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アルビオンの用心棒  作者: adalwolf
1/7

紺碧

過去に某新人賞に投稿した拙作です。落選後加筆してほぼほぼ供養のつもりで投稿しましたので、クオリティについては期待しないで下さい。


また歴史上実在した人物や実際に起こった事件等の名前が登場しますがあくまでも内容はフィクションであり、それらの人物や歴史的背景等を貶める意図は一切ありません。


主人公やその周辺人物はオリジナルキャラクターとなります。


1本に収まりきらなかったのでいくつかに章分けしてありますが、全編合わせて文庫本一冊ほどの長さになります。




「また出たのか……」

 路地に横たわる死体を前に、王都市井憲兵団団員の一人が口元を押さえた。

 あまり裕福そうにも素行がよさそうにも見えない小汚い格好の男達の斬殺死体。朝一で届いた(しら)せに駆けつけた憲兵達は、その凄惨な光景にそろって顔をしかめていた。

「見ろよ、腕が切り落とされてる」

「こっちのは首がないぞ」

「また〝断ち切り魔〟か……」

「どう思う? レイ」

 他の団員同様苦い表情の青年レイナーが意見を求められ、静かに口を開く。

「やり口からして、やっぱり〝そう〟なんだろうな」

「くそったれ」

 ここ数ヶ月、この手の斬殺事件が増えていた。被害者は皆鋭利な刃物でその身を切り裂かれ、腕や首を切断された者も多くいた。酒や薬物の密造を行うギャングや娼婦、その護衛等々、ほとんどが低階層の住人達で、女性の被害者はもれなく強姦の痕跡が見つかっていた。死体の損壊状況から、使われた凶器は重量のある手斧の類だと思われていたが、

(確かに斧なら脇腹から内臓まで届く傷にも納得だが、そうだとすれば切り口があまりにも鮮やかすぎる……)

 吐き気を催すばかりの同僚を後目に遺体を観察するレイの脳裏には、ずっと疑問符がまとわりついていた。

(肉や骨だけならともかく、衣服までがまるで質のいい鋏で裁断されたみたいに切れている。斧で可能なのか? そもそもこの心臓を貫く刺し傷はもっと細長い得物によるものだ。だがレイピアやナイフの類でこんな切り口は……)

「レイナー」

「……メイソン卿っ!」

 名を呼ばれたレイが慌てて立ち上がり、他の団員共々直立不動の姿勢をとった。

 庶民では手が届くべくもない上品なコートを着た男がそこにいた。男と言っても曇天のような色の髪や目元口元に刻まれた深い皺を見るに、六十は過ぎているであろう老人だ。しかしその厳格な表情や強い眼光からは、『老い』という印象はさほど受けない。

 『卿』をつけて呼ばれた初老の男、アドルファス・メイソンはわずかに手を上げて全員に楽にするよう伝えた。持ってはいるがつくことのない杖を手に歩を進め、死体をまじまじと見つめる。

「またか」

「はい。鋭利且つ重量のある刃物で首や腕を両断。五年前に姿を消した断ち切り魔と同じ手口です」

「僻地への潜伏、もしくは国外逃亡から舞い戻った、ということでしょうか?」

「……そうかもしれんな。ほとんどの死体が、致命傷となる一撃以外の傷はなし、か」

「それなのですが」

 元より渋い顔のアドルファスがその皺をさらに深め、レイが抱いた疑問について口にしようとしたところで、

「メイソン卿~」

 実にフランクな声がアドルファスを呼び、注意はそちらに向いてしまった。

「貴様か」

 より一層苦い表情で、アドルファスはやってきた二人の男、主に手を振りながら前を歩く金髪の男を睨むように見た。

 髪と同じ色の瞳を持つ、顔つきにどこか少年の名残のある青年だった。シルクのジャケットとズボンという上等だが派手ではない服装で、何やら大きな箱を抱えて人懐っこい笑顔を振りまきながら歩み寄ってくる。

 その脇にもう一人、黒ずくめの男が控えていた。羽織るコートもその下のベストもズボンも、地を擦るブーツまで、身に着けているものはすべて黒で統一され、かなりの長さをひとまとめにした髪もその隙間から覗く右の瞳も漆黒。左目を隠す眼帯もまた同じ色だった。コートの裾に隠れて見えにくいが、左腰に下げる剣の鞘の色までもが。

