第11話
「マツリ……、こういっちゃアレだけど、いっそのこと、『耐久力』メインか『知力』メインか、どっちかにしてくれないか? 高い防御力を目指しつつ、そのどちらも欲しいってのはさすがに欲張りだぜ……」
「あら、そうなの? ごめんね、デンカ。あたしは武具を生産できる鍛冶屋を持っていないから、その辺り、疎くて……。デンカはどっちが良いと思う?」
マツリが少し申し訳なさそうな声のトーンで、タイコー(能登・武流)に問うのであった。タイコー(能登・武流)は、マツリがその辺りをよく知らないのも仕方ないことかと思いながらも、ここは、きっちり言っておくべきだと考える。
「マツリは従者:ヤツハシに何を望むんだ? 戦闘中に倒れないことか? それとも、ギリギリ生き残りながらも、徒党の役に立ってくれることか?」
タイコー(能登・武流)は、いじわるな質問だなあと自分ながらに思うのであった。こう言われたら、誰しも答えは同じところに辿りつくのに……。
「わかった。デンカ。あたしは従者:ヤツハシに戦闘で活躍してほしいって思ってるわ。いくら自分の従者だからって、甘やかしたらダメよね? デンカ、『知力』がメインで付与されている防具を選んでちょうだい」
「ほい。わかったぜ。んじゃ、防具の見た目は一切、気にせず、なるべく高い防御力で、体力は250。そして『知力』メインのモノを作成するぞ」
タイコー(能登・武流)がスカイペ通話を通して、マツリにそう告げる。その後、スポーツサングラス式VR機器のレンズに映るソフトキーボードを使い、文字を入力し
「おい、そこで暇そうにしているトッシェとナリッサ。俺がマツリの従者:ヤツハシの防具を見繕うから、その生産に必要な素材をバザーで見つけてきてもらうぞ?」
「ん!? 俺っちも働かなきゃならないんッスか!? そんなの聞いてないッスよ! 俺っち、今から自分の鍛冶屋の作れる生産品を増やそうと思っていたのにッス!」
ノブレスオブリージュ・オンラインにおいて、職業:鍛冶屋がある特定の生産品を作れるようになるには、まず、工房の親方NPCからクエストを受注して、それをクリアせねばならない。布製の防具の最上級品となると、グリファンの羽根を10枚集めなければならないといった感じである。
「ん……。トッシェ。それはいつだって出来るよ。トッシェのやる気があればの話だけど。デンカさん。何が必要なの? 出来れば、ログが流れてしまってわからなくなることを防ぐためにも、スカイペのグループチャットの方へ書き込んでほしい」
「ナリッサは話が早くて助かるわ……。それに比べて、トッシェときたら……。おい、トッシェ。ナリッサの爪の垢を煎じて飲ませてもらえよ?」
「ううう……。ナリッサは良い子ッスね。そんなのでマツリちゃんの得点を稼いでいるつもりッスか!?」
無駄話は良いから素直に、手伝うッスと言ってほしいタイコー(能登・武流)である。だいたい、マツリは出会い目的でノブレスオブリージュ・オンラインをやっているわけじゃないんだよ。その辺りをいい加減、察してくれないものかねえ? とデンカは思ってしまうのである。
まあ、スカイペのグループチャットに必要な素材を書き込めば、嫌でもトッシェ=ルシエはバザーに買い出しに行ってくれるだろうとタイコー(能登・武流)は考えて、自分は従者:ヤツハシに必要な防具を見繕っていくのであった。
それから10分後、スカイペのグループチャットにタイコーは防具の生産に必要な素材を書き込む。トッシェとナリッサはそのメッセージを受け取ったあと、工房から飛び出し、街の中心にあるバザーへと向かっていくのであった。
「ふう。これで、従者:ヤツハシの装備はどうにかなりそうだな? マツリの方は、どの見た目変更アイテムを買うか決めたのか?」
タイコー(能登・武流)がマツリにスカイペ通話で、そう尋ねると、マツリはうーーーんと唸っている声だけが返ってくる。あっ、これは相当、悩んでいるんだなとタイコー(能登・武流)思ってしまう。
