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アルビオンの用心棒  作者: adalwolf
3/7

譲渡



「敵船左舷に回り込んできます!」

 波高き海上で、望遠鏡を覗き込む兵士が声を張り上げた。

 そこはまさに戦場の真っ只中であった。計三隻の戦列艦と相対するは小型のキャラック二隻。欧州で初めて実用化された遠洋航海用の船だが、商船を改良しただけの海賊船では相手になるはずもない。他の小船も数だけはそろっているが、もとい〝いた〟のだが、

「あんなボート如き、戦列艦の火力を前に何ができる」

 指揮官である巨漢に鼻で笑われながら、一隻を残して瞬く間に海の藻屑とされていた。

「砲の装填は?」

「すでに完了しています」

「ならさっさと」

「お兄様」

 『沈めてしまえ』と命令しかけた指揮官を、女の声が止めた。戦場に於いてどこまでも浮いて見える派手なドレス姿の女で、妖しげに微笑む唇からやはり妖艶な声を漏らす。

「最後の一隻、私に下さいませんか?」

「ん、まあいいが、何をする気だ?」

「新型のテストを。臼砲をお借りしますわ」

 女が軽く手を挙げて、控えていた兵士が二人がかりで〝それ〟を運んできた。布製の大きな袋で底部には板が当てられていて、先端からは果物のへたのように縄が飛び出ていた。その縄も袋自体も、何かべっとりとした物がうっすら染みている。

 大砲としては極端に短い砲身に、火薬に続いてその弾が装填され、砲手が向きを調整する。砲弾先端の縄に火がつけられ、

「外さないでね?」

発射直前の砲手の肩に女が抱きつくように腕を乗せ、耳元で甘やかに囁いた。背に胸を押しつけられ首筋を指で撫でられた砲手が、

「りょ、了解……」

まるで押し当てられたのが銃口であるかのように、首筋に当てられたのがナイフの刃先であったかのように緊張気味に返す。

「は、発射!」

 顔中に冷や汗をかいた砲手が点火し、砲弾は四五度の角度で撃ち出された。発射の衝撃で袋はズタズタに裂け、層ごとに板を挟んで詰めてあった鉛玉が広がりながら飛んでいく。それらは白くべとべとした物を纏い、導火線から移った火で燃え盛っていた。

 やがて砲弾は放物線を描いて落下を始める。砲手の狙い通り、火の雨が敵船の頭上に降り注いだ。マストや帆、甲板やそこにいる男達まで、触れたモノすべてに炎を分けるように焼いていく。

兵士達から歓声が上がる中、指揮官の男は望遠鏡で着弾の様子を見ていたドレスの女へと歩み寄り、

「あれは油か?」

「獣脂とか植物油とか、色々を混ぜました。高温になると液状化して燃え広がります」

「いい出来じゃないか。たったの一撃で賊どもは全滅だ」

「いいえ全然駄目。着火していない子弾も多いし、海賊の小船ならともかく、軍船相手では威力不足。ギリシアの火には遠く及ばない。……でも」

 不満そうだった女が望遠鏡を下ろし、

「やっぱりいいものね、人や物が灼けるのは」

 風に乗って届く香りや悲鳴に、目を閉じて感じ入った。指揮官の男が何とも言えない顔をして、

「ああ、でもやっぱり満足できない。屋敷に戻って早く研究したい。時限信管に使う導火線の実験もしたいですし、早く帰りましょう。お兄様」

「そうだな。余計な手間もかかったし、エドの奴も待たせることになる」

 指揮官は他の船員達全員に聞こえる大声で、

「帰還するぞ!」

「私は部屋で休んでいますわ」

 すたすたと船室へ向かう女がボソッと、

「あのお侍さん、お元気かしら」

 不敵な笑みを浮かべて呟いた。



「これは?」

 昼食のテーブルに着いた鳴河が、広いが深くはない皿に盛られた料理について訊ねた。見たことがあったりなかったりする魚介や野菜、肉などが、炊かれた黄色い米と混ざっている。

「パエリアといって、生米を肉や野菜などの具材と一緒に炊いた料理です」

 普段は食卓に顔を見せることのないヘイゼルウッド家の料理人、ハリーが答えを返す。同じ物を前にしたエドが、

「米料理恋しいんじゃないかって思って作ったみたいなんだけど、どうだい?」

「口に合うといいんですが」

 いくつかの目に見守られながら、ナルガは一口目を掬って口に運んだ。咀嚼し嚥下を終えて、

「日ノ本の物とは違うのだな」

「やはり合いませんでしたか」

「そうではない。食感の話だ。米の種類が違うのだろう。食べたことのない料理故詳細な評価などできぬが、美味いと言うくらいはできる」

「それは、何よりです」

 ホッと胸を撫で下ろすハリーに、鳴河は未だ訝った顔で、

「ただ、食べたことがないはずなのに、妙に懐かしい感じがする」

「イスパニア料理をご存じで?」

「イスパニア?」

「ああそっか。キミ日ノ本とイスパニア人の混血だったっけ」

「俺の中の血筋に記憶されていたということか」

 他人から見ればほとんど変化はないが、鳴河は感慨深げに二口目を掬った。

(粥ならともかく、匙で飯を食うのはまだ慣れんな)


