第五話 どうやら俺は生きたいらしい
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俺は直観的に襲われると判断して、体を守ろうと腕でガードを固めた。
だがしかし、少女の拳はガードの上の顔面に向けて振り抜かれた。
ゴリゴリと骨を砕かれる音がして、勢いよく吹っ飛び、そのままアスファルトに全身が打ち付けられた。
「うぐがぁぁぁあああああああぁぁあああああああああぁぁあああああああぁぁあああああああああああああああああああぁぁあああああああぁぁああああああぁぁあああああああああ」
激痛。
体中に電流が走り、叫ばずして正気を保つことはできなかった。どうやらアスファルトに体を強く打ち付けた時に、背中の皮膚がえぐれてしまったようだ。
俺は叫ぶだけでは耐えられず、思い切り地面を殴りつけた。何度も何度も何度も殴りつけた。この状況下で痛みを抑えるには、無理でも、嫌でも、別の痛みを加えるしかない。
痛いという感情を超える表現がないことを恨むほどに、酷く痛い。
どうして俺がこんな目に合わなければいけないんだ。
俺の単なる気まぐれで、こんな目に。
流石に幾ら勉強ができない俺でもわかる。この少女は明らかに人間ではない。人ではないのだ。
ろくでなしの人でなし。
脚力、腕力、それらが遙かに成人男性を上回っている。引き合いに出すのもちゃんちゃらおかしいくらいに凌駕している。
普通ではなく、異常だ。
並ではなく、桁外れだ。
特殊で、特別で、特異だ。
少女を捉えようと視界を彷徨わせるが、おかしな方向にひん曲がった鼻が邪魔をして、遠くまでは上手く見えない。
耳を澄ませば、今度はコツコツとゆっくり近づいて来ていることがわかった。
そして、視界は少女を捉えたが、時すでに遅し。
圧倒的に遅い。
そして、少女は圧倒的に速い。
首を鷲掴みして、俺の体は呆気なく持ち上げられた。
少女の、その表情が窺えた。
俺は目を疑った。虚ろな瞳に涙が溜まっているように見えたのだ。
一方、俺は息ができず、もう少女のことなど考える余裕がなくなっていた。
足が地面につかない。
振りほどく力が出ない。
なにもできない。
俺は死ぬのだろうか。
俺は死にたくないのだろうか。
振り返っても、心の底から楽しいと思えることなんて、片手あれば数え終わってしまうくらいだ。
そうだ、別にどうだっていいじゃないか、終わってしまったっていいじゃないか。
前から『死んでもいい』と思っていたじゃないか。
短い人生だったが、やり残したことなんて……………………あった。こんなどうしようもない俺にも、やり残したことはあった。
あの補習。
夏希先輩の補習は、もう一度くらい受けたかった。
生きたい。
どうやら俺は生きたいらしい。
でも、もう俺はダメみたいだ。
視界が薄れていき、俺の全てが終わろうとしていた時、アスファルトを蹴る音が聞こえてきた。
それは、唐突に、俺の腹部を掠めながら炸裂した。
少女は吹き飛び、俺は力なく地面に崩れ落ちた。
「きゅーたくん! しっかりして! きゅーたくん!」
聞き覚えのある女性の声は、何度も繰り返し俺を呼んでいる。
考えるまでもなく、俺を襲った少女の声ではない。少女もまた、俺と同じように地面に突っ伏していた。
吹き飛ばされたせいか、少女の制服が乱れて肌が露出していた。制服で隠れていた箇所は青紫色に腫れ上がっていた。
死ぬことは免れたのかもしれないが、気力が…………。
薄れゆく意識の中、見えたシルエットはポニーテールを結んだ女性だった。
Twitter:@shion_mizumoto
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