おじさん、お節介を焼く。
「お、こりゃラッキー。薬草と解毒草が群生してるねぇ」
そう一人ごちて、必要な分だけ丁寧に摘み取り籠に収めてゆく。
周囲はうっそうとした木々に囲まれている森の中。
そんな中で間の抜けた独り言を呟きながら、今日も今日とて受けた依頼をこなす。
「まぁ、こんなもんでしょ。中々質の良い物が集まった」
程よく詰まった籠の中身を確認して満足そうな表情を浮かべる。
「さてと、そろそろ帰りますかね」
そう言って村のある方へと踵を返す。
俺の名は『イチ』しがない冒険者を生業としている。
ここレインワーズと呼ばれる大きな大陸の、辺境の都市『バルモア』を中心にギルド依頼を受けては生計を立てている。なぜ中心と言う言い回しなのか。それは今はバルモアに住んではいるが、気が向いたらまた昔の様にふらふらとどこかの街に村に生活を移すかもしれないからだ。
まぁ、そんな事を思いつつもバルモアに来て5年も経っているので、案外この辺りの風土も自分の気性にあっているのかもしれない。
それに俺ももうすぐ35歳。世間一般的には『おじさん』であり、そろそろ何処かで落ち着いて過ごす事も考えなければならない年齢だ。
若い頃の様に、一気呵成に戦うには体力も随分と衰えてしまっているし、そもそも切った張ったの世界に辟易している。本音を言うともう飽きのである。あんなのは夢や野望に溢れた若い連中がやれば良い。いつだって世界なんて若い連中が主役なのだから。
「なのでおじさんは採取のクエストでのんびり生きますよっと…」
そんな独り言をこぼしながら、歩みを止める事なく肩から緩みかけた籠紐を背負い直す。無造作に茂る道なき道を進み、いつしか遠目でも街道が確認出来る所までは戻ってこれた。後は道なりにバルモアに戻るだけだ。
これが子供達の好きそうな勇者譚や騎士譚の話ならば、ここから獰猛な魔物や凶悪な魔族の一つや二つでも何故か襲ってくるのだろう。しかし、現れるのはたまにすれ違う商人の荷馬車や、耕作を営む農家の人達、道端でプルプル震えている無害なスライムばかり。今の時代そこまで機微に富んだ出来事なんてそうそう起こりやしない。退屈かもしれないが平和な日常でなによりだ。
しばらく進むとバルモアの門が見えてきた。
そこには相も変わらず緩んだ顔して、居ても居なくてもよさそうな老兵の門番が二人で木製の椅子に座りながら談笑している。これもこの街では見慣れた風景の一つだ。
「おっす、じいさん達。今戻った」
片手を上げて挨拶を交わす。
こちらに気付いた白髭を顎に蓄えた方の老門番のガンズが手をひらひらと振り返す。
「おう!イチ!どうじゃった?しっかり稼いできたか?」
皺だらけの顔を更に破顔させて尋ねてくる。肩に背負っていた籠を下し、中身を確認させる。
「ほうほう…。お前さん相変わらず上質な薬草や解毒草を集めてくるのぉ。最近の若い奴にも中々おらんて」
そう言って白髭を鼻下に蓄えた老門番のドンズが、籠の中の依頼品を手に取り感心した様に話した。
「ありがとさん。でもよしてくれ、若いってそりゃ言い過ぎだ。おれはもう中年のしがない冒険者だ」
肩を竦めて老門番ズに返す。
「あ~ひゃっはっは!な~にを言うとるか。ワシらからすればお前さんもまだまだ若い連中の括りじゃよ!」
可笑しそうに二人して肩を上下させ笑っている。
「そうかい?んじゃ検閲は問題無しって事で、俺はギルドに向かうわ」
「おう、今日の報酬でしっかり食べな!」
毎度のやり取りに口元を緩ませ、短く手を上げその場を後にした。これから向かう先はバルモアの西側にあるバルモアギルドだ。冒険者のその多くは、発注された依頼をギルド経由で受注して生計を立てている。簡単な依頼は誰でも成功し易いが報酬が少なく、危険を伴い失敗し易い依頼には高報酬となる。命を天秤にかけて分相応の依頼をこなしているのが、俺達の様な冒険者と言われる連中だ。