「それは、『落ちる』という意味ではないのか?」

「えっとね、綴りはおんなじで読みもそうなんだけど、季節の『秋』のことも『Fall』って書くの」

「葉が〝落ちる〟季節ということか」

「あっ、シャーリーもそう教えてくれた!」

 昼食後、セシルは鳴河の部屋を訪れていた。英語の読み書きを学んでいた鳴河の隣について、

「お話聞かせてくれたから、そのお礼」

 と、苦戦する手習いを手伝っていたのだ。

「今日はこれくらいにしよう、セシル嬢」

 教本を閉じた鳴河に、セシルは夜更かしせず早く寝るよう言われた子供のような顔で、

「もう? 何か用事があるの?」

「ああ、言っていなかったな」

 鳴河が答えようとして、その前にドアがノックされた。大きな旅行鞄を脇にシャーリーが了解を得た後入ってきて、

「ナルガ様。支度が整いました」

「かたじけない」

「! ナルガ、どこか行くの?」

 ショックを隠せず慄くセシルに、鳴河が言う。

「エドが荷の到着する港に向かうと言うのでな。その護衛だ」

「……どれくらい?」

「むこうでいくらか用事があって、五日かそこらだと聞いているが」

「五日も……」

 危機が差し迫ったような顔で、セシルは『待ってて!』と慌てて秘密の通路へと飛び込んでいった。不思議そうにする鳴河に、

「お嬢様は、すっかりナルガ様を気に入られたみたいですね」

「子に好かれる性質(タチ)ではないと思っていたのだがな」

「何かしら惹かれるものがあったのでしょう。……そうでしたナルガ様、もう一つ」

 思いだしたシャーリーが廊下にいたエマを呼んで、

「今朝届きました。エドワード様に注文なされていたとか」

 ワゴンを押して入ってきたエマが、その上に置かれた品物の覆いを取った。

 それは石だった。無論路傍に転がる無価値な物ではなく、

「見つかったのか」

「鍛冶師や採石場を保有するご友人に問い合わせて、ようやく手に入れられたと聞いております。いかがでしょうか?」

 鳴河は分厚い辞典ほどの大きさの石を指先で撫でた。鉱物らしからぬ、まるで乙女の柔肌を思わせる滑らかな感触に独りでに頷き、

「問題ない。ひとまず部屋に置いておく」

「畏まりました」

 シャーリーに指示されたエマが重たい石を机の上に置きながら、

「刃物の手入れって、使用人に任せるもんじゃ、ものではないのですか?」

「どうもこちらとむこうでは『研ぎ』に関する感覚が違うようなのでな。よもや砥石が(くるま)の形をしていようなどと、考えもせなんだ」

「風習って、本当に様々なんですね」

「石を探すのにこれほどかかるとは思っていなかったがな」

 鳴河の嘆息をいまいち理解できないエマが下がり、シャーリーとともに部屋を出ようとしたところで、

「ナルガ」

 戻ってきたセシルが床の穴から飛び出してきて、握っていたリボンを鳴河に見せた。三人が要領を得ない顔をして、

「これ、着けていって」

 息を切らし頬を染めながら言ったセシルに、シャーリーが『まあ』と控えめに笑った。

「結ぶ紐なら間に合って」

「ナルガ様」

 意図を汲めていなかった鳴河をシャーリーが制する。訝しげな目がそちらを向き、

「遠く離れられるのがお寂しいのですよ」

「わ、『私の代わりに』ってヤツですかっ?」

 今度は意外そうに視線を下げた鳴河に、セシルは赤い顔を伏せた。

「…………」

 無言のまま、鳴河は髪を結ぶ白い紐を解いた。それからリボンを受け取ろうとしたが、

「セ、セシルが結んであげる」

 顔を上げたセシルがそう言って、

「では頼む」

 鳴河は手を引いた。

「それでは、私達は失礼します。鞄は先に馬車に積んでおきますので」

 二人のメイドが退室して、セシルは緊張気味に、

「そこ、座って」

 要望通り椅子に腰掛けた鳴河の背に回って、まずばらけた髪をまとめようとした、のだが、

「あ、あれ?」

「うー……」

「んしょ、……あっ!」

 普段からシャーリーに世話されていて、自分の髪すら上手く纏められない彼女がすんなりこなせるわけもなく、髪結いは難航を極めた。そのせいで涙目になるセシルだったが、

「セシル嬢」

「あっ、ま、待って。もうちょっとで」

「そう()くこともない。焦らずやってくれ」

「……うんっ!」

 鳴河の言葉に落ち着きを取り戻し再開した。


「では行って参る」

「い、行ってらっしゃい」

 刀を提げて部屋を出た鳴河を見送るセシル、その後ろの柱の陰から、

「お嬢様ぁ~……」

「あの子ったらいつの間に」

 こないだまで他人とろくに話せもしなかった人見知りの成長ぶりに、エマ達とたまたま通りかかったマリサが感心と驚愕を綯い交ぜに漏らした。


「待たせたな」

「準備できた? んじゃ、って」

 馬車近くで突っ立っていたエドが振り返り、わずかな間だが思わず絶句した。

 いつもキッチリまとめられている髪はひどい乱れようで、結んだリボンも童女用、しかも結び方も滅茶苦茶だった。

「何その髪型?」

 エドが馬鹿にするように訊ねるのももっともだったが、鳴河は毅然として答える。

「『ふぁっしょん』だ」


 出発時の快晴から一転、曇りだした空の下を馬車は道なりに進む。その移動中、

「日ノ本ってさ、どんなお酒飲むの?」

 会話がないことに耐えられなかったエドが唐突に訊ねた。

「米から作った酒がほとんどだ。南蛮貿易で麦酒や利休酒なども入ってきたが」

「バクシュ? リキュウシュ?」

「……ビールやエール、リキュール、だったか、こっちでは。葡萄酒も手に入るが、飲んだことがあるのは少数だろうな」

「なるほどねえ。ちなみにうちが最近力を入れてるのはラム酒なんだけど」

「砂糖から作る酒、だったな」

「砂糖っていうか、その原料の搾り汁だね。安く作れるから船乗りなんかもよく船に積んでるし、庶民の手も届きやすい。ウチの主力商品の一つ」

「そのための農園を所有しているわけか」

「無人の孤島に人を住まわせて農園及び醸造所として機能させてる。なんせ酒はどんな時代でも間違いなく売れるからねぇ。めでたい時にはそれを祝うために飲みたくなるし、気分が沈んだ時はそれを晴らそうと呑まれたくなる。文明を異としているはずの国々で、同じように作られてきた理由じゃないかな?」

「そうかもしれんな。まあ俺はあまり飲まないからよくは分からんが」

 そう会話を打ち切ってしまった鳴河にエドは渋い顔を向け、

「もうちょっと会話を楽しもうとかぶっ!」

 ぶつくさ文句を言おうとして、突然馬車が跳ねて思いきり舌を噛んだ。

『申し訳ありませんご当主! 避けようとしたのですが窪みが』

「ひや、らいひょうふらいひょうふ」

 涙目で返すエドに、鳴河は窓の外を見ながら、

「道が悪くなったな」

「町外れはこんなものだよ。貴族も王様も、自分達が歩かない道のことなんて気にかけないもんさ」

「なるほどな」


 鳴河が納得の頷きを見せた頃、一人の少年が二人の乗った馬車を思いつめた目で見つめていた。被っていた帽子をきつく目深にして、怯える手を強く握り、


「へぶっ!」

 次の瞬間には道へと飛び出していた。慌てた御者が手綱を引いて馬車は急停止。慣性によってエドは反対側の座席に倒れ込んだ。

「……今度はナニ?」

 エドの恨めしそうな問いに答えるように、

「お願い開けて!」

 懇願の声が聞こえ、扉が激しく叩かれる音が続いた。訝った二人は顔を見合わせ、念のためエドを下げて鳴河がノブに手をかけた。

 そこにいたのは十歳ほどの少年だった。服も帽子もその下の金髪も薄汚れ、決して裕福ではない生活環境を物語っている。

「よかった! お願いです貴族様! 母さんを、母さんを助けて下さい!」

「何事か?」

「病気なんです! そこの裏で倒れて、お医者さんの所まで連れて行って下さい!」

 必死な訴えだが、それなりに多い通行人の誰一人、少年に手を貸そうとはしなかった。気にも留めていない者も多い。

「だそうだが?」

 確認のため鳴河がエドへと振り返った、そのわずかな隙に、少年は立てかけてあった刀に目を向け、子供とは思えぬほど素早く手を伸ばした。

「っ!」

 反応が遅れた鳴河とエドの前から、少年は刀を抱えて逃げ去った。慌てた鳴河が馬車から飛び降り、

「ちょ、ちょっと!」

 自分はどうしたものかとエドが焦った。


 少年は狭い路地を駆け抜けていく。子供相手とはいえ狭路に苦戦する鳴河は追いつくまで時間がかかり、

「…………」

 ようやく追い詰めたその場所には病に倒れた母親ではなく、ガラの悪い数人の悪漢が待ち構えていた。背後に回り込んだ二人を含め全員が当然のように武装していて、リーダー格らしい男が脇に逃げ込んできた少年の頭を軽く叩いた。

「よくやったぞ小僧。後は俺達の仕事だ」

「そういうことか」

 状況を納得した鳴河がそのリーダーに向かって、

「標的のエドを確実に討つため、その護衛である俺から、というわけか」

「その通りだ東洋人。他所じゃ大暴れしたらしいが、得物もなしじゃ」

「舐められたものだ」

 リーダの言葉を遮った鳴河がそっと眼帯を外す。

「あ?」

西洋(こっち)ではどうか知らんが、日ノ本で剣術と言えば組手や徒手空拳の類も修練の内だ。丸腰だからと、斧や薪割りを振り回して粋がる雑魚数人でどうにかできるとでも思ったか?」

「……てめぇ!」

 心底呆れた様子の物言いに、見事挑発に引っかかった一人が鳴河へと斬りかかる。手元の鉈を思いきり振りかぶり、思惑通り動いてくれたその男の鳩尾に、鳴河は拳をめり込ませた。

「がっ」

 息が詰まり一瞬動きを止めた男の手から鉈が奪われ、すぐさま水平に振られた。男の苦しそうな顔が宙に舞い、

(……鈍い刃だ)

 鳴河は心の中だけで舌打ちした。飛んだ首が落ちるより早く死体を悪漢に向けて蹴り飛ばし、別の男へと鉈を投げつけ顔面を割った。男の手にあった大振りなダガーを奪い、目つきに気圧された一人の腹へと体当たりするように突き立て、そのまま真横に引いて内臓をズタズタに裂いてやった。