「詰め所に伺ったのですが相変わらずの仕事熱心の御様子。事件の調査に向かわれたと聞きましてこちらへ」

 多数の死体を(かたわら)に、金髪の男はパーティで挨拶するような口調で言った。アドルファスは表情を変えずに、

「そうか。して何用か? ヘイゼルウッド卿?」

 姓を呼ばれた金髪の男、エドワード・ヘイゼルウッドが口角をわずかに上げる。

「お孫さんがもうすぐお誕生日でしょう? プレゼントにと旧知の職人に依頼していた人形が組み上がりましたので、お届けに」

 差し出された箱の蓋が開かれ、アドルファスが覗き込む。黒いフリルのついた深緑のドレスを纏った人形。その顔つきは、人によっては不気味さを感じるほどに精巧だった。

「フランスのパンドラに影響を受けたそうですが、いかがですかな?」

「……ああ、あの子も喜ぶだろう。よい物をありがとう、ヘイゼルウッド」

「何を仰います。日頃お世話になっている卿への御恩返しですよ」

 穏やかに会話を続けていた二人だったが、

「〝今後とも〟何卒よろしくお願いいたします」

 その含みを持たせた言葉を放った瞬間だけは、金色の瞳に強かな光を浮かんでいた。一歩下がった位置にいたレイが眉根を寄せる。

「……そうしよう」

「では、我々はこれで」

「時にヘイゼルウッド」

 立ち去ろうとした二人をアドルファスが呼び止めた。男達が向き直り、

「そちらの御仁は? どうやら異国の方のようだが?」

 皺の寄った目が向けられた黒髪の男、肌や目の色にも顔つきにも、その場の男達や行き交う通行人達とは人種的な違いがあった。金髪とは違い刀剣の切っ先を思わせる鋭い視線をアドルファスに返していた。

「おっと、紹介を忘れていました。日本から来た友人で、」

鳴河(ナルガ)と申す」

「そうであったか」

 落ち着いた声色の鳴河なる男を、アドルファスは悟られぬ程度に観察した。背丈は隣の男とほとんど同じくらいで、厚着のせいで分かりづらいが特別筋骨逞しいといった印象はない。腰に差した得物、その糸の巻かれた柄はレイピアなどの倍近く長く、やはりよく知る剣より長大な刀身を包む鞘はわずかに湾曲している。

 隣のレイ同様何か思うところあった様子のアドルファスだったが、

「いや失礼した。英国へようこそ。このところ物騒な話が多いが、滞在を楽しんでもらえれば何よりだ」

 言葉はなく会釈だけを返した鳴河を連れて、金髪の男は踵を返し去っていった。その背が雑踏に消えるまで視界に収めていたアドルファスに、レイはそっと顔を近づけ、

「今の男」

 何か話し出そうとしたが、アドルファスはそれを遮った。

「ここはもういい」

「は?」

「死体を片付けて後は通常の勤務に戻れ。私は行く所がある」

「し、しかし」

「命令だ、レイナー」

「……ハッ」

 口調を荒げることはしないが、その声色には反論を許さぬ強さがこもっていた。それ以上何も言えず引っ込んだレイが、

(やはり、最近のアドルファス様はおかしい。以前なら徹底的にお調べになられていたはずなのに)

 重たい足取りの老人を、疑惑の眼差しで見送った。



「油断ならんな、エド」

「何が?」

 唐突に口を開いた鳴河に、アドルファスからはヘイゼルウッド、鳴河からはエドと呼ばれた青年が歩きながら首を傾げた。

「さっきの男だ」

「ああ、メイソン卿か。若い頃から都市の治安維持に努める子爵の家系さ。兵権はないが警備のための私兵の保有を特別に認められ、軍隊もかくやってくらいの厳しい訓練を課している。まあちょっと朴念仁なところもある方だが、優秀だよ」

「完全にこちらを疑っていたな」

「確信していたのさ。こと犯罪に関しては、的確に当たる直感を働かせるお人だからね」

「派手に暴れすぎたか。そもそもお前があんな罠丸出しの夜会などに出席するから」

 嫌味のように言う鳴河だが、エドは悪びれずに微笑みを返した。


 それは昨夜のこと、

「その男、確かお前に事業を横取りされて損失を出したばかりではなかったか?」

 貿易商を営むとある貴族の屋敷へと向かう馬車の中で、鳴河は怪訝そうに聞いていた。

「そうだよ?」

 何でもないことのように返す礼装したエドへ、鳴河は呆れ気味に、

「分かっていて行くか」

「君がいるからね。堂々と参加して、どんな顔をするか見てやろう」

 そうして辿り着いた館の前で、二人は馬車から降りた。その際、

「やはり刀は持っていけないか」

「大勢集まるパーティだからねぇ。まあ大丈夫さ。いくら何でも大衆の眼前でことは起こさない、というより起こせないはずだ」

「何故言いきれる」

「情念ではなく損益からの恨みだ。あの程度の損失で自身の破滅と引き換えにできるほど感情的にはなれないものさ。商人って奴はね。晴らす恨みと、引き換えに失う諸々とじゃ、天秤は後者に傾く」

