狼煙
ユリウス暦一六〇五年 十一月五日の未明、ガイ・フォークスは地下室で三十を超える樽に囲まれていた。まるで瞑想でもしているかのように静かで、微動だにすらしない。
(もうすぐ、もうすぐだ)
そう、もう間もなくなのである。あとほんの数時間待てば頭上で開院式が始まり、そして満願成就の瞬間が訪れる。
もはや時間の問題であった。あとはただ待ってさえいれば、水が落ちるようにその時はやってくる。
だが、ガイは一抹の不安を拭いきれずにいた。なんら確証のない、〝気のせい〟で片づけられる程度の感覚。そのはずなのに、何か得体の知れない気配に落ち着けないでいた。
それでも無理矢理気を静めようと、ありもしない窓を見上げる。もしも本当に明かり取りの窓でもあれば、夜明け前の薄暗い空が見えたはずだ。
「……もう少し」
そう呟いた直後だった。唯一の出入り口のむこうで微かな物音が聞こえ、訝った顔を向けた時には木製の扉が蹴破られていた。
「何っ!」
武器を取る暇すら与えず、マスケットで武装した兵士達がぞろぞろと、しかし整然とした動きで入ってきた。計八人が一人ずつ入り口をくぐるのと同時に左右に分かれ、それぞれが射線に被ることなくガイに狙いをつけた。間違いなく外にも数人いることだろう。
「ガイ・フォークス」
最後に入ってきたのは杖をついた老人だったが、襲撃者の中で彼こそがもっとも油断ならない存在であると、ガイは本能的に察知した。
「アドルファス・メイソン。王都市井憲兵団創設者……」
「我々がここに来た理由は言うまでもないだろう。我々も貴様の正体を知っている。貴様らが成そうとしたこともな」
「そうか、裏切り者が計画を話したか」
「裏切りを察しながら、それでも止まれなかったのだな」
「…………」「…………」
ガイはアドルファスと睨み合いながら、チラッと右手の壁に掛けた松明を見遣った。釣られたアドルファスや憲兵の視線が動いた隙に、反対側にあった松明へと手を伸ばした。動きは素早く、憲兵達が構えた銃を撃つより先に指先は持ち手に触れていた。これを樽から伸ばした火薬を混ぜ込んだ導火線に着ければいい。長くとった導火線だが根元に着火すれば誰にも止めることはできないだろう。
だがそれよりも早く、アドルファスの振った杖の先が松明を弾き飛ばした。歯を軋ませながら床に転がったそれを拾おうとしたガイだったが、アドルファスはその手を杖で叩いて押さえ込んだ。こちらを見上げるガイに、息一つ乱さぬ冷静な視線を送る。
「……これ以上は醜態、か」
「今火を着けたとして、吹き飛ぶのは宮殿だけだ。お前のための慰みにはなろうとも、恨みに思った王陛下によってカトリックへの弾圧を強める結果になるぞ」
「……そうだな」
やがて諦めたガイが視線を落とし、憲兵二人が両腕を掴んで起こした。
「連れていけ」
「はッ!」
(これだけ周到にことを進めていたということは、ロバート達も今頃……)
腕に枷をかけられ引きずられるように歩くガイの達観した顔に、アドルファスは同情しているようにも見える目で、
(英雄になりそこなったか。だがそれは、〝そこまで〟は、史実の通りだ)
「まだなのか?」
「開院式はもう始まってるはずだぞ?」
街外れの一軒家に詰めた六人の男達が、予定時刻を過ぎても聞こえてこない爆音に苛立ちを募らせていた。そのうち誰かが、
「ガイ、しくじったのか?」
「バカな! あいつが不手際など」
「落ち着け」
浮足立つメンバーを、少し前に合流したばかりのリーダー格の男が制した。
「ロバート……」
「少し様子を見てくる。お前達はここにいろ」
ロバートと呼ばれた男が席を立ち、部屋の外へと出ていった。残された全員が気まずそうにしながらも黙り込んで、一息入れようとしたその直後、