ギルドまでもうすぐ。建物の隙間から見える空を見たが、日が傾き始めていた。直に日が沈み辺りも暗くなるのだろう。さっさと手続きを済ませ、安宿に戻る事にしないと。
急ぎギルドの扉を開き、受付嬢のいるカウンターへと足を運ぶ。
「あら、お帰りなさいイチさん。本日も無事に戻られて良かったです」
「ありがとさん。ほい、これ今回の依頼内容。一応質の良さげな物を選んだつもりだ」
対応をしてくれるのはギルドで受付業務をしているアリエッタ嬢。ここに来てからの顔見知りだ。カウンター越しに本日の依頼品である薬草や解毒草を並べて、その数を確認している。
「はい!依頼通りの数で間違いありません。本日もありがとうございました。品質も申し分ないですので、成功報酬に少しですが上乗せしますね」
「お?それはありがたい」
渡された小袋の中身を確認すると銀貨9枚が入っていた。今回の元々の報酬は銀貨8枚の報酬だったので、銀貨1枚を上乗せしてくれた事になる。
「いつも採取の依頼では上物を選んで下さっているので、本当はもっとお付けしたいのですが当ギルドの予算ではあまり上乗せも出来なくて」
少し申し訳なさそうな表情でアリエッタ嬢がこぼす。
「いやなに、1枚だろうが何だろうが、自分の仕事の評価なんだから有難い事だよ」
「いつもそう仰って下さっているので、こちらも大変助かっているのですが、丁寧な仕事をして下さる方には正当な報酬を受け取って貰いたいと思うのは私だけではなく、ギルド全体の方針なので。それにイチさんはもうとっくにランクが上がっていてもおかしくない実績を残しているのに、ずっと星の数が1つの『シングルスター』のままじゃないですか。私もイチさんがその気なら、今すぐにでも星2つの『ダブルスター』にギルド長に推薦しますので!」
「アリエッタ嬢は真面目だなぁ~。でもそのお気持ちも有難く頂いておくから。ありがとさん」
「またそうやってはぐらかしますよね~、もう!…はい!次もまたお願いしますね!」
そう言って年相応の可愛らしい笑顔を向けてくる。
俺からすると10以上も年の離れたお嬢さんだが、中々どうして。無作法な連中もあつまるギルドで頑張っているじゃないか。そりゃここに集まる冒険者達も、真面目に頑張る彼女を見てると鼻を伸ばしている気持のもわかる。
「さて、それじゃおじさんはこれで…」
そう言いかけて、左肩に強い力を感じ顔を振り返える。そこには屈強で体格の良い男が、俺の肩を掴んでニヤニヤした顔で立っていた。
「…なんだいお前さん?」
「ふん!…どけっ!」
男が掴んでいた俺の肩を乱暴に突き飛ばす。
「おっとっとっと…」
上手くバランスを取り、転倒しない様に取り繕ったが、あまりおじさんを乱暴に扱わないで欲しい。ただでさえ採取系のクエストは中腰姿勢が多いのだから、変に力むと『魔女の一撃』を喰らう羽目になる。
「なんだぁ…?まぁいい、アリエッタ!今日の依頼品だ。おい!お前ら!さっさと持って来いっ!!」
大きな声で誰かに向かって顎で合図をする。
すぐ後ろに控えていたのだろう、仲間と言うよりは取り巻きに手下の様な連中が大きな毛皮の塊をカウンター下に無造作に放り投げた。少し肩で息をしている奴もいるが、あぁうん。重いよね、その『猪』
「…本日も無事に戻られてないよりですガルダックさん。それでは確認しますね。お願いします」
その言葉と共にギルドの奥から数人の職員が現れ、ガルダックと呼ばれた男のパーティが用意した『猪』の状態を確認していく。馴染みのない顔で、随分と無作法な奴だが、まぁギルド内で面倒事を起こす様な馬鹿じゃないだろう。それにアリエッタ嬢も荒くれ連中に受付をこなすくらいに肝が据わっている。
(問題も起こらないだろうし、さっさと帰るか)
横目でチラリと仕留めた獲物を流し見して、ギルドから立ち去ろうと扉まで来た時に、後ろから怒鳴り声がギルド内に響いた。
「なんだとっ!!この『猪』の報酬がたったの銀貨20枚だと!?依頼には40枚とあっただろうがぁ!何故報酬が半分しかならねぇんだ!」
