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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

婚約破棄

金の林檎

作者: 無人島

『金の林檎』


 それは生命を授ける禁断の果実だと、神様が言った。


『金の林檎』


 それは神の力を顕現させると、一緒に食べたお父様が笑って、わたくしに与え続けた。








 手にした鮮やかな黄金。

 この林檎はあまりの美味故、男が食べると病み付きになるのだ。だからこそゆりかごを持たぬ者が食べれば身を滅ぼすと、それは牽制に過ぎなかったのだが、それを見事に体現させた者を見下ろす。


「お前はこの林檎を盗んだのに、何故生命を生み出さない?」


 身を滅ぼすのは、神の許しを得て、落ちた林檎を食べた者ではない。自らの手でもぎ取った盗人が、身を滅ぼすのだ。


 落ちて傷がついた林檎をシャクっと咀嚼し、硝子の箱に入った、まだ生きたカエルを見つめる。


「僭越ながら、このカエルには子宮がありません」


 次期女王陛下の問いに答えた第2王女殿下が、トントンと、人差し指で硝子を叩く。箱の中のカエルは弾かれたようにその指に突進し、硝子にぶつかった。


 硝子を割らんばかりに張り付く手足が、湿った皮膚で滑り落ちていく。それでも上に上にと繰り返す様は、カエルがダンスを踊っているようにも見えた。


「ただ動くだけで、鳴きもしない。私のカナリアでさえ、腹が空けば下手な歌を奏でるというのに」


 その言葉に、カエルは狂ったように暴れだした。しかしあまり長くは第2王女殿下の気を引けなかったようで、飽きたように箱に布がかけられた。


「カエルの鳴き声など、煩くてかなわん。それに、子守唄にもならんぞ」


「……御姉様? まさか、」


 肯定するように腹をさする仕草を見た第2王女殿下はさっと腰を下げた。転倒や予期せぬ事故を防ぐ為だ。


「ヴァレンティーナ様は、金のワインをお召しだろうか?」


「この数年は、余すことなくお飲みかと」


「遅すぎる。これを与えてもよいか?」


 次期女王陛下は、手の中の林檎を見つめる。


「ワインにすると力は薄まるとはいえ、既に神を宿す子宮は整っておられる筈ですわ」


「ならあの赤毛が足りんだけか?」


「ま、御姉様ったら…………モーティシア様に、お会いしたいのですね?」


「……いや、」


 その間が肯定だと、第2王女殿下が、慰めるように右肩を抱いた。モーティシアと魔力を繋ぐ刻印があった箇所だ。繋がりが切れても、たまにそこを撫でていたのを第2王女殿下は知っていた。


「私も、モーティシア様は大好きですわ」


「そうか」


「…………ヴァレンティーナ様は、既に懐妊されておりますよ」


「何故すぐ言わん?」


「聞かれなかったから……言えば御姉様はまたすぐどこかへいってしまわれるもの。王宮に帰って来たばかりなのに」


「またカナリアを与えよう。今度は上手に歌を奏でるカナリアを」


 ふっと儚げな笑みをこぼした第2王女殿下は、窓から外に目を向けた。計算されたように色とりどりの花が咲く見事な庭園。その庭に立つ、不釣り合いな黒い樹をじっと見つめ、では私もあそこに──という言葉は、次期女王陛下が素早く窓にカーテンを敷いたことによって阻止された。


「まだ先の話だがバーバー大陸には同行させる」


「やった! 荷造りしてきますわ!」


「まだだっ! 気がはやいぞ」


「準備は早いにこしたことはないと、いつも御姉様が言っていましたわ〜!」


 よほど嬉しいのか、態度を崩し、ついでとばかりに目の前にあった林檎を、姉の手からシャクっと一口食べ、あっという間に部屋から出ていった。


「吐き出させましょうか?」


 側で控えていた第2王女殿下の教育係が、すっと前に出た。


「……この手から食べるのなら良い。あれは多くを知らぬとはいえ、兄の二の舞は踏むまいな?」


「そこまで無知ではありません。しかしながらプリンシア次期女王陛下。たまにはレイシア様も構ってあげて下さいませ──潜在魔力が荒れておりまする」


 そう言って教育係は自身の右肩を撫でた。この者にも、第2王女殿下と魔力を繋ぐ刻印が刻まれている。


「あれはまだ夜中に泣いているのか?」


「まさか。次期女王陛下の前では姉の気を引きたいただの子供故、振りをしているだけでございます」


「陛下からは、あれが夜な夜な兄の部屋を訪れては、舌を失ったカエルの口に、素手で活餌を無理矢理押し込んでいたと聞いたが……」


「まだ人目を避けるだけ、成長したかと。以前は婚約者の前でもカエルを世話しておりました」


「末恐ろしいな」


 閉じたカーテンを開く。


 満開の花々に、不釣り合いな黒い樹。

 この世界の創造神が、去る前に、自らの右手を切り離し、それを大地に刺した。あれは神の力が宿る、神樹。

 その樹の下には、この地におち、様々な理由で世に出せなかった王族が埋まっている。


「名鑑では、歴代の女王の時代には、とくに多かったと記されている」


「時代遅れの迷信でございます。神の慈悲を賜ったのは一握り。肥やしにもならぬ者もまた、多かったのです」


 初代女王陛下は、人の成りをしていなかった実子と同時期に生まれた実の娘とその叔父との間に生まれた低知能児を自らの手で埋め、せめてもの役割として、神をお連れしてこい、そう命じた。


 慈悲深い神ならきっと、その姿で生きていけない者には、新しい生命を下さる。学ぶ力のない者には、神の力を授けて下さる。それを持って、再び地上に姿を現し、生まれ落ちろ。王族に生まれたならば、義務を果たせ。


 7代の王、初代女王陛下の年、金の林檎が実った。神に慈悲を与えられた子供達は、再びこの世に姿を現したのだ。鮮やかな黄金となって。


「クク、」


「?」


「あれがヴァレンティーナ様の懐妊をどこで知ったか不思議だったが、ピウスト地方が豊かなままなのは、再びモーティシアが現れたからだ。それに気付かなかったとはな──2ヶ月後、バーバー大陸に向かう。陛下に謁見を」


「既に陛下は次期女王陛下の補佐として、後援にまわっております……」


「どうした?」


 顔には出さなかったが、じわじわと熱を持った刻印が、その皮膚を蝕むように血を滲ませ、服が濡れてきた。こうなっては隠し通せないと、教育係は苦笑いをした。


「肩が膿んできたか? 先にレイシアの部屋にいく」


「英断です」


「ああ、それを元あった場所に戻せ」


「仰せのままに」


 これでしばらくすれば痛みは引く。頭を下げたまま次期女王陛下を見送った第2王女殿下の教育係は、次の瞬間、硝子の箱に目を向けた。


「昨夜の餌は、うまかったか? レイシア様自らとってきた、肥溜めで生まれた活餌だ。お前がレイシア様にしたこと、そっくりそのまま返ってきたな」


 突如暴れだした、その硝子の箱を持ち上げ、顔を近付けた。


「煩いぞ。暇ならお前も神をお連れしてくるか?」


 その言葉に、硝子の中の音はピタリと止んだ。


「冗談だ。神の前では、お前が盗人であり、その姿が、罪を犯した王族であることも、筒抜けだからな」


 神の慈悲を賜う、その希望の無い者が、再び光を浴びることは決してない。


 その硝子の箱は、王太子殿下だった者の部屋に置かれ、布がかけられたまま、二度と音が鳴ることはなかった。

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