第三話 満面の笑みがあれば、あらゆる粗相が許される!!
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俺はよろめき、腰を押さえる。
「ちょっと! なにするんですか!」
「それはこっちの台詞よ。君、あたしの顔を見て逃げようとしたでしょう」
そう言って、女生徒は自分の膝を気にする。
いや、俺の腰を心配してよ。
しかし、聞き捨てならないな。まるで俺が非常識なことをしたみたいな物言いだった。むしろ俺は気遣ったんだが。
「待ってください先輩(待ってくださいもなにも暴力を振るわれた後だが)、これは逃げるというか、戦略的な逃げなので逆です、前進なんです。そして、俺は人類なので俺が前進することは即ち、人類が前進することに他ならないんです。先輩は人類の前進を、歴史的一歩を阻もうとするんですか? もし先輩が否定しないのであれば、温厚篤実を絵に描いたような俺でも断固として抵抗しますよ」
俺の言い分を訝しそうに聞いていた女生徒はため息を吐いて、
「意味のわからないこと言ってる。あー、だから先生はあたしに補習を依頼してきたのね。常人じゃとても手に負えないもの…………」
と言った。
むう。実に不愉快な納得だ。その納得にこちらは納得できない。
美人の先輩であっても、節度は弁えていただきたい。
「そんな神妙な面持ちで納得しないでください。苦言を呈するようで申し訳ありませんが、推察するに先輩は物事を保守的な考え方で判断する人ですね。後輩の鑑と称される俺から言わせてみれば、その考え方はとても悪い、不健全です。ぜひ俺を見習っていただきたいものです。いいですか先輩、リスクを負わずして前進はありません、長期的な利益を考えずに目先の利益に飛びついてはダメです。まあ、こうして俺は損害を被っているわけですが。このリスクは明日のチャンスにもなり得ます」
「……ごめんなさい」
女生徒は眉間にしわを寄せ、
「あたし、それなりに色々な人と関わってきたから、変わった人の応対も熟知できていると自負していたけれど……………驚くことに君の言っていることがなに一つとして理解ができないわ」
と続けた。
つまり、俺は唯一無二ということじゃないか、希少種ということじゃないか、かけがえのない存在ということじゃないか、天涯孤独ということじゃないか…………天涯孤独なの?
いやしかし、俺の言っていることがわからないという程度で、この態度は目に余るものがある。特にポニーテールが目に余りすぎる。
「まさに、呆れたとでも言いたげなポニーテールをしていますね。そのポニーテール、気に入りません。いや、とても似合っているけれど。でも、俺は補習を断りに来たんです」
「ダーメ! ポニーテールは一切関係ないし、必ず補習はするわよ。先生から頼まれているんだから、あたしが責任を持って教えます」
「え……いきなりそんな………………」
「なに」
「責任取ってくれるんですか」
背後を取られ、同じところに腰蹴りをお見舞いされた。痛い。
「責任を取るって、エッチな意味で解釈したでしょう。君ってケダモノね…………」
くそ。当分は執拗な腰攻撃を喰らうことになるだろうから、自宅から最寄りの薬局に並んでいる湿布は全て買い占めておこうか。いや、迷惑になるからやめよう。
女生徒は一度咳払いをして、
「ところで、君の名前を訊いてなかったわね」
と言った。
「呆れましたよ先輩。勉強はできるのに社会常識はご存じないようですね。名前を訊く時は自分から名乗るものですよ」
「……色々と突っ込みどころはあるけれど、調子に乗るから触れてあげない。それと、あたしは君の先輩だから、君から言ってもいいじゃない」
「俺の方が人として高尚です」
膝を上げ、思い切り振り抜いて脅してきた。
ジョークに決まっている。これ以上、膝蹴りを喰らえば病院送りだ。
「怖すぎだろ……。はあ、わかりました。五つの島の住人に対して大声で糾弾する、五島糾大です」
「ふーん。じゃあ『きゅーたくん』ね」
「え、やめてください。嫌なんですけれど」
「あー、照れてるんでしょう。可愛い」
女生徒はつんつんと俺の頬を突いてきた。
照れてなんかはいない、本当に嫌なだけだ。まあ、そのつんつん攻撃は照れ臭いものがあるが。
「それじゃ、今度はあたしの番ね。あたしの名前は舞原夏希よ。よろしくね」
「…………………………」
「なんで黙るのよ。もしかして聞こえなかった? 仕方ない、もう一度だけ言ってあげるから、よく聞いておきなさい。あたしの名前は舞原夏希よ。よろしくね」
「あのー…………それだけですか」
そう言うと、舞原先輩は怪訝そうに俺を見た。
「それだけって……ああ、あたしにもきゅーたくんみたいな気持ちが悪い自己紹介をしてほしいの?」
くっ……面と向かって言われると傷つくな。俺としてはユーモアのつもりなんだが。
それに、ただただおどけているのではなく、打算的なユーモアだ。初対面の印象は、その後の関係に深く結びつくと雑誌で読んだことがあるから、そうしているのだが(いつ、どの雑誌を読んだのかは一切覚えていない。認めたくないが、記憶を都合のいいように改竄しているだけかもしれない)。
「というか、きゅーたくんってやつ、やめてくださいって言ったじゃないですか」
「別にいいじゃない。それじゃあ、代わりにきゅーたくんはあたしのことを『なっちゃん』って呼んでもいいから」
「なっちゃん」
「気持ちが悪い!」
「理不尽な!」
自分で『なっちゃん』と呼ぶことを許可したくせに………。
こんな短時間で他人に『気持ちが悪い』と二度も言われたことはないぞ。そんなに気持ちが悪いのかと疑心暗鬼になってきた。
そも、同性との会話すら、まともにしたことがないから、異性との会話は無理難題だ、もっと下手な立ち回りになるだろう。
「では『夏希先輩』とお呼びします」
「それはそれでなあ………………」
夏希先輩は納得がいってないのかに頬を膨れさせるが「まあいいわ」と言って席に戻っていく。
俺がついてこないことに気付き、後ろ手をひらひらと手招いてきた。
さっき繰り出してきた膝蹴りの精度を見る限り、達人の域に到達していることは間違いない。はあ……これはどうにも逆らえそうにない。
抵抗するために空手でも習うか。いや、どうせ勝てないのだからやめよう。
そうだ、サプリ始めよう。
「こうなったら手取り足取りお願いします」
「は? エッチな意味で言った? またケダモノ?」
怖い。怖すぎるよ、なっちゃん。
ほとんど心折れてるよ。先が思いやられるよ。
勉強も大切だけれど、思いやりを忘れてはいけないよ、なっちゃん。
言わずもがな手取り足取りはエッチな意味じゃないよ、なっちゃん。
「すみません。徹底的にご指導よろしくお願いします」
半ば強制的に言わされた。
「もちろん!」
腰は痛むが、夏希先輩の満面の笑みに免じて、補習を受けることにする。
少しはメリハリのある生活になるだろうか。
Twitter:@shion_mizumoto
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