「そういうことか」

「それに君、丸腰でも十分強いでしょ」


「やあマクドウェル卿。お久し振り」

 主賓である壮年の男爵へと、エドは普段と変わらぬ陽気な口調で声をかけた。一瞬憎悪をあらわにした男がすぐに人当たりのいい表情を作り、

(いきなり突っ込むか)

 呆れ顔の鳴河をよそに、二人はにこやかに挨拶を交わす。ないとは思いつつも、相手の男が早まったことをしないか、鳴河は刺すような目線で牽制しながら黙っていた。

「先日の件は誠に申し訳ない。まさかそちらもあの島の開発を狙っていたとは思いもせず、まるで横から奪っていったようで心苦しい限り」

(白々しい)

「いやいや、これぞ商売の道というもの。貴殿を怨む道理など」

「そう言っていただけるとこちらも気が楽です。しかし商売の道とは何が起こるか分からぬものですな」

「まったく」

 努めて平静を装いつつもその実腸煮えくり返る思いのマクドウェルが怒気を隠しながら、

「ともかく今宵はお楽しみあれ。料理人達に腕を振るわせましたので」

「それはそれは。実は今お腹ペコペコでして」

「ではまた後程」

 そう言って、マクドウェルは別の招待客の許へと向かった。

「この後はどうする?」

「ひとまずパーティを楽しもうか。料理は美味そうだ」

 呑気にそんなことを言うエドに、鳴河は広い室内をさっと見渡した。密集した人で死角が多く、灯りといえば蝋燭と暖炉の火程度。視界も利かず、護衛の身にしてみればこれ以上ないほどの悪条件である。

「念のため離れずにいる。下手に人混みに入るなよ」

「そうするよ。あっ、何だろあの料理? 見たことないぞ」

「おいっ……! 本当に分かっているのか?」

 皿の上の珍味に気を引かれたエドと後を追う鳴河、その二人の姿を、話し声が聞こえない程度に離れたグループと話していたマクドウェルが遠目に見ながら、

「味わっておけよ名ばかりの跡取りが。それが最後の晩餐よ」


「いやぁなかなかの夜会だった。白鳥の丸焼きがあんなに美味いなんて知らなかったよ。今度ハリーに作らせてみようか」

 帰りの馬車で、酔いで顔に赤みが差しいつも以上に陽気なエドが笑う。石畳の凹凸にガタガタ音を立てながら、二頭立ての馬車は都市部から郊外へと向かう道にさしかかった。

「呑気な奴だ。こっちは周囲の殺気を捌くのに苦労したというのに」

「そんなに暗殺者紛れ込んでたの? 怖っ」

「いや、全部招待客だった。お前、いったいどれだけ恨みを買っているんだ?」

「停滞や衰退に喘ぐ事業主にとって、成功者っていうのは妬ましいものなんだよ。このところウチは多角化を進めていてね、その分敵も多くなる」

「それを相手する俺の身にも……っ、」

 溜め息交じりにぼやきかけた鳴河が突然顔を上げる。エドが何事かと訊ねる前に、


 パァン!