「このやろっ!」

 威勢よくサーベルを振り上げた男に向かって鳴河は左腕を差し込むように伸ばし、得物を持った腕を遮った。ほとんど同時に逆手に握ったダガーを脇腹へ突き立てる。相手が呻いている間に引き抜き、今度は喉笛に向かって振り切った。深く抉られた首から噴き出す鮮血を浴びる間もなく別の獲物へと駆け寄り、振り下ろされた斧を掻い潜って懐へ飛び込み、勢いそのままに心臓を斜め下から突き上げる。よりがたいのいい体が浮くほどの衝撃で心臓を潰され、男はあっという間に絶命した。

「な、あ……」

 この時点で悪漢は残り二人になっていた。ともに尻込みしていたが、やがてリーダーがもう一人を突き飛ばして無理矢理戦わせようとして、足元の覚束ぬうちに投げられたダガーを胸に受けた。この時だけ、鳴河は再び丸腰となる。

 ここぞとばかりにリーダーが奮い立ち、突進しながら長剣を斜めに振り上げてきた。その柄へと鳴河の左手が伸び動きを止め、右手の指の関節で喉を突いた。呻いた男の首に右腕を回しながら背後を取り、ブーツの爪先で膝の裏を蹴る。崩れた体が落ちるのとタイミングを合わせて首を捻り上げて頸椎を折った。

「ひ、ひぃ……」

 悪漢達が一方的に斃されていく様に怯えていた少年が、手を離され呆けた顔で地に伏したリーダーの姿に、『次はお前だ』と言わんばかりの形相で踏み出された鳴河の一歩に、刀を抱えたままたまらず逃げだした。だが、


 ガッ!


「ひっ!」

 すぐ目の前に飛んできて勢いそのまま壁に突き刺さった長剣に進路を遮られ、慌てて足を止めた少年はそのまま尻餅をついた。怯えている間に鳴河はすぐ目の前までやってきて、無言のまま右手の平が突き出された。『渡せ』ということだ。

「あ、は、はい……」

 鈴をつけたらよく鳴りそうな両手で大振りな同田貫が差し出され、捧げるようだったそれを鳴河は掴んだ。すぐに左手に持ち替え、

「あ、あの……、もう、行って」

 『いいですか』と最後まで言わせずに、右の拳を少年の頬へと叩き込んだ。身長の三倍は吹っ飛んだ少年が地面に転がり、元から汚かった衣服を土埃でさらに汚してボロ雑巾のようになりながら止まった。数度咳き込み、血の混じった唾液とともに折れた歯が吐き出される。

「うわぁ」

 心底ドン引きした声が鳴河の耳に届いた。振り返ると、エドが足元の死体を嫌そうに避けながらやってくるところだった。

「そっちは無事だったか」

「警戒はしてたけど客はなかったよ。そこそこ人もいたしね」

「だからこその誘い込みか。やはり狙いは俺だったようだな」

「みたいだねぇ。標的の前にその護衛から片づける。こういうの、東洋の諺でなかったっけ?」

「『将を射んと欲すればまず馬を射よ』」

「ああそれそれ。今度の連中は段取りを踏んだわけだ」

「念のため聞くが、心当たりは?」

「ありすぎて分かんない」

 『だろうな』と呆れる鳴河に、

「にしても、」

 血溜まりを跨いだエドが数十秒で出来上がった惨状を見渡し、最後に少年を捉えて、

「子供相手でも容赦ないなぁ、キミ」

「殺生沙汰に関わっておいて老若(ろうにゃく)の別などあるものか」

「そりゃそうだろうけどさ」

 エドが呑気に話している間に少年は両手をついて立ち上がろうとして、懐から三枚の銀貨がこぼれ落ちてきた。微かな音に敏感に反応した少年が慌てて拾い集めるのを見て、

「それが見返りかい? そんな端金(はしたがね)で悪党の使い走りなんてしちゃダメだよ、ボウヤ」

「うるさいっ!」

 目の前で膝を折りながら冗談交じりに言ったエドへと少年が甲高く吠え、銀貨を握った拳が振られた。それに殴られないよう身を引いたエドが、

「あら」

 腕を振る勢いで落ちた帽子、そこに押し込まれていた背中まである金髪が下りる様に目を丸くした。

「お嬢ちゃんでしたか」

「……言っておくが、男女(なんにょ)の別もないぞ」

ジト目を送られた鳴河が表情を変えずに付け加え、エドが視線を少年もとい少女へと戻した。

「まあどっちにしても、そんな小銭で」

「黙れっ!」

 再び吠えた少女が、涙交じりの目でエドを睨みつける。

「お前らに何が分かるってんだ! お前ら貴族に、あたしらの何が分かる! そうだよ小銭だよ! お前らから見たら端金だよ! けどそんな端金だって、あたしらは命かけなきゃ稼げないんだよ!」

 特に反応せずにいるエドと鳴河に、立ち上がった少女は思いの丈をぶちまける。

「毎日毎日綺麗な服を着て、あったかい飯と美味い酒かっ喰らって、真冬でも暖炉の火で凍えることなく雲みたいなベッドで寝られるお前ら貴族なんかに、あたしらの生活が分かってたまるか! 命がけでなきゃ稼げないんだ! 命かけなきゃ生きてけないんだよ!」

「〝命がけ〟ねぇ。ずいぶんとまああっさり言ってくれる」

 ぼやくように言いながら、エドは懐を探った。ややもったいぶって手を引き抜き、

「それじゃあ、これも仕方ないかな?」

 握ったそれを、燧発(フリントロック)式の拳銃を少女へと向けた。滑空銃身で命中精度は極悪だが、

「……っ!」

 額にピタリと当てれば外すこともないだろう。ひんやりした鉄の感触に少女の顔が引きつった。

「キミは僕の〝お馬さん〟の殺害に加担した。それは僕を殺すための計画であり、つまりは僕を殺そうとした。それを命がけというのなら、これも覚悟の上ってことで」

「や、やめ……」

 怯えきった少女の懇願はあっさり無視され、

 

 カチン。


「やぁあああ!」

 引き金は引かれ、撃鉄の燧石がいい音を立てた。……それと再び倒れ込んだ少女の悲鳴だけが聞こえた。

「……アレ?」

 弾が出ないどころか破裂音さえしない銃にエドが不思議がり、後ろの鳴河が、

「意図的じゃなかったのか?」

「おっかしいな。今朝ちゃんと弾込めを」

 首を傾げるエドがそっと銃口を覗き込み、


 すどんっ!


「ぽひゃ!」

「ひっ! ひぃぃぃぃぃ!」

 遅れて鳴り響いた轟音にエドが叫び、その数倍は怯えた少女が涙を散らしながら一目散に逃げだした。

 一方エドは白煙の中でけほけほ咽ながら、

「……湿気ってたみたい」

「お前……、刀ばかりの俺でも分かる愚挙だぞ。そんなので死んだら遺族も泣くに泣けん」

「参列者軒並み半笑いだろうね。絶対ヤダそんな葬式」

 後ろ手をついていたエドが鳴河の手に掴まり立ち上がって、

「あの子は?」

「逃げた」

 平然と殴りつけておきながら、どこか複雑そうな目で逃げた先を見る鳴河が、

「セシル嬢と変わらぬ年頃だったな」

「ところ変われば、だよ。ひょっとしてキミ、貴族も平民も、って平等主義だったりする?」

「生まれが違えば生き方も死に方も違う。それくらいは弁えている」

 返ってきた答えにエドは口元をやや邪悪に歪め、

「その通りだよ。さ、早く行こう。降り出しそうだ」

 ますます厚くなる雲に、二人は馬車へと戻った。



「はぁっ、はぁ……」

 所々崩れた廃屋の間を全力で駆け抜けた少女が息を切らし、適当な石壁に背中を預けた。

「ひぃ、っく……」

いずれ訪れるかもと予見しながらも、自分にだけは来ないだろうと高を括っていた恐怖の瞬間がぶり返し、止め処なく溢れる涙を何度も拭った。右手を開くと、銀貨三枚は確かにそこにある。

