
という返事。
「正しくは『倒れている俺』を発見したのではなく『情けなく、哀れに首を鷲掴みにされて持ち上げられている俺』を発見しましたね」
「それを裏付けるものはあるの?」
あくまで鷲掴みのことには突っ込まないようだ。これで嘘の信憑性は高まった。
だが、確定したわけではない。
「裏付けの裏付けとして、質問を三つさせてください。一つ目は『俺の他に少女も倒れていましたが、その少女の話を一切しないこと』について。二つ目は『どうして俺がボロボロになって倒れていたか、目が覚めた今でも訊ねないこと』についてです」
「一つ、あたしは少女なんて見ていないわ。二つ、訊く必要性がないからよ」
フライングだ。俺の質問はまだ終わっていない。
「俺の質問はまだ」
「きゅーたくんは『虐待』についてどう思う? あたしは最低の行為だと強く思うわ。そこにどんな理由があろうと、許されていいわけがない」
それは冷酷で、下劣で、そして、尋常ならざる行為であることに違いないが。
夏希先輩は俺の返事を待とうとはしなかった。唐突な投げかけをして、鞄を肩に掛け、足早に図書室を立ち去ったのだ。
ただ、これではっきりした。遮られたことで確信した。
言わせてくれなかった三つ目は『昨夜、病院で俺の右手を握っていたその手は、今も酷く傷ついていること』についてだった。
それに、今の受け答えをする態度は他人から見れば平静そのものであっただろうが、疑念のせいか装った平静に見えた。
空には暗雲が垂れ込み始めている。
どうにも胸騒ぎがする。
Twitter:@shion_mizumoto
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