『にげ……!』
壁のむこうから聞き取りづらい声がした。
廊下に出たロバートは、裏口を目指し階段を降りたところで、
「!」
音もなく扉を開けた憲兵と鉢合わせていた。そちらも驚愕の表情を浮かべたが、すぐに腰の剣を抜き、慌てて部屋へと引き返そうとしたロバートの胸を背中側から突き刺した。
「にげ……!」
最後に発した、発しようとした言葉が塞がれた口から漏れる。物音を立てないよう受け止められそっと下ろされた死体の脇を通って、十人以上の兵士が静かに侵入した。目指す先はロバートが出てきた二階の一室。
扉の前に集合し、全員が目配せだけでタイミングを合わせ突入する。一切の淀みなく、先に入った者が後続を阻害しないようすぐに脇にどき場所を開ける。アドルファスによって課せられた百を超える訓練の成果だった。
少しでも抵抗の意志を見せた者は、この場合は全員が即刻射殺された。皆武器を取ろうとしていたし、そうでなくても、
「レイの仇だ!」
「カトリックの糞どもが!」
「よくもレイを!」
憲兵達の目は軒並み憎悪に濁っていた。発砲で死ななかった者はその後銃床で殴られ剣で切られ、ブーツの踵で踏みつけられて、散々鬱憤を晴らされた挙句皆殺しにされた。
「あの男の死因か」
「そ。メイソン卿の計らいでね、宮殿を爆破しようとした一味の情報を偶然掴み、正義感に駆られ単独で阻止しようとした結果の殉職ってわけさ」
「少しでも名誉を与えたかったのだな」
「それによって憲兵達も復讐に燃えて、命じなくても犯人達を皆殺しにしてくれる。やはり切れるお方だよ、アドルファス卿は」
時刻は日が落ちるにはまだ早い夕暮れ時。馬車に乗って、エドと鳴河は郊外の平原を進んでいた。同乗しているのはドラコと、高そうな酒瓶と装飾の施された木箱を挟んでアリィ。御者台で手綱を握るのはフードで顔を隠すハムで、一人を除き企てに参加したメンバーが連れ立っていた。
「それで、雁首そろえた大罪人が、今度はどこに連れて行く気だ?」
「行けばすぐに分かるよ」
「あの爺さんは来れなかったな。まあこれからが忙しいだろうからな」
「だろうねぇ。作戦の成否を確認して、ソールズベリー伯に報告をして、そんで最後の仕上げかな?」
「上手く、いったのですね?」
一人の男がアドルファスに問う。名をフランシス・トレシャムといい、モンティーグル男爵ウィリアム・パーカーの義弟であり、
「ああ、貴公の告発のおかげで、王陛下も他の議会員も犠牲はない」
ガイやロバート達を裏切った男であった。
「私とて、彼らを密告するに何の迷いもなかったわけではありません。初めは間違いなく彼らに、彼らの意志に賛同し、資金の寄付を行った。ですが、もしも彼らの計画が実行に移されれば、他でもないカトリック派の議員までもが犠牲になる。だから、」
「貴公は決断し、行動した。自責は理解できるが、結果として多くの人命を救ったのだ。彼らも、隠れ家が分かっていたことで万端の準備の下、余計な犠牲も出さずに〝確保〟できた」
「そ、そう、ですか」
沈鬱なままのフランシスに、アドルファスは話題を変えた。
「〝夜会〟には出席されるつもりか?」
「迷っておりますが、やはり、どの面下げて行けるものかと」
「心中はお察しする。だが、貴公は行くべきだ」
「えっ?」
意外そうなフランシスへと、冷静かつ淡々とした意見が述べられる。
「貴公の行為に関しては他言はされていない。一切無罪のものとして済ませたいのだ。ならば堂々と夜会に参じるべき」
「し、しかし……」
「差出人の正体を看破しながらも内々に済ませようとした義兄上の、モンティーグル卿の立場も考えられよ」
「そう、ですね。……そうします」
説得されたフランシスが頷き、
