落葉1枚目 邂逅
「は?」
思わず声が出た。
何を言っているんだ?
この世界が自分の世界ではないと認識したとき、ある程度の一般常識の記憶が戻ってきた。
キーを押して移動だと?それじゃまるでゲームじゃないか、と思う程度には。
そんなことをしなくても自分の体だ。
そう思って、体に力をいれるが動かない。
「あれ?おかしいな。」
立ち上がるイメージをしているが、いっこうに体は動かなかった。
「まさか本当にキーで動かすのか?いやいや、そんなバカな。」
そもそもキーってなんだ。一応手元を見てみるがそんなものがあるはずもなかった。
体が動かない中、視線は動くようで、今さらだが周りを見渡してみる。
自分がいる場所以外何もなく、そこから一本の道が延びている。体を動かしてこの道を行けということだろうか。正にゲームのチュートリアルだ。
そう思うとどこか懐かしい感じが込み上げてきた。
自分はここを知っているような気がする。
しかし思い出そうとしてみるが、モヤがかかったように記憶は戻ってこない。だが、その過程で少しからだが動いた。
「?」
もう一度考えてみる。
記憶はないが、体に染み付いているような感覚でキーボードに手を添え、キャラクターを動かす想像をしてみる。
動いた。
体は起き上がり、想像した方向へ歩きだした 。
なんだこれ?なんか気持ち悪い感覚だなぁ。
そう思ったが、動けるようになったので道を進んでいく。
が、すぐに壁に当たった。
そして頭の中に響く声。
『cキーを押してジャンプします』
はいはい。cね。なんとなくそれも体が覚えていた。
すぐに頭の中でcキーを入力、ジャンプする。
「おおお!?」
思った以上に飛んだ。自分の身長より高く飛んだんじゃないか。
本当にゲームみたいだな、と思いながらその後のチュートリアルもクリアしていった。
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時は流れて(さほど流れてない)ここは最初の街。
人がたくさんいる。
今までずっと一人でいたが、初めての人だ。
嬉しくなって片っ端から話しかけたが、返ってくるのは同じ言葉ばかり。あぁ、これってNPCってやつか?
そう気づくと一層寂しくなった。
チュートリアルらしきものが終わった後、次々に聞こえてくる声に従い進んできたが、どうにも決められた道を歩んでいるだけのような気がしてならない。
まぁ、ゲームみたいな世界だと思っているので、そういうものだと思えばそうなのだろうが、やはり寂しさはある。
しかし、他にすることも無いし、周りはわけのわからない空間や、森の中だったりするので、その声に従って進んできた。そこで辿り着いた街である。
自分以外の人間はいないのか?
片っ端から話しかけるが、どれも同じ事しか言わない。
街へ入ってから東へ東へ。人を見つければ話しかけ、同じことしか言わない事に辟易し。
辿り着いたのは駐車場。
駐車場?
この世界はファンタジーのようだが、よくわからない世界だ。
車は走っているし、空を見上げればヘリコプターのようなものも飛んでいる。
一台も車の停まっていない駐車場を抜けると、外壁の先への道が見える。
その先にもまた、別のコンセプトで作られた街があるようだ。
私はその入り口へ向かって歩いていった。
外壁を抜けた先にあったのは、開放感のあふれる場所だった。
街・・・ではないようだ。いろいろな催しをやっていそうな雰囲気の建物やステージ等が見える。
あの巨大なルーレットはなんだろうか?
建物の前には人もいるが、建物の前にいる人はNPCだ、と今までの経験が言っている。
特に話しかけることも無く、奥へと足を進めていると・・・・。
「?」
急に周りから音が消えた。
不思議に思うのも束の間、急に軽やかな音が聴こえて来た。
「なんだ?」
きょろきょろと周りを見渡すと、先ほどまで誰もいなかったはずのステージの上に誰かがいる。
誰かが何かを奏でていた。
あれは、知っている。ピアノだ。ツインテールの女の子が、ステージで楽しそうにピアノを弾いている。
あれはNPCじゃない。
直感でそう思った。
そう思った瞬間、私はステージに向かって走り出した。
NPCではない人。初めての人。嬉しくなって周りが見えていなかった。
突然、目の前に二つの影が飛び出した。
驚いて慌てて止まる。
二つの影は、少しの距離を取り動かない。
しまった。
その時、私はそう思った。
NPCでは無い人の存在に、危機感が抜け落ちていた。
目の前の二つの影、いや、二匹を見てそう思った。
1匹は全身ピンク色。目の焦点はどこを見ているかわからず、鼻水と涎をたらした人外の魔物。
1匹は全身緑色。女性の姿をしたその目はまた、全てを見透かすようにこちらを見ていた。
人型の魔物は強い。
欠片のように蘇った記憶がそう言っている。
この事態をどうするか、そんなことを思っていると、緑色の女が一歩踏み出した。
あぁ、知っているぞ。これはドリアードという魔物だな。魔物というか精霊か?どちらにしても駆け出しの自分に相手ができるものではない。
そんな事を考えているうちに、ドリアードは目の前まで近づいてきていた。
冷や汗が噴出す。自分はここで死ぬのか?まだ何もわからないのに。
ドリアードの右手が動いた。すっと差し出された緑色の手。
「うわあああああ!」
その瞬間、強張っていた体が弾けたように動いた。
走って走って、外壁を超え、誰もいない街まで逃げた。
ここにはNPCしかいないはずだ。後ろを振り返るが、追ってきているようには見えなかった。
ほっと胸を撫で下ろしながら思い出す。
逃げ出した時、視界の端に映ったドリアードの表情。
能面のように表情を変えず、自分を素通りしてその先を見据えているような目の奥に、悲しそうな光が見えたことを。