それもそうだよな。なんたって、無料分とはいえ、1500メダルも消費するんだ。おいそれと決められないよな……。
「うーーーん。【薔薇騎士の鎧一式】と【聖女の修道服】、どちらにしようか悩むわーーー。あたしとしては、【薔薇騎士の鎧一式】が良さそうな気がするんだけど、それだと、あたしよりも従者:ヤツハシの方が目立っちゃうし……」
何か変なところにこだわりを持っているなと、タイコー(能登・武流)は苦笑するほかなかった。
「あっ、デンカ。今、笑ったでしょ?」
「いいえ、笑っておりません。これは苦笑です」
マツリのムーーー! という唸り声が、ヘッドホン越しにタイコー(能登・武流)の耳に届く。マツリのその非難めいた唸り声がタイコー(能登・武流)には可愛く思えて仕方がないのであった。
「よっし……。近い将来、あたしは団長から【オルレアンのウエディングドレス・金箱】を【結婚してでも奪い取る】のは確定事項なんだから、現時点で従者:ヤツハシが、あたしより目立つ格好してても挽回可能だわ……。あたし、ヤツハシに使う見た目変更アイテムは【薔薇騎士の鎧一式】にするっ!」
ようやく、決めたかとタイコー(能登・武流)は思うのであった。マツリが従者:ヤツハシの見た目を決めたちょうどその時、バザーへ買い出しに行っていたトッシェとナリッサが戻ってくる。
「うッス。お待たせしたッス。俺っちたちが居ない間に、マツリちゃんにやらしいことをしてないッスよね、デンカさん!?」
するわけねえだろ、この色狂いがっとタイコー(能登・武流)は思わず声に出しそうになるが、言葉が喉から出かけるすんでのところで、腹に飲み込むのであった。
「ん……。トッシェ、それは心配ない。デンカさんはヘタレだらか」
うっせえええ! とタイコー(能登・武流)は思わず叫びそうになるが、これもまた、言葉が口から飛び出しそうになるすんでのところで、腹に飲み込むのであった。
「んっんーーー! トッシェ、ナリッサ。無駄話は良いから、さっさと素材を渡してくれ。あと、いくらかかったか、ちゃんと教えてくれよ? マツリが使う装備品だからって、無料で素材をぶんどろうって気は、これっぽちも無いからな?」
「別にマツリちゃんのためなら、どんだけ搾取されても良いッスけどね?」
「ん……。自分もそうだね。だから、今回は無料で良いよ?」
トッシェはともかくとして、守銭奴のナリッサまで同じことを言い出すとは、タイコー(能登・武流)には予想外すぎた。これが中身女性パワーなのかと、タイコー(能登・武流)は、はあああとため息をつかざるをえないのであった。
そんなタイコー(能登・武流)の気持ちも知らずにマツリはトッシェとナリッサに感謝の念を伝える。
「トッシェ、ナリッサ、ありがとうね? このお礼はどこかで必ずするから」
「そんな、お返しを期待して、俺っちたちはマツリちゃんに何かをしているわけじゃないッス。なあ? ナリッサ」
「ん……。そうだよ。だから、お礼なんて考えなくても良い」
へいへい、勝手にほざいてろってんだとタイコー(能登・武流)は思ってしまう。こいつら、今に絶対、暴走するんだろうなと、デンカは経験上、そう思わざるをえなかった。
ノブレスオブリージュ・オンラインを10年もプレイしてきた能登・武流である。中身女性というプレイヤーに猛烈にアタックを繰り返し、そのたびに玉砕してきた男プレイヤーを嫌というほど能登・武流は、その眼で視てきたのである。
そして、中身女性というプレイヤーたちも、そんなネット上での出会いに期待感を高く持ちすぎな男プレイヤーたちに嫌気をさしてしまう事案も能登・武流はたくさん視てきたのだ。
出来ることなら、この上手く回っている現在の徒党内に不和が訪れないことを能登・武流は祈るばかりであった。