「……くっ!」

 最後の涙を拭い、少女は立ち上がった。何処かへと立ち去ろうとしたその小さな体が、

「?」

 すっぽりと影に入った。元々薄暗かったが、さらに濃い影の中にいる。

「……!」

 不安げに上げた視線の先で、曇天を背負った男が笑っていた。真っ黒な影の中で目だけがギラギラと光り、白い歯が歪んだ笑みを見せていた。手には斧が、刃が毀れ血の跡のある手斧が握られている。

「……あ、あぁ……」

 先刻味わったものとは種類の違う恐怖に少女は動けなくなる。そんな少女を見下ろしながら、

「たまには雛鳥を喰ってみるか」

男はにやけた声とともに手を伸ばした。



「ここは?」

 小規模だが盛況な街中に建つ、他と比べれば立派な建物を前に鳴河が聞いた。いつかの報告書にも描かれていた花を模った黄色いステンドグラスが正面を飾っている。ディモル・フォセカという花で、エドが経営する商社の名とシンボルマークだった。

「ウチの支所だよ。管理は他人(ひと)に任せてる」

「ここが目的地か?」

「いいや待ち合わせ場所。むこうはまだかな。その辺適当にぶらついててよ。そのうち来るだろうから。僕は館長と話してくる」

 商館へと入っていくエドを見送って、鳴河は街並みを見渡した。先ほど通り過ぎたスラム街以上に人通りは多く、視界は通行人や行商、客引きでごった返している。人にぶつからずに歩くのが困難なほどで、

「!」

 実際に、人混みに面倒臭そうな顔をした鳴河が商館の中庭に向かおうと踵を返したその時、道行く一人と肩をぶつけてしまった。

 赤毛の髪をした長身且つがっちりとした男で、八の字の口髭も濃い顎鬚も整えられ、精悍な顔立ちの中の瞳は力強い光を湛えている。歳は三十を過ぎたくらいで、

「失礼」

 短く謝罪したその態度は、見た目から受ける印象通り紳士的だった。

「…………」

 無言で会釈を返した鳴河の前から男は遠ざかり、すぐに雑踏の中へと紛れていったが、

(あの男……)

 鳴河はその男の纏う空気が気にかかっていた。かつていた国で何度となく出会った、憧れ、焦がれていた武士(もののふ)戦人(いくさびと)の漂わせる空気。戦いで血を流した者だけが纏える覇気とも呼べる気配。

「ナ~ル~ガ~!」

 そんなものなどあっさり吹き飛ばす間の抜けた声が鳴河を呼ぶ。

「なんか嵐で船が遅れたらしくてね。直接港に行くことになったよ。今日はここに泊まりで、明日また移動だ」

「……そうか」

「どうしたの?」

 どこか上の空の返事にエドが聞いて、

「いや、なんでもない」



 鳴河とぶつかった男が人混みの中を進み、町外れの一軒家へと入っていく。開いたドアから現れた顔に、中にいた男達は歓喜とともに彼を迎えた。

「ガイ! 来れたのか」

「ああ。状況はどうだ?」

「遅れはあったがもうすぐ到着だそうだ。ルートも絞ってある」

「本当にやるのか? 相手は海軍貴族だぞ? そもそもその輸送だって」

「やるしかない。予定の量は集められなかったんだ」

「輸送についても調べはついてる。その貴族の身内に熱心な兵器研究家がいるらしい。それで大量の火薬を屋敷へと運ぶんだそうだ。私事故軍の護衛もない」

「しかし」

「やらねばならない」

 ガイと呼ばれた男の静かな発言に、他の男達が口をつぐむ。

「今確保してある量では足りん。すべてはカトリックのために」

「……ああ。やろう」

 決意に満ちた男達の顔を、ガイはしっかりと見渡した。



 翌日、馬車に揺られること数時間、エドと鳴河は港へと辿り着いた。大型の船舶が接岸した港では大量の貨物が人足達によって下ろされ運ばれていく。

「キミは支所に戻ってて。明後日の朝に迎えに来てね」

「分かりました」

「それまではお土産でも買ってるといいよ」

 そう言って金貨を一枚渡し、驚くよりも慄いていた御者を帰した後、

「んじゃ行こっか」

 エドの先導で港を歩いた。目につく人足の中には黒い肌をした大柄な男が多く、

「黒人を見るのは初めてかい?」

「平戸の商館で見たことはある。奴らも奴隷か?」

「大半はそうじゃないかな? ああでも勘違いしないでよ? 奴隷って言ってもほとんどが公正な取引でやってきてるし、生活の質もそれなりに保障されている。まあ中には非道い扱いを受けてるのもいるかもしれないけど、少なくとも僕の責任ではない。ウチの農園は〝善良(ホワイト)〟だよ」

 話を聞きながら後に続いていた鳴河の視線が、不意に一人の人足のものと重なった。他より体格のいい黒人で、睨むような鋭い目で鳴河を、そしてエドを見ていた。顔や腕にいくつか傷跡が目立っていた。

「おっ、いたいた」

 進む先に探していた人物を捉えたエドが軽く手を挙げる。むこうも同じように手を振り、

「おう。遅れて悪かったな!」

 港中に響くような大声を上げた。

 そこにいたのは真っ赤な、それこそ炎や鮮血を思わせる深紅の髪をした大男だった。軍服を大胆に着崩し、背には中世の合戦で使われるような巨剣を背負っている。粗野な風貌と顔の両脇の三つ編みが海賊のような雰囲気を醸し出し、蓄えた立派な顎鬚が実際より年を食った印象を与えるが、

「やあドラコ。嵐に遭ったんだって? 大丈夫だったかい?」

 実年齢はエドと同じであり、ドラコと呼ばれたが本名はエイブラハム・ハーカーという、れっきとした海軍指揮官の貴族である。

「この俺が嵐如きで参るわけないだろうが」

 見た目通り豪快にガハハと笑うドラコだが、エドは『違う違う』と否定し、

「キミじゃなくてウチの積荷の話」

「おうとも。荷も船も無事よ」

「それは何より」

「そっちも久しいな。最初に会った時以来か」

「そうだな」

「相変わらず口数の少ない。まあいい。荷の確認を急ぐぞ。大量なんだ夜になっちまう」

「そうしよう」

 一行は接岸していた大型の、大砲を載せれば戦列艦として通用するサイズの商船へと移動し、そこから下ろされる貨物の数と目録上の数字とをエドが照らし合わせていった。

 商船の隣にはさらに大型の戦列艦が停泊していた。胴体に抽象的に龍が描かれた、無数の砲が並んだ軍船。そこからもいくらか荷が下ろされ、数台の荷馬車へと樽が積まれていった。

 馬車のそばには二人の人間がいた。エド達と同年代の男女一人ずつで、

「予定通りの人数を揃えてあります。出発は夕刻前に」

 男の方は眼鏡をかけていて、線が細くなよなよした印象のイングランド人だった。

「手配ご苦労様」

 女の方はドラコと同じ色の長い髪を背中に垂らした、その場にまるでそぐわない派手なドレス姿をしていた。労をねぎらったその唇は相手を惹きつけるように、或いは挑発するように妖艶に湿っている。