「義兄上のところに戻ります。色々骨を折っていただいた御恩、いずれ必ず返させていただきます」
「…………」
客が去ってから、アドルファスは先ほどのフランシスのように憂鬱な顔をして、
「まるで道化。……だが、」
いつかレイが座った椅子を眺めながら、アドルファスは目を細めて小さく宣言した。
「お前さえ切り捨てて進んだ道だ。何があっても止まりはせんよ」
「着いたよ」
エドはそう言ったものの、見える範囲に別段変わった物はない。強いて挙げれば目の前の丘くらいで、通り過ぎた街の姿すらおぼろげだ。
途中で道を外れた馬車を残して、一行は丘へと登る。緩やかだが岩だらけの坂を進み、見えたのは、
「城?」
丘からだいぶ離れた土地に、場違いに佇む小城だった、
「ジェームズ一世の離宮だよ。イングランド王位継承時にかつての古城を修復したんだ。王妃アン・オブ・デンマークのためにね」
先導するエドが城と同じくらい場違いなテーブルを回り込み、頂上から少し進んだ先で足を止めて言った。その先は切り立った崖になっている。
「何故ここへ?」
「あの城で夜会が開かれるんだ。ジェームズ一世の、『生還パーティ』かな?」
「どういうことだ?」
「モンティーグル伯は受け取った告発状をソールズベリー伯に届け出て、その話は王にも伝わった。そして王はこの件を利用しようとしたわけだ」
ドラコの言葉に鳴河はますます怪訝そうにし、アリィがその首に両腕を絡ませながら、
「彼の王は元々、イングランドではそれほど人望を得ていたわけではなかったの。そこで何かしらの方法で支持を得られないかと思索していた。そこへ湧いた陰謀計画。ああ、これは利用できる。内心小躍りしたいほどだったでしょうね」
「っつ、つつ、つまりですね? 王は発覚した計画を敢えて遂行寸前まで泳がせたのですよ。あわ、あわや大惨事の寸前という奇跡のようなタイミングでそれが阻止される。カトリックの蛮行から、まるま、まるで神の思し召しであるかのように生還する。そうなれば、」
「王は神によって救われた、選ばれし者」
「民衆にそう喧伝する。それがジェームズ一世の計画だった」
「過激な暴徒の策を取り込み自らの企てを成す。なかなかにやり手だろう? 我らが王は」
「そしてお前達はそれさえも利用するというわけか」
エド達は声に出さず含み笑いで答えた。
「あそこで行われるのはそのための夜会さ。王の健在と威光を知らしめるため、重臣や有力者を集めた宴会がもうすぐ始まる」
「命を狙われたその日に、か」
「『卑怯な手を使う暴徒などに屈するはずもなし』という、ああ、あぴ、アピールでしょうね。わた、私の父が準備を任され、実際の作業は私が。ちなみに本番には体調不良で不参加ということに」
「僕もね」
「俺とアリィは航海に出ているということになっている。アドルファスの旦那は、『仕事熱心』ってことで通るだろうな」
「始末した以外に仲間がいないか、徹底的に調べなきゃいけないからね」
「いないのだろう? 他の仲間など」
分かりきった口調の鳴河に、エドはあっさり首肯した。
「全員が揃ったのを確認してから突入させたからね。でもいたことにする。別の計画もあったことにする。『生き残りがプランBを決行した』。それが民衆に届く真実だよ」
「露呈すればただでは済まんな」
「大丈夫だよ。全容を知る仲間は皆殺しにされたし、関与があったらしい神父達や活動資金の援助をしてた程度の連中も保身のために口をつぐむさ。そもそも全容を知っていたとも思えないし、〝知られざるもう一つの計画〟ってことにされるだろうね」
「だが実行犯を捕らえたのだろう? そいつの口から真相が話されれば」
