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腕が2本しかなくても、頭が1つしかなくても  作者: ニイ
始まりの冒険は力試し
4/13

ペテン師

「クチナシ、仕事の話をしようか」

「仕事?」


 しばらくの抱擁の後にウツロウは解放された。腕が痺れて使い物にならなくなるという様子であったが、それをクチナシに気取られるようなヘマはしていなかった。


「ああ、俺はペテン師だって言ったよな」

「ぺてんし?」

「ああ、ペテンってのは相手の勘違いを誘ってやるもんでな。普通は悪い奴がやるもんだが、俺はちょっと違う。俺が狙うのはアルカナの遺産とペテン以上の悪事を働いてる奴だけだ」

「よく分からない」

「だよな、だから分からなくて良い。良いも悪いもこれから覚えていこうな、そのうえで俺についていくのが嫌になったら泣く泣く手放してやるよ」

「嫌になる? ウツロウを?」

「ああ、そういうこともあるだろうさ」

「ない、そんなことは、何があっても」

「俺もそう願ってるよ」

「……■■■」


 俯いたクチナシから紡がれた言葉はおよそ人類が話す言語ではなかった。それもそのはず、クチナシが先ほど発した言葉はヘカトンケイルを初めとした神の言語である。言葉の意味は「誓い」であった。ウツロウが迂闊に口にした「手放す」という言葉はクチナシに行動を起こさせるには十分すぎたのである。目に見えぬ信頼を、見に見えぬ覚悟を、目に見えぬ情を可視化させる方法を選択したのである。


「今何か言ったか?」

「ウツロウの身体、少しもらう」

「へ?」


 ゆらりと近づいたクチナシの爪は容易くウツロウの頬を割いた。薄皮1枚とはいえ血が流れる、呆気にとられたウツロウは動くことができない。クチナシは指に絡みつく血液を舌で舐め取ってにっこりと笑った。


「ウツロウも飲んで」


 クチナシは自ら手首に傷をつける、滲んだ血液は人のものとは違い非常に重い血液である。神の血は別名ネクターと呼ばれるものであり、血の持ち主が使うのであればあらゆる儀式・術式の触媒になる。その他に純粋に物理的な重さという意味でも血液よりも遙かに重い。


「むぐっ!?」


 クチナシの血を口に突っ込まれたウツロウの顔が青ざめる。神の血の効能について知っているのもあるが、なにより神の血は濃厚すぎて不味いのである。たとえ吸血鬼の最高位であっても胃もたれするとされる神の血は普通の人間には拷問に等しい。


「■■■」


 誓いの詠唱は一言で終わった。そもそも神の言語であるので人間の言葉のような無駄は一切無い、ゆえに神の使う術には詠唱という概念がほとんどない。ただし、クチナシには神の言語を使用している自覚がない。ゆえに、自分が何をしでかしているのかもあまり分かっていない。


「もがもが……!!」

「クチナシは離れないよ」

「げほっ、何を……」


 ウツロウの頬の傷は既に治っていたが、その場所には入れ墨のようなものが刻まれていた。それは一種の契約である、その効果はウツロウの権限でいつでもクチナシの命を奪えるというどぎついものであった。命を握られていることを示すようにクチナシの首には首輪のような紋章が刻まれている。


「クチナシ、お前なにしたか分かってんのか」

「分かってる、クチナシはこれでいい」

「流石にこれは……いくらなんでも」

「クチナシはこうしないと、嫌。クチナシがウツロウから離れようとするなんて思わなくなるまでは、このままにする」

「参ったな……」

「あはははははは!! 受け入れなウツ坊、それはもう簡単には解けないよ。懐かれてよかったじゃないか」


 机を叩きながら大笑いするダウ、苦虫を噛みつぶしたような顔をしているウツロウがよほどおかしいらしい。


「まあ良いか」


 ウツロウはウツロウでさっさと受け入れて切り替えた。今これをどうにかしようとしてもクチナシが頑なになるだけだと察したのだった。


「じゃあ仕事の話に戻る、ものすごく単純に言うと俺たちはこれからアルカナの遺産を取りに行く」

「うん、ウツロウについていく」

「アルカナの遺産は……知らないよな」

「うん、でも知らなくても良いよ。ウツロウを助けるだけだから」

「そうもいかないんだ。知ってないとどうにもならない場面もあるだろうしな。雑に説明すると、アルカナの遺産っていうのは不思議な力を持った宝物だ。そんで、それを集めると世界の頂点にたどり着くらしい。つまりは世界で1番になれるってことだ」

「1番になりたいの?」

「ああ、1番にならないとできないことがある」

「ウツロウはクチナシの1番だよ?」

「ん~、そういうこっちゃないんだ。それと簡単にそんなことを言わない、駆け引きの一環として言うならまだしもポロッと言っちゃもったいないだろ。クチナシはまだ知らない事が多すぎて何が1番なのかを決めるには早すぎるってのもある」

「でも、ウツロウはずっとクチナシの1番だよ」

「はいはい、世界一周でもしてもっかい言ってくれたら考えてみるよ」


 クチナシは冗談でもなんでもなく本気なのだが、刷り込みのようなものだと思っているウツロウはまともに扱わない。拗れそうな雰囲気が満載であるが、それを横から見ているダウの酒は良い肴だとでも言うように進んでいた。


「むぅ」

「でだ、俺たちが今回狙うのはパワーの遺産だ」

「ぱわー」

「そう、かけずり回ってようやく見つけた遺跡があってな。そこが十中八九当たり、だと思ったら門が開かなくてな。古代文字を解読できる奴に頼んだら勇猛なる神の血を捧げよって書いてあった」

「!!」

「気づいたか、これが俺がクチナシが欲しかった理由だ。ヘカトンケイルであるクチナシの血で門を開け、俺が遺産を貰うってわけだ」

「クチナシ、役に立つ!!」

「ああ、期待してる」

「期待される!!」


 嬉しそうなクチナシとは対照的にダウの顔は暗い。


「そう上手くいくといいがねぇ」

「やってみせるさバアさん。俺はあんたの弟子なんだからな」

「は、アルカナの遺産なんてものはロクなもんじゃないよ」

「それでも、俺はやらなきゃならない。分かってるだろ」

「それがウツ坊のケジメなんだろ?」

「俺が、やらなくちゃいけないんだ」

「……死ぬんじゃないよ」

「俺は死なないさ」

「とはいえ、今日はもう遅い。行くなら明日にしな」

「分かった、クチナシがここに居る以上はあの門が勝手に開きでもしない限りは横取りされることもないだろうしな」


 床で寝ようとしたクチナシにベッドの使い方を教える等のトラブルはあったが、無事にウツロウは眠ることができたのだった。









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