「くれぐれもよろしくね」

「分かっております」

 念押しするように言葉を交わし、男はどこか別の場所へ、女の方は鳴河を見つけて歩み寄ってきた。

「お久し振りね、お侍さん」

 ねっとりとした蠱惑的な声色の女に、鳴河は『ああ』と短く返した。素っ気ない返事だが、女はそれでますます気に入ったように口角を上げる。

「アリィ。そっちは済んだか?」

 鳴河の背後からまた豪快な声が響き、

「ええお兄様」

「あれ? アリィも来てたの?」

「新型の焼夷散弾の試験をしにね」

「あー、なるほど」

 ドラコを兄と呼び、本人はアリィと呼ばれた女、アルテミシアの邪悪な笑みに、エドは納得して頷いた。

「〝仕込み〟は?」

「上々よ」

「けっこうけっこう」

 含みだらけの会話だったが、鳴河は特に疑問を口にすることもなく、

「まだかかりそうか?」

「今また下ろし始めたとこ。まだ半分も済んでないよ。なにせ量が量だからね」

「あれ全部がすぐさまカネに化けるわけか」

 大仰に言ったドラコへと、エドが否定を口にする。

「いいや。高く売るためにもうひと手間かける。キミにも手伝ってもらうよ、ナルガ」

「かまわんが、醸造や熟成に関しては役に立てんぞ」

「ハハハ。ナイフに編み物をやらせはしないよ。大丈夫、キミの得意分野だって」

「酒の〝ひと手間〟に剣を使うか。商人の考えはよう分からんわい」

「それより早く終わらせて下さいな。こんな所で立ち話もないでしょう?」

「そうだね。正直昨日から移動続きで早く休みたいよ。ねぇナルガ」

「山野を徒歩で旅していたんだ。大したことはない」

「タフだねぇ。まあもう少しかかるから待っててよ」

 エドとドラコが確認作業に戻り、

「港を案内でもしましょうか? お侍さん」

「俺はあいつの用心棒だ。離れるわけにはいかん」

 アリィの申し出を、鳴河はあっさりと拒否した。『あら残念』と肩をすくめるアリィの横で、エド達やその背後の風景を、重たい荷物を運ぶ人足や彼らに指示を出す白人達を注意深く観察し続けた。なんてことのない景色だが、鳴河が警戒を緩めることはなかった。


 日が傾きだした頃、ようやく仕事を終えた一行は馬車へと乗り込んだ。まずエドが乗り次が鳴河、その手を借りてアリィが入り、最後にドラコがステップに足をかけた時には車体が確かに傾いた。背中の剣は大きすぎて御者台に寝かせた。

「嵐のわりには損害がなかったね。いいことだけど」

 よほど無言でいるのが嫌なのだろう。動きだした馬車の中でエドが早速話題を出した。

「嵐っつってもただの強風だ。実際には陛下から命令された海賊退治で遅れたんだ」

「お兄様ったら、間違えて別の海賊団を潰してしまったのよ。おかげで二度手間を食う羽目に」

 クスクス笑うアリィが鳴河を向いて、

「それにしてももうだいぶ経つのね。この四人で出会ってから、もう何ヶ月かしら」

「お互い忙しい身だからね」

「お前が東洋人を連れて港に降りたのを見た時は驚いたぞ」

「驚いたのはこっちだよ。いきなりあんなことを」

「そういやお前らの馴れ初めを聞いていなかったな」

「あれ、だっけ?」

「東方で出会ったくらいのことしか聞いてないわ。あの後すぐにまた航海に出ましたもの」

「どうせ黙ってはいられんだろ。聞かせろ」

 ドラコが言って、お喋り好きのエドは実に嬉しそうに語りだした。



 鳴河が欧州へと渡る数ヶ月前、エドは亜細亜のとある港で、

「どーしよこれ」

 そこに浮かぶ船の一室で、頭を抱えていた。

 明国の港に補給と休息のために寄り、明日には日ノ本の平戸へ向かうという段になって、その前夜に、海賊に襲われたのだった。船員のほとんどは港近くの宿で休ませ、たまたま積み荷の確認に来てみればタイミング悪く略奪に遭ったというわけである。

「ホントどうしよう? そこら中で蛮族っぽい雄叫びが聞こえるし、亜細亜怖い! っていうかココ臭い! よりにもよって便所(ヘッド)に隠れちゃったよ」

『ぐあっ!』

「ほひっ!」

 扉のすぐむこうで聞こえた断末魔と誰かが倒れる音に、飛び上がらん勢いで身震いしたエド。その声に反応して、何者かがノブに手をかけ、勢いよく扉を開いた。

「!」「!」

 互いを見遣った二人の男がそれぞれ驚きを顔に出す。エドは相手の暗い蒼の瞳に、相手はエドの白い肌に。

「……えーっと、入ってま~す」

 小さく挙手したエドが冗談めかして言ったがそのユーモアは伝わらなかったらしく、相手は部屋の中へと入ってきて、

「待ってまってマッテ! 命ばかりはお助けを」

「オレ、ハ、カイゾク、チガウ」

「あれ? キミ、こっちの言葉が分かるの?」

「タビ、ノ、トチュウ、カピタン、ヤ、ミウラ・アンジン、ニ、ナラッタ」

「聞き取りづらいけど話せはするのか。ひょっとしてキミ日ノ本の人間? だとしたらごめん。亜細亜人の見分けなんてつかなくて。っていうか誰? ミウラ・アンジンって」

「元の名前、『ういりあむ・あだむす』、と、言っていた」

「ウィリアム・アダムスっ? あの人生きてたのっ?」

 エドが思わず驚きの声を出して、

『聞こえたか?』

『ああ、その辺りだ』

 外にいた海賊達に気づかれてしまった。日ノ本人の呆れ気味の視線がエドへと向いて、

「……ごめん、つい」

「連中、片づけてくる。呼ぶまで、ここに、いろ」

「りょーかい。あっ、キミ名前は?」

 立ち上がりかけた男が呼び止めたエドを一瞥して、

鳴河(ナルガ)

 そう名乗った後外に出た。すぐに海賊達に見つかり戦いが始まった。

「…………」

 『出るな』と言われたものの、外の様子が気になったエドがほんの少しだけ扉を開き、

「うげ……」

 そしてすぐそこに転がっていた、切り込みを入れられた死体に光の速さで後悔した。そこへさらに腹を裂かれた別の死体が倒れてきて、斬り落とされた青竜刀を握ったままの腕や極めつけとばかりに刎ねられた首まで降ってきて、

「おぷっ……!」


「おい、もういいぞ」

 十分もかからずに鳴河が戻ってきた時には、

「おろろろろろろろろ……!」

 便器(といってもただの穴だが)に顔を突っ込んでいた。


「助かったよナルガ。おかげで荷も僕も無事だ」

「助けたわけじゃない。こいつにかかった賞金が目当てだ」

 散々吐き尽くした後座って礼を言ったエドに、鳴河は甲板に置いた布包みを指して言った。月明かりも朧げだが、赤い何かが染み出しているのが確認できる。その上大きさは人の頭と同じくらいときたものだ。エドの胸元にまた不快感が上がってくる。

「ところでなんで日ノ本の人間がここに?」

「旅の途中だ。ひとまずは欧州を目指している」

「なんでまた?」

「按針に聞いた。欧州では未だ戦乱が続いていると」

「? 話が見えないんだけど?」

「俺は剣の道を学んだ。何人もの師匠から、いくつもの流派を教えられ、時には強引な方法で取り入れて、自分なりの、ひとまずの完成をみた」

「うんうん」

「だがその頃には、あの国は太平の時代へと入っていた」

「え?」

「磨いた技を披露できる合戦が、もう起こらないということだ。関ケ原で趨勢は決し、天下(てんが)に名が轟くような大戦(おおいくさ)は、しばらくあるまい。あったとしても待ってはおれん」

「それで、戦乱を求めて旅に出たと?」

「そうだ。……俺にできる、たった一つの(はなむけ)のために」

 常人には理解できないような話をしている時でも真顔である鳴河に、エドは得体の知れない生き物を相手しているような顔をした。

「お前は?」

「ああ、僕はエドワード・ヘイゼルウッド。これでも爵位持ちの貴族なんだけど、エドでいいよ。その方が呼びやすいだろう」

「ならエド、お前は何故こんな所に?」

「まだ開拓しきれていない極東での貿易ルートを手に入れようと思ってね。けど思ったより大変だった。船員もだいぶ死んじゃったし」

「貴族がわざわざ出向いたのか」

「まあね。大事だし人任せにできなかった。家族や友達からは大反対されたけど」

「成果は?」

「まだこれからさ。明日には日ノ本に出航して、その後は現地の有力者と話し合いかな」

「そうか。俺はもう行くぞ」

 鳴河が立ち上がり、落とした首を手に船を降りようとして、

「ナルガ!」

 その背中に、エドはどこか興奮気味に名を呼んだ。


 翌朝、いやそうな顔をした船員達が死体や臓物を片づけ血潮を洗い流し終えて出発した船の上で、エドは潮風に髪をなびかせていた。ふと振り返った、まだかすかに見える大陸の輪郭を見つめ、

