第8話
「ウググッ。我が子孫タチヨ。そこまでして、何故、我に抗うのでアル! 人類の祖たる我に服従する気はないのでアルカッ!」
あるわけないだろ。そもそも俺とマツリは、あんたから見たら、排斥すべき異民族なんだぜ? 舞台はヨーロッパかもしれんが、俺たちはれっきとした日本人だっつうのとデンカ(能登・武流)は心の中でアダムにツッコミを入れるのである。
「ウフフッ。あなた? そう怒るモノではないのデスワ? この子たちは私がお腹を痛めて産んだ子供たちの子孫なのデスワ?」
イブが夫であるアダムを諫めるような発言をする。しかし、無粋にもマツリがその雰囲気を台無しにする台詞を吐く。
「ねえ、デンカ……。あたしたちって、生粋の日本人じゃない? あたしたちって、いつからキリスト教信者になったのかしら? あたし、入信した覚えがないんだけど?」
「うーーーん。そこはツッコむべきところじゃないな。開発がボスNPCらしい雰囲気を醸し出そうとしての台詞なんだからさ?」
デンカの返答に対して、マツリは、ふーーーん、あっそうとつれない返事をするのであった。まあ、もう少しツッコんで、旧約聖書の話だから、もしかしたら俺たちはユダヤ教に入信したのかもな? と返答しておけば、マツリの歓心を買えたかもなあ? とデンカ(能登・武流)は思うのであった。
アダムとイブの一通りの台詞付き演出が終わった後、戦闘は再び再開されて、入力受付時間がやってくる。
マツリはこの2ターンはもちろん、火属性攻撃魔法【炎の演劇】を2回入力だ。デンカもそれはわかっていた。そのため、デンカはアダムに『ミカエルの剣』を具現化させないためにも、自分からの攻撃は控えることにする。2回ある行動のうち、1回目を目減りしていた従者:ダイコンへの回復魔法【水の回帰】。そして全体回復魔法【水の全回帰】を入力し終える。
やがて、入力受付時間の10秒が過ぎ去り、それぞれの行動開始となる。まず動いたのはマツリの従者:ヤツハシであった。ヤツハシはお決まりの【痺れ団子】をアダムに向かって投げつける。しかし、イブの【愛するモノの守護】が発動し、【痺れ団子】はイブの腹の中に納まる結果となる。
「ちっ。【痺れ団子】が上手くアダムに当たらないのは厄介だな……。イブの【愛するモノの守護】は間接攻撃まで吸収しやがるから厄介この上ないぜ……」
ノブレスオブリージュ・オンラインは通常、自動発動業である【守護】は間接攻撃には発動しないように設定されている。しかし、イブの特殊業である【愛するモノの守護】だけは特別扱いであり、発動してしまえば、アダムへの攻撃の一切は全てイブによって防がれることになる。
さらに厄介なことに、イブには行動阻害系業の一切が利かないように『アンチテーゼ・阻害』状態が付与されている。
ボスNPCの多くはお供を引き連れて最大4体の構成となっている。しかし、アダムとイブのようにお供を伴わないタイプの少数ボスNPCは、行動阻害系業の連続使用により、いわゆるハメ殺しができないように『アンチテーゼ・阻害』状態が付与されている。それがアダムとイブの場合は、イブにそれが付与されていた。
従って、このターンの従者:ヤツハシの【痺れ団子】は無効化され、さらにはイブのカウンター業【楽園への誘い】を誘発しただけに終わる。これにより、ヤツハシは睡眠状態に陥り、行動不能に陥る。
次に動いたのはデンカの従者:ダイコンであった。ダイコンはイブのターゲット固定状態が解けたため、再び、イブへの【挑発】を試みる。しかし、運が悪いことにダイコンのイブへのターゲット固定は失敗に終わってしまう。
デンカは嫌な流れだぜ……と思うしかなかった。デンカは従者:ダイコンの行動設定をイブのターゲット固定最優先にしていた。そのため、次のターンではダイコンは同じことをイブにする予定となっている。イブ相手に【挑発】が連続で失敗した時は、違うように動くように設定すべきだったかもしれないなとデンカは少し後悔するのであった。