「それも問題ない。可哀そうな彼はこれから処刑されるまで延々と、筆舌に尽くしがたい凄惨たる拷問を受けることになる。自分の名前すらまともにサインできなくなるほどにね」
「ありもしない計画の存在も、認めたくなるか」
「人はね、痛みに耐えることはできる。でもいずれ擦り切れるんだ。耐えて耐えて耐え続けて、いつかは限界が来る。そうなればもう何もかもがどうでもよくなってしまうんだよ。なんせ王殺しの大悪党だ。それくらいの目に遭っても、誰も同情なんてしない」
何か言いたげだったが、鳴河は黙ったままで城を眺めていた。横で時計を見たハムが、
「そろそろ、ですね」
「ハムもご苦労様。仕込み大変だったでしょ?」
「そそ、それほどでも」
「よくあの会場に爆薬を持ち込めたな」
「わ、ワインや果物なんかの樽や箱を二重底にして、少量ずつ運び入れましたから」
「それで足りたの? あの新爆薬の威力は保証するけれど、あれだけの城を吹き飛ばすにはまるで足りていないはずよ?」
「ま、まあ見ていて下さい。もうすぐですから」
再び文字盤に目をやり、ハムはカウントダウンを始めた。
「5、4、3、2、1、……今です!」
珍しく自信ありげに宣言したハムだったが、
「…………」
光景に変化はなかった。一同が不思議そうにハムを見て、
「え、えーっとですね、説明します」
ハムは振り返り、持参した酒や箱が置かれたテーブルを差して、
「あ、あれが城だとしますと、その重量のほとんどははは、柱、テーブルで言えば足ですが、それが支えているわけでして、今その柱を崩している段階なんです」
「柱を崩す?」
「そ、その通りで。あのテーブル、アレの天板がずっとずっと重かったとして、もし足がもっと細いとか、虫に食われてボロボロになっていたとしたら、どうなります?」
「崩れるな」
「同じことをあの城で?」
「吹き飛ばすのではなく、支えを失くし自重で崩すということか」
「ご、ごごごご明察。最小限の爆薬でことを済ませるため、わた、私なりに考えた策です。城中の柱や重さのかかる壁面に細工をして、内側に爆薬を仕込んでおきました。城の中央にある大広間の出入り口から崩れるようにしましたので、ま、まず逃げられないかと」
「しかしどうやって時間通りに点火を?」
「わ、私の発案で、王を祝うための巨大プディングをちょうど先ほどの時刻に焼き始めることになっており、おりまして」
「オーブンに導火線を繋いだか」
「あれだけの大きさを焼けるオーブンは一つだけでしたから。あっ、ほ、ほらほら!」
ハムの言葉に全員が城へと向き直り、その様を目の当たりにした。
頑丈に組んであったはずの石が巨大な指で押されたように崩れ始め、尖塔が倒れていく。その様子は思いの外静かだった。
「すごいね。離れてるとはいえ音が聞こえないような爆発で城が崩れるのか」
「は、はぱ、発破解体、とでも名づけましょうか? 我ながら上出来で……」
ごくごくわずかに得意げだったハムがハッと我に返り、『ああ……』と震えだした。
「ももももも申し訳ないです! 私如きが偉そうに講釈垂れるなど……」
「いやいや、さっきの説明すごく分かりやすかったって。ねぇ?」
フォローを入れるエドに、ドラコも鳴河もそれなりに納得した表情で応えた。ただアリィだけは、
「私は不満だわ。轟音も炎もない爆発なんて」
あからさまな不機嫌さをへの字に曲げた口元に出していた。それを見たハムの反応もあまりに過剰で、
「ああああああのですね!」
世界の終わりでも垣間見たような青い顔をして、大慌てで弁解を始めた。
「ああアルテミシア様の下さった火薬が思いの外強力でして、けっこうな量が余ってしまったので、そそ、それを使って最後にひと仕掛けを。あ、中央の塔のステ、すてと、ステンドグラスを」