「これも導き、かな」

 昨夜交わした言葉を思い出していた。


「キミ、腕は立つんだろう?」

「見ての通りだ」

 周辺に散らばる死体の群れに、納得したエドが言う。

「こっちの用事が済んだら、一緒に来ないか?」

「?」

「帰りにまたこの港に寄る。その時一緒にイングランドへ行かないか? 安全の保証はないけど間違いなく欧州行きだ。大陸を踏破するよりも貿易船に密航するよりも確実だ」

「…………」

「キミの言う通り欧州は未だ戦乱の、その火種の巷だ。アルマダ海戦以降も情勢不安は絶えていない。宗教派閥の対立も目立つし、さらには貧困の拡大で一触即発だ。そう遠からず、キミの望むような戦が起こる。英国に着いたらそこからは好きにしていい。だけど、」

「だけど?」

 エドはひと際その口元を、邪悪にも見えるほどに歪めて、

「僕の所に来れば、下手な戦より多くの敵を用意してあげられるよ。それは保証できる。自慢じゃないが僕は敵が多いんだ。腕の立つ護衛は是非とも欲しかった」

「用心棒になれ、ということか」

「ヨウジ……? よく分かんないけど、どうだい?」

 すぐには答えず、鳴河は左手で腰の刀に触れた。

「俺は、」

「?」

「俺の剣は、所詮二流だ。それ以上には決してなれない。なれるはずのない剣だ。それでもよければ、考えておく」

「ならこの港で待っててくれ。商談を終えたら必ず寄る。そしたら一緒に」

「その前にもう一つ、これだけは聞いておきたい」

「ん? なんだい?」

「按針や平戸の南蛮商館の館長(かぴたん)に聞いた話だが、」

 深刻そうに前置きして、鳴河は訊ねた。

「欧州では王族でも数ヶ月に一度しか風呂に入らず、家で出た糞小便を窓から往来に投げ捨てるというのは、(まこと)か?」


 そうして分かれた後、エドの心から鳴河の姿が消えることはなかった。本来の目的すら霞んでしまうほどに、冷たい眼光に惹かれていた。

 それ故に、その〝商談〟の帰り、近づいてくる港にエドは胸の内が高鳴るのを抑えきれなかった。そして埠頭に長い黒髪を高い位置で結んだ人影を見つけた時には、子供のようにはしゃいで大きく手を振った。



「まあそんな感じかな」

 長い話を息継ぎもせずに話し終えたエドがワインを一口飲んだ。結局移動中だけでは終わらず、ハーカー家の別邸である館に着いてからも話しっぱなしだった。

「五十人からの海賊を一人で、文字通り皆殺しにしたんだ。腕は疑いようもないな」

「それで、結局取引の話はどうなったの?」

「てんで相手にされなかったよ。将軍どころか土地の大名にすら取り次いでもらえなかった。けど足がかりになりそうな人がいたから、何年後かには実現するかな? 交易」

「そりゃあいきなり行っても無駄だろうよ」

「東インド会社(E・I・C)も通さずに単独だものね。ホント、昔から変な所で度胸を示す」

「まっ、帰りにネーデルラント、日ノ本で言うところのオランダの商人のフリして色々売り買いしてきたけどね。漆器や陶磁器とか日本刀とか。ああ! あと蒔絵! あれは見事な品だったね。他にも木目を生かした金箔張りの器とか、ビョウブ、っていうの? あの衝立も。とにかく大量に買い込んで売りさばいたよ。いやぁ見たこともない品ばっかりだったから苦労したけど、みんないい値で売れたよ。命がけの航海をした甲斐はあった」