しかし、イブの【楽園の誘い】をダイコンが受けなければ、アダムとイブに勝つための前提条件自体が満たさなくなってしまう。デンカが行ったダイコンの行動設定の調整は決して間違っているとは言い切れなかったのである。
次に動いたのは、アダムであった。アダムの行動は固定ダメージを伴う行動阻害系業【我に酔いしれろ】であった。アダム唯一の攻撃業であるが、ヒットすれば、必ず対象は痺れ状態に陥る。しかも、行動阻害系業群においては珍しく、そこそこのダメージを伴う業であった。
行動阻害系業は相手の動きを1ターン止めることが主な目的なために、ノブレスオブリージュ・オンラインの開発は、この業がヒットしてもダメージはたったの1しか相手に与えられないように設定されている。
しかしだ。アダムの行動阻害系業【我に酔いしれろ】だけは固定で3000ダメージを喰らうことになる。それをまともに喰らったのは従者:ダイコンであった。こればかりは割と冷静に戦闘の推移を見守っているデンカですら、ちっ! と舌打ちせざるをえなかったのである。
すでにこのターンで行動してしまったダイコンは次のターンの行動がキャンセルされることになる。どうせなら、ダイコンが行動する前に行動阻害系業をぶち当ててほしかったぜ。結果論とはなるが、このターン、ダイコンはターゲット固定を失敗したのだから、その行動自体をキャンセルして欲しかったわとデンカは思う。
しかし、これで従者:ダイコンは次の次でイブに対して【挑発】を行うことが決定してしまった。デンカはむむむと唸りながら、頭を掻くしかなかった。
アダムの次に動いたのはデンカである。デンカは念のためにと思って、従者:ダイコンに回復業を使用しておいたことが功を奏する。ダイコンが喰らった3000ダメージは瞬く間に帳消しとなったのであった。
まあ、痺れで行動キャンセルを喰らったのは余計であったが、それでも盾職の体力が目減りすれば、それだけ【守護】の発動確率は下がるんだ。俺は取った行動は何も間違っていないとデンカは思うことにする。
「さって、いよいよ、あたしの順番ねっ! アダムよ、あたしの炎で焼けて、土くれ以下の灰に戻ってしまいなさいっ!」
マツリ(加賀・茉里)が物騒この上ないことを口走る。そのマツリ(加賀・茉里)の声に連動するかのように、画面上のマツリは右手に持つ杖を両手で持ち直し、大きく振り回し、何も無い空間に直径3メートルの紅い色の魔法陣を描き出す。
その紅い魔法陣から次々と火のトカゲこと、サラマンダーが召喚される。召喚された10体ものサラマンダーが次々とアダムの身を焼き尽くさんと襲い掛かっていく。
サラマンダー1体がアダムに噛みつくたびに、アダムの頭上に赤色で1300の数値が浮かぶ。それが合計10回分表示されたのである。
「えっと、サラマンダー1体で1300ダメージだから、10体で1万3000ダメージっ! やった! さっすが、あたしよねっ! デンカの2倍ものダメージをアダムに与えてやったわっ!」
やっぱり、さっき俺がマツリよりもアダムにダメージを与えたから、それを根に持っていやがったか……。これだから、生粋のメインアタッカー職をやっている奴ってのはなあ……。絶対にサブアタッカー職にダメージで負けたくないわなとデンカ(能登・武流)は思ってしまう。
「はいはい。俺の負けですよっ。くっそ……。ちょっと、俺がマツリよりもダメージを出したからって、その2倍もの数値を見せつけてくれますかねえ?」
「ふっふーーーん。サブアタッカーがメインアタッカーよりもダメージを出すほうが仕様としておかしいのよっ。デンカ? あたしだけでも十分にダメージを与えられるようになったから、デンカは回復メインで動いてもらって良いのよ? くふふっ!」
くっそ、心底、嬉しそうだな、こいつっ! サブアタッカー相手に勝ち誇ってんじゃないぞっ! と言えるものなら言いたいデンカ(能登・武流)であった。