促されるままにアリィやその他が示された箇所を見つめる。城の中央にそびえる塔には、天使を模った恐ろしく巨大なステンドグラスがはめ込まれていて、
「っ!」
その塔さえも崩れ始めた瞬間、それは弾けた。
幾千幾万の破片が夕日を浴びてキラキラ輝きながら舞う様は、例えるなら楽園の花吹雪のようで、あれだけ仏頂面でいたアリィが感激して顔を綻ばせるほどに煌びやかだった。
「なんてこと! 見てお兄様! 天使が吹き飛んだ!」
幼子のようにしゃぐアリィの歓声のすぐ後に、遠く離れた城からの爆音が響いてきた。アリィはそれを目を閉じて全身で感じ、
「やっぱり爆発はこうでなければ。爆轟が体中の空洞を揺らすのは、本当に気持ちがいい……」
うっとりとした表情で呟いた。快感に酔い痴れながらハムへと手を差し伸べて、
「よくやってくれたわ。撫でてあげるから、こっちへおいで」
「は、はいっ!」
まるで犬扱いだったが、ハムはそれこそ尻尾を振るようにアリィのそばに跪いた。
「どうだいナルガ? これが僕らの、〝僕らの歴史〟に於ける火薬陰謀事件だ」
視線をくれるだけで鳴河は応えず、エドは崩れゆく城館に向き直り、
「これで王は死に、重臣達も死に、この国はガタガタになった。あの城と違って、崩れない程度にね。マクドウェル卿とももう会えないか。大嫌いだったけど、二度と会えないとなると少し寂しいかな?」
「そういやハム、お前本当によかったのか?」
「え? と言いますと?」
本当に頭を撫でられていたハムがきょとんとして聞いて、
「お前の親父さん、あそこにいるんだろう?」
元の状態が思い出せないほどに崩壊した城を見ながら、ハムは『あー』と自嘲気味に笑った。
「いいんですよ。大貴族のお歴々の御用聞きを続けて出世したような人ですよ? 私達の企みなんて知ったら、保身のために息子さえ口封じに埋めてしまいますよ。生かしておく理由なんてないじゃないですか、そんなの」
冷めた口調で、ただの一度も噛んだりどもったりせずに言いきったハムに、ドラコは鳴河へと耳打ちする。
「あんな面してあんななよなよしてるがな、実はうちの妹並みにキレてるんだアイツ」
「のようだな」
「王妃様も瓦礫の下ね」
「あっちはあっちで、生きていられても困るからね。お祭り好きのパーティ好き。空っぽ頭の浪費家だ。国が傾くのなんて気にせず財政を疲弊させても、平気な顔してバース辺りに大旅行に行ってしまうような王妃なんて、必要ないよ」
「王族で生き残っているのはまだ十かそこらの王女と、その下の王子だったか?」
「上にもう一人いたんだけど、去年赤痢で夭逝されてね。これが史実通りなのか歴史改変による歪なのかは分からないけれど、まるで見えない何かに後押しされたように感じたよ。まあ生きていてもまだ十一だから、大した障害にはならなかっただろうけど」
「幼い王女の後見人として有力な貴族が実権を握る、か。どこの国でも変わらんものだな」
「だがその有力貴族のほとんどがたった今お亡くなりになられた。もちろん家督は子息が継ぐだろうけど、いきなり政治を担えと言われても無理な話さ。国が揺れれば他国からの干渉も強まるのは必至。下手をすれば戦火を交えることさえ。スコットランドやアイルランドもここぞとばかりに影響力を強めようとするだろうしね。それを昨日今日家督を継いだボンボン達にどうこうできるわけもない」
「そうなると、生き残りの中の重鎮がその席に就くことになる。お前達としては、」
「アドルファス卿に就いてもらう。もちろん僕らもそうなるようにあちこち調整することになるだろうね」
「だが、あの爺さんの名声はまさに天を衝く勢いになる。何せ国王殺しの大叛逆人を捕らえたわけだからな。王が弑逆された今、奴は全国民の憎悪の的だ」