「俺達の航海が終わるのを待ってからなら護衛してやれたものを。無茶をする」

「無茶と言えばドラコだって」



「紹介するよナルガ。こちらドラコ。本名はエイブラハムっていうんだけど、かの名将フランシス・ドレイクに憧れててね。そう名乗ってる。隣は妹のアルテミシア」

 本国の港に着いた後、エドは待ち構えていた二人を紹介した。鳴河は不思議そうに、

「商人が海兵と繋がるか?」

「遠洋航海は危険がいっぱいでね。海賊その他から護ってもらうのさ。その代わりこっちも利益の一部を対価としたり、資金繰りに困れば貸し付けも行う。持ちつ持たれつだね」

「エドよ、誰だそいつ」

疑問を口に出され、エドは今度は二人に、

「東国で会った侍、日ノ本の戦士だよ」

「ほぅ、東方の戦士、か」

 思わせぶりに口元を歪め、ドラコは見慣れぬ東洋人の前へ出た。その目つきと、腰に差した得物に注目して、

「……っ!」

「えっ?」

 突然口元を歪め、背中の巨剣に手をかけた。それを眼前の優男に叩き込もうとして、

「!」

 まだ持ち上げすら完了していない段階で、片刃の切っ先を喉元に宛がわれた。同時に刃に劣らぬ鋭い眼差しが驚愕のドラコを刺す。

「返り討ちね」

「カッコ悪」

 妹と友人に笑われていたが、ドラコはまるで意に介さず、

「……は、ハハハッ! やるじゃないかサムライ!」

 大声を誇るような豪傑笑いを浮かべていた。



「そういやそんなこともあったな」

「お兄様が負けるところなんて初めてでしたわ」

「相性の問題だ。『ツー・ハンデット』だったか。通常両手で構える巨剣を片手で扱う剛力には目を見張るが、あの重量を動かすにはどうやったって初手が遅れる」

「その隙を突かれたんだったな。実に見事な手際だった」

「その見事な手際で、首を落とされていたかもしれませんのよ、お兄様」

 『そうなっていたら面白いな』とさえ思わせる口振りを気にも留めずに、ドラコは笑う。

「それだけこいつが甘かったということさ妹よ」

「微塵の殺気も見せずによく言う」

 談笑している間に食事の準備が整い、食後、それぞれ移動と航海で疲れた一行は早いうちに就寝した。一人を除いて、であったが。


 夜も更けた頃、屋敷の廊下を足音を忍ばせ歩く者がいた。手燭の灯りを頼りに目当ての部屋を探り当て、ノックもなしにドアを開けて、

「!」

 入り口のすぐ脇に立っていた鳴河に驚いて身を引いた。

「貴公か」

 柔らかい灯りに照らされた赤髪に、鳴河は溜め息のような声を出した。寝間着、にしても布面積の少ない服装のアリィに、

「そんな寒々しい格好で何用か?」

「見ての通り、夜這い」

 下着(しかも下だけ)の上から肌の色が透けるほどの薄絹を纏っただけのアリィがあっさりと口にした。揺らめく火を傍にしたその笑みはより艶を増して見える。

「そう言う貴方は? 丸腰、というかほとんど丸裸の女を待ち構えるのに剣を差しているなんて、意外と気が小さいのね」

 腰の刀を見て挑発するアリィに、鳴河は正真正銘の嘆息を吐いて、

「あまりに禍々しかったのでよもやと思ったが、やはり違ったか」

「何がかしら?」

 鳴河は声には出さずに窓の方を視線で示した。小首を傾げるアリィが窓辺へと向かって、

「あら」

 そこから見えた松明の灯りに声を漏らした。

「こんな時間に誰かしら?」

「念のため聞くが、来客に心当たりは?」

「ないわね」

「襲撃者では?」

「そっちはありすぎて困るくらいに」

「……どこかで聞いたような台詞だ」

 どちらの問いにも即答したアリィに、鳴河は呆れた様子で返した。

「十人はいないな。あの樽は」

「たぶん油か火薬ね。屋敷ごと燃やすつもりかしら」

「恐らく初手からそれはあるまい」

「何故?」

「使い走りなら殺した証に首級(しるし)を持ち帰らねばならん。報酬が得られなくなるからな。すべてを灰にしては判別もできん」

「よく分かるのね」

「それができずに天下を握れなかった男を知っている」

「ふぅん。まあ私もローストされるなんてごめんだから、ひとまずお兄様に」

「おおいナルガ」

 アリィはドラコを呼びに行こうとしたが、その前に当人がエドを連れて部屋へと入ってきた。

「おっとアリィもいたか。ナルガ、気づいているか?」

「どちらの客かは知れぬが、入り込まれると面倒だ」

「火をかけられるのもかなわん。古屋敷はともかく使用人どももいるからな」

「ならば討って出る」

「おいおい一人だけ楽しませはせんぞ。俺も行く」

「ちょちょちょ、二人とも行っちゃったら僕らは誰に守ってもらうのさ!」

「情けなく喚くな。一挺貸してやる」

 懐から取り出したピストルをエドへと手渡し、握っていた剣を背負いながらドラコが、

「んじゃ行くかい? お侍さん」

「そうしよう」

「アリィを頼むぞエド。……いや逆か?」

 部屋を出た鳴河にドラコが続く。去り際ふと振り返って、

「あー、それとアリィ?」

「?」

「ちゃんとした服を着なさい」

「はぁい」


「灯りはないな」

「行きますか?」

「もう少し待て。使用人達も完全に寝静まってから」

「っ! あれを」

 生垣の陰に隠れていた一味が、玄関から堂々と現れた二人に目を見張った。闇討ちするつもりが完全に発覚し、正面から迎え撃たれる形になってしまっていた。

「……今さら引けるか! お前らやっちまえ!」

 自棄気味な号令を受け、襲撃者は鳴河達へと迫る。もっとも足の速かった二人が標的と接敵し、

「つぇえあああああ!」

 前に出たドラコが不敵に笑い、大剣を握り咆哮とともに振り下ろした。雄叫びに気圧され足を止めかけた男が、脇腹から腰の辺りまで斜めに両断され息絶えた。

「はっはー! どうだ? そんな細っこい剣じゃできねぇ芸当……」

 初対面でのことを根に持ってか得意気に言ったドラコだったが、視線の先の光景、安っぽい剣を振り上げた男が鳴河の居合いで真っ二つにされる様に唖然としてしまった。

鳴河は迫りくる敵をじっと待ち構えていた。右手は鯉口を切った刀の柄に触れるかどうかという所で固定され、相手が射程内に入った瞬間、神速で振り抜かれた。きれいに上下に分かたれた死体は、上半分が慣性によって鳴河の横を通り抜けていく。

「すまん。何か言ったか?」

「……いや、何でもない」

「そうか」

 実に微妙な顔のドラコから視線を外し、鳴河は倒れた男を見る。薄く雲のかかった月明かりで判別しづらいが、今し方斬った相手の肌は黒かった。視線を上げ残りを見遣ると、おおよそ全員が同じ肌をしている。

「ぬぅん!」

 次にかかってきた相手を、ドラコが初撃同様豪快に突き上げた。心臓と背骨を破壊された、決して小柄ではないがドラコと比べるとそう見えてしまう死体が夜空に掲げられ、隙を突いて横から来た男には、

「おっと!」

懐から取り出されたピストルで銃撃が見舞われた。胸のど真ん中に鉛玉を喰らった男が前のめりに倒れ、串刺しの死体は剛腕の一振りで親玉の元へ放られた。この親玉だけは肌の白い英国人だった。

「くぅ、お、おいっ!」

 手下達が次々と屠られ焦る親玉が隣にいた男をけしかける。ドラコと並べても遜色ないほどの大男で、その目にジロリと睨まれ、親玉の男がたじろいだ。

 大男は両手に手斧を持って、コロッセオの剣闘士のように勇ましく歩み出た。相対する位置へと鳴河が進み、しばし無言で向かい合う。

「港にいた奴か」

「貴族……」

 憎悪が言語の形で吐き出されたような声に、鳴河は微かな明かりの下でも目立つ体中の傷跡を見た。どれもこれも、決して浅からぬモノだ。

「ウオオオオオ!」

 その視線が気に入らなかったか、大男が唸り、振り上げた左腕の筋肉が膨れ上がる。手斧が放られ、正面から迫ってきたそれを鳴河は半身で躱した。大男もそれで仕留められるとは考えていなかったようで、投げると同時に突進。巨体に似つかわしくない俊足で、瞬く間に距離を詰めていく。

(その(きず)、おおよその動機は想像できる。情が湧かぬこともないが、)

 相手が後五歩まで迫った時、鳴河もまた踏み出した。一歩目で刀を構え直し、二歩目で大男が斧を振り上げるのを見て、三歩目でそれを伏せながら外し、

「斬れぬ理由には、ならん」

 左手を添えた刀の下から男を見据え、淀みを見せずに腕を振った。

「な、なんだと……?」

 首なしの巨体が倒れる様に、その腕っぷしを知っていた親玉が愕然としていた。そのうちすぐそばでどすっ、と重たい物が土の上に落ちる音がして、

「ひ、ひっ! ひいっ!」

 それが刎ねられた首だと分かって悲鳴を上げた。刀を持ったまま歩いてくる鳴河を見て、もう一段階大きな声が響く。

「ち、チクショウ!」

 男が抱えていた小樽と松明を放り投げ、どちらも躱した鳴河から遁走した。それを慌てて追うこともなく、鳴河は鞘を抜いて刀を振るうように投擲。回転しながら飛んだそれは一目散に逃げていた男の後頭部に命中し、昏倒させた。

「拾ってくる」

「あいよ」

 鳴河を見送り、ドラコは男が捨てていった松明を拾って屋敷の入口へと歩いた。剣を地面に突き立て壁にもたれかかり、

「ちょっとした地獄絵図ね」

「アリィ、お前……」

 屋敷の中から出てきた妹へと、ドラコが何か言いたげな顔を向ける。少し前に別れた時の格好からガウンを羽織っただけのアリィが、

「ちゃんと着ているでしょう」

「……まあいいわい。エドの奴は」

「ここだよ」

「うぉう!」

 すぐ横の、元は屋敷のどこかに飾ってあった甲冑のフェイスガードが上げられて、ドラコが面白いように驚きを見せた。

「何やってんだお前」

「安全かと思って。どう、ウチの用心棒は」

「技量と度胸と、何より躊躇いのなさがいい。ウチの(ふね)に欲しいな」

「あげないよ。僕のだからね。……アレ? 脱げない」

 戯けた会話をしている間に鳴河が戻ってきて、引きずってきた男を地べたに放り投げた。衝撃で目を覚ました男が三秒で状況を理解して、

「な、なな、どうするつもりだ」

「どうしよっかなー。どうするドラコ?」

「どうしたもんかねぇ、アルテミシア?」 

 問われたアリィは転がっていた樽を拾い上げ、指先で中身の感触を確かめた。

「質の悪い黒色火薬(かやく)。こんなので焼き殺されるなんてごめんね」

 しかめた顔で不満げに吐き捨て、アリィは男へと近づく。

「誰の手先かしら? 標的は、どっち?」

 にこやかだが逆に恐ろしい問いに、男はやや竦みながらも、

「く、口を割ると思ってるのか!」


 パン!


