第二話 講師から腰を蹴られるなんて嫌
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その日、俺は担任から職員室に来るように命じられていた。
良く言えば、お声が掛かったのだ。
幻想的に言えば、召喚されたのだ。
それは何故か。
答えは『俺の学業に向かう姿勢は目に余るものがあるから』らしい。
因みに、歩く時の姿勢についても叱責された。
後者に関しては自由だろうと思うのだが、それも将来のためだと指摘を受けた。俺は対人関係が下手だから、普段から他人との関わりを避けようと思っている。その意識もあってか、下を向いて歩いていることが多い。下を向いて歩いていれば、誰だって姿勢が悪くなる。それが体に染みついてしまったのだ。
昔から口は災いの元なんてよく言ったものだが、肝心の口からはまさしく風来坊のように無責任な発言が飛び出るのだ。行き交う発言も旅人のように出るものだから、非情なまでに非常に生き辛い。
例に漏れず、おばさん……ではなく、担任との愉快な社交場でも、その口は言うことを聞かないわけで。注意しようにも、その相手は口なので聞く耳すらないわけで(これはもう、俺ではなく俺の口が悪い)。
呆れたことに「いいですか担任。世の中には『勉強なんて必要のない人』はいて、ならば、もちろんその人は勉強をしなくてもいいわけで」などと自分の口が勝手気ままにほざくものだから、顔を赤くした担任から拳骨一発を貰いそうになるが、僥倖なことに間一髪のところで避けることができた。しかし、それが癇に障ったのか、その後に二発連続でお見舞いされてしまった。
どうやら担任曰く俺は『勉強なんて必要のない人』に当て嵌らないらしい…………改めて言われなくても、重々承知しているのだが。
不遇なことに今日から補習を受けるよう命じられた。
走って逃げるという苦肉の策を決行しようと踵を返したが、すぐに首根っこを掴まれて屈服してしまった。
高校入学を決めてから、俺は勉強から遠ざかっていた。いや、忌避してきたと言った方が正しいだろうか。もちろんなんの感慨もなく、逃げるようになったわけではない。
まあ、端的に言えば、学校の教師に因縁があるからだ、失望したからだ。
特定の教師を揶揄するわけではないが、俺が見てきた中高の教師は教えることが非常に下手だと感じていた。というのも、教えるということを『ロボットのように機械的に淡々と行う作業』と勘違いしている教師が多いと思ったからだ。
例えば、授業進度が遅いと感じた教師は『黒板に教科書の内容を書いては、余白がなくなると消す』なんてことを事務的に繰り返すことがある。
これは本末転倒というやつではないだろうか。
教師の目的は『生徒が理解できるように教えること』であるのにも関わらず、授業進度が好ましくないからと言って、生徒が理解する前に黒板を消すなんて目的が変わっている、見失っている。
もしもこの持論を誰かに訴えたとしても『お前に教えることのなにがわかるんだ』とでも言われかねないだろう。しかし、待ってくれ。早まるな、逸るな、囃すな。まさに教師は『教えるプロ』と呼べるが、生徒もまた『教えられるプロ』と呼べるのではないだろうか。教えられるプロが教えられ方に異議を申し立ててなにが悪いのか。正当な主張であれば、それは是々非々で判断してもらいたい。
ただ、ある時、勘違いで筋違いな野郎は俺であることに気がついた。
そも、教師の目的は『生徒が理解できるように教えること』ではない。正しくは『学校的に、世間的に、勉強を教えているという体裁を守ること』なのだ。
だから、今は教師に対して怠慢だと感じはしない。だが、それで教えている気になっている教師を見ると、気に食わないと感じる。
それで私は教育者だと偉そうに踏ん反り返っている教師を見ると、異議を唱えたいと感じる。
中学時代の俺にも学びたいという気持ちがあったからこそ、教師に対し怠慢だと感じていたが、反抗心を感じていたが、教師の目的を理解して、そんな気持ちは冷めてしまった。触れられぬほどに凍り付いてしまった。
進学校に入ることができた今、しばらくは勉強をしたくない。
勉強を忌避することで、俺は生きる目的、目標、それらの活力の源泉を奪い取られたかのように喪失感を抱いていた。セミの抜け殻の如く、空っぽで、その場から動かない、そんな状態だ。その感情をもって初めて、俺は勉強に生きるモチベーションを見出していたのだと気付かされた。ただ、目的や目標を失っても不思議と『死にたい』などとは思わなかった。せいぜい『死んでもいい』と思うくらいだ。
そろそろ話を戻す。
かくいう補習を命じた闘牛は、補習の講師を担うわけではないようだ。
担任なのに補習は担任しないそうだ。
まあ、あれはあれで忙しいのだろう。
俺は命じられたままに、使命感の欠片も抱かぬままに二年の教室に向かう。
訊くところ、二年生にして大学受験の内容を網羅している猛者が存在しているらしい。
つまり、受験勉強は片付いているわけで、俺に教えるだけの能力と時間があるということだ。
だが、教えるだけの能力と時間があったとて、教えてくれるかどうかは別なのだが、それに関しては、あの闘牛が既にアポを取っているらしい。非常に準備が行き届いているじゃないか、非常に迷惑だ。
そうこうくだらないことを考えているうちに到着。
俺は少し開いた扉の隙間から、隠れるようにして教室の中を覗いた。
窓側の一番後ろの席、そこに女生徒が腰掛けていた。
透き通るほどの白い肌に、廊下から見てもわかるほどくっきりとした目鼻立ち、出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。そして、なんと言ってもポニーテールが似合いすぎている。容姿端麗と言って差し支えないだろう。
しばしば眉目秀麗と評されることがある俺がそう思うのだから間違いないだろう(実際には自身を慰めるために、よく俺が自己暗示しているだけだが)。
ノートを広げ、ペンを持ち、熟考している。
この空間は、この姿は、誰にも見せてはいけない、誰にも見せたくない、そう思くらい胸を打たれてしまった。さながら女生徒は九×九の盤面にダイヴする将棋棋士のようだ。
開け放たれた窓から入り込んだ温い風が、女生徒のポニーテールをそっと撫でた。
ここで彼女に声を掛けて、塾講師のような真似をしていただくなんぞ心苦しい。
そも、大前提として俺の心情としても、勉強は苦しい。
ただ、退避するとしても、俺なりの礼節をしっかり守っておこう。
お邪魔しましたと小さく頭を下げ、蟹歩きでフェードアウトしようとしたが、腰を膝蹴りされた。
Twitter:@shion_mizumoto
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