「! 今の」

「火縄だな。それも近い」

 二人がとっさに伏せ、直後馬車は急停止した。

「敵襲?」

「ようやくか」

 特に何の合図もなく、二人はそれぞれ別の窓からほんのわずかに顔を出して外の様子を窺った。

「三人いるな。火縄持ちは一人だ。御者を狙っている」

「こっちは二人。銃は一挺だけ。装填し直してない所を見ると最低でもあと一挺はあるね」

「籠城しても壁越しに撃たれるな」

「それは大丈夫。この馬車ドアやら壁面に鉄板仕込んであるから。鉛玉なんかじゃ貫通しない」

「御者は?」

「それも大丈夫です」

 疑問に答えるように、当の御者が壁の向こうから転がり落ちてきた。表情に出さずに驚く鳴河へと、

「御者台に仕掛けがありまして。留め具を外して体重をかければ半回転して中に逃げられるのです。当然そちらにも鉄板が」

「……お前、どれだけ襲撃慣れしているのだ」

「歳の数より多いのは確か」

「万全の対策も自然(じねん)か」

 納得した鳴河が頷き、そこへ外からだみ声が響いてくる。

「ヘイゼルウッド卿の馬車だな? 悪いが金のために死んでもらうぜ?」

 斧やら薪割りやら、正規兵の武装にはほど遠い得物を手にした男達が馬車へと近づいてくる。その距離を測りながら、

「正面は?」

「一人だけです。撃ったのもその男で」

「そうか」

 立てかけてあったのが倒れた刀を手に、鳴河は眼帯を外した。宝石を埋め込んだような蒼の瞳が、わずかな光を反射し妖しい輝きを湛える。初めて目にした御者が思わず息を飲んだ。

「俺が出たらすぐに扉を閉めて、ことが済むまでじっとしていろ」

「はいよっ」

「……今っ!」

 言うが早いか、鳴河は半分開いたドアから滑るように降りた。暗がりでの黒ずくめである。松明で光源を確保する賊達も一瞬視認が遅れ、

「せっ」

 鳴河は手近だった男を鞘から引き抜く動作そのままに斬りつけた。真横に割かれた腹から臓物が溢れ出て、男はようやく自分が斬られたと認識した。

「や、ヤロウ!」

 遅れて反応した銃持ちの男が狙いをつけるが、鳴河はそれを体を捻りながら屈むことで外し、その身のバネを使って刀を持つ右腕を振り上げた。男の両手が構えていた銃とともに落下し音を立てる。男の視線が下がり短くなった自分の腕を見つけ、タイミングを合わせるように鮮血がバッ、と舞った。

「へ、へあごぉ……!」

 叫びを上げる間もなく男の喉笛に切っ先が抉り、すぐに引き抜かれた。一拍遅れて噴き出た血液がやがて垂れ始め、薄汚れた服に染み込んでいく。

 呆気に取られたまま二人の男が崩れ落ちる間に、鳴河は構えた刀を体格のいい三人目に体ごとぶつけるように突き立てた。心臓を貫かれた賊の口や鼻から赤い物がダラダラと溢れだす。

 そんな男のむこうから新手がやってくるのを、鳴河は首を傾けて確認した。さらに後方からも気配を感じて、チラッと視線を送る。

(火縄持ち……)

 弾込め作業を行いながらの登場に、鳴河にはそれが初めに発砲した者だと理解できた。少なくとも今すぐ撃たれる心配はないということも。

 もうすぐ死人と化す男から刀を抜き、鳴河はその死体を蹴り飛ばした。正面からレイピア片手に迫っていた男が自分より大きな図体の直撃を喰らいよろける。

 蹴った反動さえ利用して、鳴河は体を反転、すぐさま後方の銃持ちとの距離を詰め刀を振り下ろした。右肩から左脇腹まで深々と切り裂かれた男の死を確信し、再び反転。ようやく仲間の死体をどけたレイピア持ちに斬りかかる。

「ひっ!」

 上段へ振りかぶった鳴河を見て、男はレイピアを横に倒しそれを受けようとした。その動きに、鳴河は素早く刀の握りを変える。鍔ぎりぎりを握っていた右手を柄頭まで滑るように動かし、左手は右手のあった位置へ。つまり右利きの本来の持ち方とは逆にした。淀みなどまるでなく、振り下ろす動作の中で完了し、

「っ!」

 そのまま防ぐ姿勢の賊へと叩き込んだ。刃がレイピアにぶつかる直前、右手を脇腹に寄せるように強く引き、レイピアの刀身で刃を走らせる。結果、悲鳴のような風鳴りと金属音が混ざった響きとともに、男の顔面はレイピアごと縦に割られた。

 一分とかけずに五人を斬殺し、鳴河は刀の血を一度払った。それから最後の一人へと歩み寄っていく。仲間達が次々と斬り捨てられていく中、ただおたおたしているだけで何もできなかったその男はというと、

「あ、うぁ……」

 半ば自我を失っていた。標的は剣の心得など皆無の貴族、護衛は細身の優男で、御者を入れても男が三人だけ。楽な仕事だと高を括って挑んでみれば、頭目を含め自分以外は全滅である。動揺するなと言うのも無理な話だ。

 それでも鳴河の立てる足音がしっかり耳に届く距離まで来て、男はハッと我に返り慌てて銃を構えだした。まだ戦意が残っていることを確認した鳴河が刀を握り直す。

「ひぃ、し、死ねっ!」

 男は震える手でどうにか狙いをつけ、震わせたまま引き金を引いた。白煙を纏って銃口から飛び出た鉛の弾丸は、鳴河の頭へと思いの外正確に飛んでいったが、


 ヒュカッ!