おや、どうやら男は報酬額が気にいらないご様子。『猪』の討伐ならそこまで減額になる様な状態ではなかったはず。そのまま宿に戻ろうとした足を止め、気まぐれで事の成り行きを見る為に、声が聞こえそうな所に近づいて、適当なテーブルの席に着いた。
「先ほどもお伝えしましたが、今回の依頼は『猪』の毛皮の採取であって、討伐ではありません。大切なのはいかに『猪』の毛皮を綺麗に持ち帰るのか、と言う事になります。今回の依頼書にもはっきりと書かれていますし、受諾される前に確認もさせて頂き、納得されたはずです。ですが、ここまでダメージを受けた状態ですと、どうしても使える毛皮の部位が少なく、それに見合った報酬しかお出しする事は出来ません」
流石アリエッタ嬢。
物事を的確にはっきりと分かり易く説明してくれる。と言うかこの場合、あの男が馬鹿なだけじゃないか?依頼書を満足に理解していなかったのか?取り巻き連中もなぜ言わなかった。あいつら全員馬鹿なのか?『猪』の査定を丁寧にした職員も頭が痛いとばかりにあきれ顔だ。
「納得出来るかぁぁ!この依頼で使った金額と、この報酬じゃあ割に合う訳がねぇ!俺は最もトリプルに近いと言われているガルダック様だぞ!」
「ええ、存じております。『星2個』のガルダックさん」
アリエッタ嬢の言葉に激高し、背中に背負っていた剣を無遠慮に抜き、アリエッタ嬢に突き出した。
「はぁ…。冒険者も色々といらっしゃいますが、ギルド内でもめ事を起こすと言う事、そして剣を抜く事の意味…。あなたは存じていないのですか?」
溜息交じりに、落ち着いた口調で男に諭す様に語り掛けるアリエッタ嬢。
…肝が据わり過ぎていないかい?おじさん別の意味で心配だわ。まぁともあれ、周囲を見ても我関せずで遠巻きに見ている他の冒険者が数人と、査定した職員だけか。
「ごちゃごちゃとうるせぇ!!」
流石に突き出した右手の剣を振るうのは躊躇ったのか、左手でアリエッタ嬢に殴りかかろうとした。
「仕方ないねぇ」
ぽこん。
「…あ?」
もの凄い怒気を含んだ眼をこちらに向ける。
まぁそうしてくれないとお節介をしている意味もないのだが。
「お前ぇ…今この俺に何をした?」
「落ち着きなさいよ、若いの。なに、おじさん愛用の『ひのきの棒』でちょっと手癖の悪い左手を小突いただけじゃないか。カッカしなさんな」
「お前は死にたいのか?」
「まさか」
肩を竦めて本当の事を言う。
「英雄気取りでしゃしゃり出て来る様な馬鹿野郎はさっさと死ね!」
アリエッタ嬢の時とは違い無遠慮で剣を横薙ぎで払ってくる。ギリギリのところで躱して今度は右腕に狙いを定める。
ぽこん。
「だから何だ!それは!それでも俺様に攻撃しているつもりなのか!」
今度は両手で構えて剣を突き出して突進してくる。
単調な突きと突進なんて、躱すのも造作もない。
ぽこんぽこんぽこん。
今度も躱し様にガルダックの体にひのきの棒を当てていく。
突きと突進を難なく躱されたガルダックは、ギルド内に並べられたテーブルや椅子に大きな音を立てて無様に突っ伏す。
頭が冷える事もなく、目の前のテーブルや椅子を乱暴に払いのけ、剣を上段に構えて再度襲いかかってきた。振り下ろし、また三度ひのきの棒をガルダックの体に当てる。次は自分から進みひのきの棒を構えてガルダックの体に突きを繰り出す。
トン。トトトトトトトトトトトトトトトトトトトトトトトトトトトト…トン。
ふわっと周囲に風が流れた。
突き出した攻撃によって生じた風。
少し距離を取った後、右目を閉じて呟く。
『可視化』
その言葉に体を構え、目を丸くしてこちらを見るガルダックだったが、自分の体にまだ何も異常がない事を知ると、既に距離を取っていた俺に向かってまた襲いかかって来た。しかしその切っ先を躱そうとした寸前で、ギルド内にまた怒号が響いた。
『何をしているか!この馬鹿者共ぉ!!』
たった一言だけで建物がまるで震えているかの様に振動し、居合わせた全員の背筋が凍り付いたのだった。