 がなり立てた男にアリィが手を叩いた。その表情はさっきよりも嬉しそうで、

「よかった。正直に答えられたらどうしようかと思っていたのよ」

 その場にかがんで、樽から掴み取った火薬を男の太腿にまぶした。蒼白になった男が口をパクパクさせている間にドラコから松明を受け取り、何の躊躇もなく点火した。

「ぎゃあああ!」

 鈍い爆発音からわずかに遅れて悲鳴が上がる。ズボンと腿を焦がした男が痛みに涙を流しながらうずくまり、アリィは胸元に手を入れた。細長い小瓶を取り出し栓を抜いて、

「次はこれね」

悲惨な顔の男に、頭から液体をこぼした。顔から胸元へ垂れ、口にも少し入っていく。

「な、何を」

「海戦用に試作した焼夷薬液。従来の油なんかとは燃焼温度が桁違いなの」

(そんな物持ち歩いてるのか……)×3

 男衆に思いきり引かれながら小瓶の中身をすべてかけ終えたアリィに、男が懇願する。

「ま、待ってくれ! 話す! 話すから!」

「それじゃ改めて聞くけど、まずどっち狙い?」

「そ、そっち! 海軍貴族の方だ」

「依頼人は?」

「ら、ラッセル卿だ! あの子爵様だよ!」

「ラッセルって、ジョン・ラッセルか? 貿易船保護の名目で艦持ってるあの」

「何か恨みを買うようなことあったかしら?」

 心当たりがないようで、兄妹は本気で悩みだした。横の甲冑の中からエドが、

「あのさ、キミ達予定になかった海賊を退治したって言ってたけど、そいつらの名前は?」

「知らん」

「旗には竜が描かれていましたけど。お兄様の艦とは違って赤いのが」

「あーやっぱりね。ア・ドライグ・ゴッホ。赤竜団」

「なんだそりゃ?」

「ラッセル卿のプライべーティア。元々私掠船率いてた海賊だったけど、アルマダ海戦でキミの憧れるエル・ドラコの下について戦って、それを機に正規の海軍になるつもりでいた。けど素行が悪すぎて却下され、大した恩賞も貰えなかったことで腹を立てて海賊に逆戻り。しかも腹いせにイングランドの船まで襲うようになってね。それに目をつけたラッセル卿が丸め込んで利用してたってわけ。目こぼしする代わりに商売敵の船の情報流して襲わせたり、疑われないよう自分のも襲われたフリをしたり。んで、キミらがそれをぶっ壊しちゃったからおかんむりってこと」

「なんだそんなことか」

「知っときなさいよそれくらい」

 呆れ顔のエドが言って、

「な、なあ話すことは話したんだ! もういいだろう!」

「そうねぇ。もういいわ」

 アリィは微笑みかけながら、松明の火を引きつった男へと近づけていく。

「ま、待てよ! ちゃんと話したろ!」

「ええ。だから〝もういい〟の。そもそも私、話したら助けるなんて言いましたかしら? お兄様?」

「言ってない気がするな、妹よ」

 無慈悲なやり取りに男が泣きじゃくる子供みたいに怯えだし、アリィはある場所を指さした。屋敷の西の方で、

「むこうに小川の注ぐ池があるの。走れば間に合うんじゃないかしら?」

「そ、そんな」

よーい(レディ・ステディ)……、ドン(ゴォ)!」

 掛け声と同時に火がつけられ、男が燃え盛った。ただの油ではなく何か火薬の類が混ぜ込まれているらしく、通常の炎とは比べられないほどの勢いだ。

「ああっ! ぅあああああ!」

 しばらく男はその場でのたうち、思い出したようにアリィが指した方へと走りだした。〝走った〟と言ってもそれは幾本か損じた足を必死に動かす虫のようで、足取りがおぼつかないないどころではなかった。

「ふっ、うく……」

 突然アリィが嘔吐(えず)いたように口元を押さえ、どうかしたのかと鳴河が視線を送る。

「あ、アハハ……」

 鳴河の考えた、具合でも悪いのかという予測はまるで外れていた。アリィは堪えきれなくなった笑いを漏らしながら、

「やっぱりいい……。灼かれる男の絶叫は、臓腑に沁みる……」

 うっとりとした恍惚の表情を浮かべていた。喉元から胸、腹へと、食物が辿る道をなぞるように指先で撫でるアリィは、気分が優れないどころか幸福の絶頂を味わっている。

 先ほどの三倍は引いている男達の中で、ドラコがボソッと、

「見てくれだけはいい女だがな、その実地獄の住人よりもキレてるんだ」

「らしいな」

「ウチにあんな娘いなくてよかった」

「何か言いまして?」 

「いいや何も」×3

 振り返ったアリィに三人が即座に返す。ちょうどその後、あれほどうるさかった男が静かになった。道半ばで倒れ、(とも)った火はまだ燃え続けている。

「戻りましょうか。寝る前に何か飲みたいわ」

「今からか」

「冷えた体を温めたくて。貴方も付き合って下さいね?」

「……まあ少しなら」

「なら早く行きましょう」

「あ、ちょっと? 脱ぐの手伝ってよ。ねえってば!」

 アリィに連れられてドラコと鳴河が屋敷に戻っていき、さらりと無視されたエドが甲冑から足を引き抜こうとして、

「ぎゃん!」

 そのまま前に倒れてしまった。『いったぁ……』と強く打った顔面を抑えながら、ふと夜空を見上げ、

「むこうは上手くやったかな?」

 誰にともなく呟いた。



 鳴河達が襲撃者を撃退したのと同じ頃、とある街道で、

「その馬車止まれぃ!」

「!」

 樽を大量に積んだ馬車列の前に、男二人が立ち塞がった。慌てた御者が手綱を引いて馬を止め、

「なんだ! 何のつもりだっ?」

 問いの答えは、太矢(ボルト)が風を切る音で返ってきた。三台ある内の最後尾の馬車を駆る御者が側面から現れた男に胸を射られて倒れ、続いて二台目も手早く繰り手が片づけられた。

「お、お前らっ!」

 脇に置いてあったピストルへと手を伸ばした御者の喉元にブロードソードの切っ先が突き立てられる。血を吹いた御者が眼前の精悍な髭の男を霞んだ視界に認め、

「き、さま……」

「すまない。(おん)も恨みもないが計画の発覚は避けなければならないのだ」

 やがて力尽きた御者の開いたままの瞼を、ガイはそっと下ろした。胸元の十字架を掴み目を閉じて、

「神罰はいずれ。せめて君達の眠りの安らかならんことを」

 短い哀悼を終え、クロスボウを抱えた仲間達と樽の中身を確認する。

「間違いない。黒色火薬だ」

「こっちのもそうだ」

「これが全部そうか。ガイ?」

「ああ、これで足りる」

 頷いたガイに、他の男達が隠しきれない喜びを顔に出した。

「これは、なんだ?」

「爆破兵器の、設計書か?」

「爆薬を詰めた樽に鉄片や石を混ぜるのか?」

「爆発の威力を増すための工夫だな。イスパニアの戦争に参加した時に聞いたことがある」

「さすがガイだ。俺達も倣うとするか」

「とにかく運ぶぞ。ルートは?」

「人目につかない道を選んである。例の治安維持に熱心な貴族が近々不穏な連中を一斉除去するつもりらしく、兵力をまとめている。今なら隙も見つかるさ」

「馬車ごと手に入ったのも大きいな。これだけの数を運ぶとなると労力もひとしおだ」

「……そうだな」

 他の誰とも違い憂いを見せるガイに、不安がった一人が訊ねる。

「どうしたんだガイ?」

「いや、何でもない。早くロバート達の所へ戻ろう」

「ああ。急ぐぞ!」

 それぞれ御者台へ乗り込んでいく仲間達を眺めながら、ガイは顔を伏せた。

(確かに僥倖だ。どれもこれもが、俺達にとって都合よく進展している。これは神の思し召しなのか? 俺達に『やれ』と言っているのか? ……それとも)

 暗い表情のまま仲間の操る馬車へと上ったガイだったが、

「これでやれるな」

「やれるとも! 正統なるカトリックの信仰のために」

 希望を語る彼らを見るうちに、ガイは頭を振って疑念を消し去った。

(今さら引けることでもない。すべては信仰のため、神のお導きになるままに)

 

 暗闇の中をけっこうな速さで進み始めた馬車列に、物陰に隠れ様子を窺っていた男が眼鏡の位置を直しながら、

「ここ、こちらは予定通り。〝譲渡〟完了です」

 馬車が黒い景色に紛れ、男は怪しまれぬよう帰路に着いた。

「ああち、あちらはどうかな? ああど、アドルファス卿」


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