第七話 一ラウンドでテクニカルノックアウト
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明くる日の放課後、俺は疲弊した体に鞭を打ち、二年の教室を訪れた。
無理をしたおかげで、感心せざるを得ないことを発見した。それは『競走馬のタフさ』だ。
競走馬は『レースの度』に鞭を打たれているわけで、きっとそれは痛いことだろう(思い切り叩いていないと聞いたことはあるが)。だが、どれだけ叩かれてもしっかりとコースを走りきる。
いやはや、俺が自分の体に鞭打ちを打ったとて、所詮はその『一回きり』なのだ(この先も体に鞭打つことはあるかもしれないが)。そして、もう金輪際、自分の体に鞭を打つのはごめんだ。
いやしかし、それよりも感心すべきは、競走馬が『騎手によって』鞭を打たれているという点だ。俺も鞭を打ったと言っても、対象が自分だからかどうも加減してしまうのだ。
それならいっそ、夏希先輩に鞭を打ってもらうというのはどうだろうか。おお、これは自画自賛したくなるほどの名案じゃないか。
いや、明暗を分ける発言になりそうなので早くも前言撤回しておこう。これもまた『戦略的撤退』のうちだ。後悔先に立たず、判断は早い方がいい。
夏希先輩との補習の時間を待ち遠しいと思っていたが、今日は補習のためだけで来たのではない。
昨日の補習中に「人の『好奇心』は最強よ。ちょこっとくすぐってやるだけで、勉強だってなんだって、楽しい、やりたいって思えるんだから」と夏希先輩が言った。俺はその印象深い言葉を思い出した。
嘘を吐かれたら俄然真相を知りたくなった。あの少女は何者なのか、夏希先輩は何者なのか。
扉の前で一つ深呼吸。
昨夜、はぐらかされたことを改めて鉄人に訊くのだ。俺は絶対に同じ轍は踏まないぞ。相応の言葉は用意してきた。
よし、やれる、大丈夫だ。
「なにをしているの?」
「ひぃ!」
自分でも驚くほどの甲高く、情けない声が出た。
声を掛けてきたのは夏希先輩だった。
俺の間の抜けた反応を見て、夏希先輩はくすくすと笑っていた。
どうやら夏希先輩より早く来ていたみたいだ。というか、この状況はおかしいだろう。二年の教室なのに、二年生が遅れるって……なんで教室を離れたんだ。
はあ、まあいい。
「急に声を掛けないでくださいよ。びっくりしたじゃないですか。縮んだ分の寿命を弁償してください」
「別に驚かせるつもりはなかったけれど。純粋に『きゅーたくん、扉の前でなにをしているんだろう。ここは教室であって、あなたが自首できる交番ではないのに』と思って。それから、寿命は弁償しないわよ」
ちょっと待て! 俺は断じて交番に自首をしに来た犯罪者ではない!
それにしたって、あのボリュームで声を掛けられたら、誰でも驚くぞ。
「あ、きゅーたくんから禍々しいオーラが湧き出ている。さては……更迭されるようなことでもしちゃった?」
「俺は組織に属していませんし、当然ながら立場も立ち位置もありませんよ!」
「冗談よ。たとえ属していたとしても、きっと窓際族になるだろうから、更迭される心配はないわね」
なにを言っているのかさっぱりだ(夏希先輩もまた、同じことを思っているのかもしれないが)。
俺は窓際族なんかにはならないし、出世街道を突っ走るし、権力者にもなるし、更迭もされる………………されちゃダメだろ。
よくもまあ、際限なく俺の悪たれ口を言えるものだ。
よし、意地悪してやる。
「あーあ、たった今、気分を損ねました。もう今日の補習はいいです。そこのあなた、夏希先輩に伝言しておいてください」
「ダーメ! あたしが夏希だし! きゅーたくん、自分の立場をわかっているの? このままだと卒業は疎か進級すら危ういわよ」
「そんなこと……そうですね」
一ラウンドでテクニカルノックアウト。
ジャブで間合いを計りつつ、左ボディを打ったところまでは鮮明に覚えている。
確かその後は…………しっかりガードされて、カウンター左フックを喰らったんだっけ。
って、そんな妄想はどうでもいい。
「さあ、教室に入りましょうか。どうぞ俺を煮るなり煮るなりしてください」
「ノン!」
なんだ。
ナン? カレーと合わせると美味なナンか?
「もしかして夏希先輩、お腹でも空いているんですか? 悪いですけれど、ナンのお店はあまり詳しくないので、お力になれそうもありません」
「ちょっと。ナンじゃなくて、ノンよ!」
「ああ………………は?」
夏希先輩は『わかってないわね、少年』とでも言いたげに、立てた人差し指を左右に振った。
それにしても、ノンという食べ物って存在するのか?
「はいはい、夏希先輩は俺の知識不足を咎めたいわけですね。わかりました、認めますよ。言えばいいんでしょう? 俺はその食べ物を知りません、すみませんが詳細に教えてください」
夏希先輩はため息を一つ吐いた。
「きゅーたくんねえ……食べ物だなんて一言も口にしてないでしょう。とりあえず、ナンから離れなさい」
ハッ! 俺は無意識に食べ物の話をされるのかと思っていたが、根拠なんてどこにもないじゃないか。
夏希先輩は胸を張りながら(そちらに目線が吸い込まれてしまうことは、社会人が早起きして会社に行くくらい当たり前のことなのでご容赦を)、
「戦果を得たわ」
と言った。
「戦果?」
Twitter:@shion_mizumoto
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