力の遺産への道
「力の遺産ってのは、よく分からない記述をされているんだ。もともと難解な言い回しの多い伝説なんだけどな」
「分からないものを取りに行くの?」
「ああ、必要なんだ」
アルカナの遺産の1つである力の遺産があるはずの遺跡は孤児院から少々離れた場所にある。徒歩で向かうには時間がかかるために馬車に乗っていたのである。御者はダウの息がかかった者であり話を聞かれても問題ないためにウツロウは今回の目的の説明を始めたのだった。
「確か……形なくとも、あるもの、不変ならざる万象の理。変われども不滅なる大いなる螺旋、正しき流れを知る者のみが螺旋を乱す。砕けし円環は癒やし手によって黄泉路より舞い戻り理に触れる」
「?」
「その顔をするのも分かる、俺にも何がなんだか。詩的な言い回しを好むにも程があるからな……もうちょっと分かりやすくしてくれれば探しやすいんだけどな」
「えっとね、ウツロウ。これが力だよね?」
ウツロウの肩を押すクチナシ。
「まあ、腕力って奴だな」
「腕力は見えないけど、あるね」
「?」
「さっきの力はウツロウに行ったけど、なくなってないよ」
「クチナシ、さっきから何を言って」
「ウツロウに行った力はそこから他のところに行って、別の所に向かうの」
「……まさか、さっきのが分かるってのか?」
「違うの、よく分からないけどこういう事だって分かるの。分かってないけど分かるの」
「……ちょっと待ってな、整理させてくれ」
ウツロウが額に手を当てて考え始める。クチナシが難解な言い回しを理解することは不可能であるのは事実、つい昨日言葉を覚えたばかりの者が分かるはずもない。だが、クチナシの学習能力は桁外れである。それこそ数分で言語を習得するほどに。つまりは、言語化できずとも仕組みや意味だけを理解しているというイレギュラーがありうる。今回の現象は思考を越えて頭だけが先に理解しているために起きる齟齬であるとウツロウは暫定的に結論を出した。
「クチナシは凄く頭が良い、だから話すよりも先に分かってるんだ」
「それは良いこと?」
「ああ、凄く良い事だ。だから、焦らなくて良い。ちゃんと言葉にできると思ったら改めて教えてくれ。俺は頭の出来があまり良くないから頼りにしてるぞ」
「っ!! 頼りにされる!!」
ぱあっと明るくなるクチナシの顔を眩しく思いながらウツロウは目を細めた。
「さ、そろそろ着くぞ。先に行ってたけど少しだけ血をもらう」
「うん!! ウツロウのためならいくらでも!!」
「こら、これから一緒に遺産を探すんだからほんの少しで良い」
「そっか……えへへ」
馬車から降りる、森の中にある苔むした遺跡はどことなく神殿のような形を感じ取ることができる。模様のような文字のような古代文字が苔の間になければただの廃墟のようにも見える。
「さてと、血を入れる場所を探すところからだな」
「ここだよ?」
「え?」
「ここに資格の雫を入れよって書いてある」
「……読めるの?」
「?」
「それって古代文字なんだけど、読めたりする?」
「分かる……のは悪いこと?」
「違う、すっごく良いことだ!! やったぞクチナシ!!」
「ウツロウが楽しそうだとクチナシも嬉しい!!」
思わず抱きついたウツロウを抱き返して笑う、役に立っているという実感が身体の奥底よりクチナシを満たしていった。
「じゃあ、入れるね」
「頼む、ほんの少しで良いからな」
「うん」
指先に切れ込みをいれ受け皿のような場所に一滴垂らす。すると地響きとともに、遺跡の門が開いた。
「よぉし!! 本当に開いた!!」
「やったねウツロウ!!」
「ああ、だけどここが始まりだ。中にどんなものがあるか分からない以上は慎重に行くぞ」
「しんちょう?」
「周りをよく見てゆっくり進むってこと」
「うん、分かった」
門をくぐった先には暗闇が広がっている、少しの傷から病になればそれで終わりであることを考えれば迂闊に進むことはできない。
「灯りをつけるか」
持参した松明に火をつけると遺跡の内部が明らかになった、中も外同様に苔むしており地下まで続く階段が正面にあるのみだった。
「……地下か」
「何か悪いの?」
「ああ、地下は崩れて埋められたり息ができなかったりする」
「死ぬ?」
「なに、俺とクチナシなら大丈夫」
そう言って進もうとするウツロウの腕をクチナシが掴む。
「どうした?」
「下、何かあるよ」
クチナシが指さした先には確かにでっぱりのようなものがあった。それは床のデザインと言われてもおかしくないほどの些細なものだった。
「これがどうかしたか?」
「なんだか嫌な感じ」
「……ちょっと待ってな」
十分な距離を取り、でっぱりに向けて小石を投げる。するとでっぱりに当たった小石は凄まじい勢いで床にめり込んで砕け散る。
「なんだありゃあ……」
「上から押さえつけられるのが強くなったみたい」
「そんな罠ありかよ……ありがとうなクチナシ、踏んでたら死んでたかもしれない」
「ウツロウ、死んじゃだめだよ?」
「ああ、気をつける」
より一層の警戒を強めてウツロウとクチナシは階段を降りていった。