 命中の寸前甲高い音が聞こえ、『()った』と願望交じりの確信を持った男の視界から流れた煙が消えた時、そこには数瞬前と変わらず佇んでいる鳴河の姿があった。違いがあるとすれば刀を持つ右手が振り上げられているくらいか。元から青ざめていた男の顔からさらに血の気が引いていく。

「……?」

 やや遅れて、男は右脚に違和感を覚えた。何か温かい物が腿から流れズボンを濡らす感触。目を向けると、小さく穴が開いた箇所から鮮血が漏れ、生地を伝って広がっていく様子が見て取れた。

「……ぎゃぁ!」

 ここにきてようやく自覚した激痛に、男は立ってさえいられずに倒れ込んだ。銃を手放し傷口を両手で抑え込むが、腿に走る太い動脈からの出血も痛みも止められないでいる。

「驚いたね~。日ノ本の武士(サムラーイ)の刀は何でも切り裂くとは聞いていたけど、まさか弾丸を跳ね返すなんて」

 いつの間にか馬車を下りてすぐ後ろまでやってきていたエドに、鳴河は刀を下ろし注意を男に向けたまま振り返り、

「跳ね返したわけじゃない。弾いて砕けた欠片がたまたま脚に食い込んだだけだ」

「あ、そうなの?」

「というか出てくるなと言っただろう」

「もう安全でしょ? ぜ~んぶ君がやっちゃったし」

「……まあ」

 呼吸を乱さず六人を仕留めた鳴河が、その鋭い眼差しを地べたの男に向けて訊ねる。

「どうする?」

「!」

 間違いなく疑問形だったが、男には審判の槌の音にでも聞こえたのだろう。痛む足を引きずってエドに体を向け、

「た、頼む! 依頼人のことなら話すから命だけは」

「あ~、いいよいいよ。誰の差し金かなんてもう明々白々。失敗を知ったマクドウェル卿の渋面が目に浮かぶよ」

「なぁ……!」

 必死の懇願を軽いノリで蹴られた男の顔がより深い絶望に沈み、

「というわけで、君の命はあえなく無価値となりましたとさ。ほんじゃバイバーイ」

「ま、待ってく」

 小さく手を振りながら踵を返したエドに手を伸ばしかけたその直後、


 ヒュパッ。


 呼び止めようとした相手の後ろ姿が上へと流れ、男の視界から消えた。代わりに土の地面が眼前に迫り、続いて跪いた誰かの首の断面、そして星のない夜空が男の目に映る。

 

「ご、ご当主? もう出ても……」

「あー大丈夫だよ。御者君」

「て、敵は片付いたので……、っ⁉」

 恐る恐る扉を開けて出てきた御者が、雲の陰から姿を現した月に照らされる生首に一瞬で青ざめた。先ほど鳴河に斬り落とされ、途中角度を変えながら転がり最後は横を向いて止まった襲撃者の首だ。

「……ひっ!」

 思わず背けた目に、今度は腕や頭を斬り落とされたり、肺まで届く切り込みを入れられたりした死体が入る。極めつけは血溜まり中で臓物を晒しながらうずくまるように絶命した男や、真っ二つに割られた顔面ときた。御者の相貌からますます血の気が引いて、代わりに別の物が胃の辺りから込み上げてきた。

「……!」

 馬車から離れた御者が、堪えきれずに夕食をぶちまけた。吐ける物を全部吐き出した後もしばらく動けないままだった。

「あ~、可哀そうに。僕も初対面の時に同じ思いをしたよ。あれはきつかった」

 御者の背をさすりつつ励ますエドが、ほんのわずかに付着した刀の血を死体の服で拭う鳴河を窺いながら、

「お疲れ様。いや~、商売の道ってのは本当に何が起こるか分からないもんだ」

「よく言う。本当に、息つく暇のない男だな」

「だから言ったろ?」

 周囲の惨状と今し方命を狙われた緊迫感などまるで感じさせずに、エドはおどけるように口を開く。

「下手な戦より、相手を用意してあげるって」


 


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