「引き回しの後に大事な所を切られて焼かれて、内臓も抜かれて頭を落として、さらに五体バラバラに晒されて最後は鳥の餌、ってところかしら?」
「この騒ぎのすべてがそいつの仕業となるわけか」
「そういや名前、捕らえた実行犯の名前は、何だったっけか? エド?」
「忘れちゃったの?」
「連中名前が被りすぎて覚えにくいんだよ」
「ガイだよ。ガイ・フォークス。主犯はロバート・ケイツビー。彼がこんな大それたことを考えなければ、そしてガイ・フォークスがそれを実行できるだけの知識と度胸と行動力、あと信仰心を持ち合わせていなければ、僕らの企ても絵空事にすらならなかった」
「感謝すべきというわけか。まさに、ナイス・ガイだ」
太い声で笑うドラコに、エドは踵を返しながら、
「すべてはこれからさ。まだスタートラインから一歩踏み出しただけのこと。やることも阻む敵も増えるだろうし、忙しくなるね、お互いに」
呑気に言いながら、エドはテーブルの上の木箱を開き、クッションに挟まれていたグラスを並べていった。五つを円を描くように、二つをその真ん中に置いて、すべてに酒を注いだ。
「乾杯をしよう」
その一言に、一同はテーブルへと着いた。鳴河以外がグラスを掴み、
「そうそう。あの夜はごたごたで聞きそびれちゃったけどさ」
「?」
「ナルガは、僕らの盟に加わるってことでいいのかな?」
エドの問いに全員が鳴河へと視線を送る。
「そういえば聞いていなかったわね」
「どど、どうするのですか?」
「今さら断るタマか?」
「…………」
多くの注目を集めながら、鳴河はグラスを眺めながら静かに口を開いた。
「王を暗殺し、幼い王女を立て国を思うがままに操り新大陸を席巻、欧州全土を平定し、やがては未だかつてない制度によって成り立つ強大な帝国を作り上げる、か」
「不満かい?」
返事の代わりに、鳴河はグラスへと手を伸ばした。そして、
「……武士が、男児が身命を賭すに、鳴河の名を広めるに、過不足なき大戦だな」
掴んだグラスを掲げながら、全員の顔を見渡して言った。
皆そうだったが、エドはひと際、誰よりも嬉しそうに顔を綻ばせ、
「そうこなくちゃ。あの時からそう決めてたんだ」
「ならばさっさと音頭を取れ。せっかく用意した上物だ。もう待ちきれんわい」
ドラコに急かされ、エドは『コホン』と咳払してから、
「では、たった今狼煙の上がった、我らが大望のために、」
「これより世界に冠たることになる我らが帝国に、」
「まだ見ぬ治世の実現を願い、」
「かか、かつてない安寧のために、」
「鳴河の流派を世に知らしめんがため、」
「ここに来られなかった仲間達に成り代わり、」
「「「「「乾杯!」」」」」
* * *
グラスは高々と掲げられ、次々に呷られ、飲み干されていく。
俺には、この先のことなど分からない。
この男達が成そうとしていることが正しいのか、
そもそも果たして、それは成せることなのか、
成した後に、どのような世界が出来上がるのか、
俺にはどれ一つ知りようがない。俺は剣のことしか知らない。
それでも俺は、
「国防に賊退治に、俺様の仕事も忙しくなる」
「試したい火薬もあるし、的が増えるのは嬉しいことね」
「やは、やはり地固めのため、スコットランドとアイルランドとの融合を……」
嬉々として未来を語るこいつらに、
「これからもよろしく頼むよ。用心棒君」
俺を誘った、約束通りの戦を起こさんとするこの英国貴族の眼差しに、
「…………。フッ……」
生まれて初めて、笑えた気がした。
新人賞に応募したのはここまでになります。気が向いたら続きを書くかもしれませんがあくまでも気まぐれの範疇なので期待しないで下さい。
ここまで読んでいただきありがとうございます・




