第9話
――傭兵団・ホール。【4シリの御使い】・団長の執務室――
【4シリの御使い】の団長ことハジュン=ド・レイが執務室で、自分の右腕であるカッツエとフランス陣営の今後のことについて話し合いをしている最中に、コンコンッ! と執務室の扉をノックする音が聞こえるのであった。
ハジュンとしては、はて? こんなボスNPC狩りにいそしむような時間帯に、わざわざ面白くもなんともない自分の執務室に、誰が訪ねてきたのでしょうか? と不思議に思うのであった。
「夜分遅くにすいません。マツリ=ラ・トゥール、デンカ=マケール、トッシェ=ルシエの3名が、団長に進言したいことがあったので、やってきました」
ハジュン=ド・レイに個人チャットが届く。それはマツリ=ラ・トゥールからのメッセージであった。ハジュンは、一瞬、何かこの前の合戦で、自分がやらかしたことについて、思いを巡らそうとするのだが、まずは話を聞いてみてからでしょうと思い直し、彼女らを執務室に入れる決断を下す。
「はいはい。今、扉の鍵を開けますので、ちょっと待ってくださいね?」
ハジュン(出雲・叶一)は右手でマウスを操作し、執務室の扉にカーソルを持っていき、そこで右クリックをする。すると画面上に小さなウインドウが開き、そこにメニューが表示される。
ハジュン(出雲・叶一)は、そのメニュー欄から『開錠』を選ぶ。それと同時にカチャンッ! という金属音が鳴り、執務室の正面扉の鍵が開くことになる。
「どうぞ、鍵は開けたので、中に入ってきてください。まあ、カッツエくんも居るので、むさくるしいことこの上ないでしょうが……」
「ガハハッ! 殿もひどい言い様なのでもうす! もう少し、愛のある言い方をしてくれても良いと思うのでもうすよ?」
はいはい、善処しますよとハジュン(出雲・叶一)は思うのであるが、客人が訪ねてくる以上は真面目に応対せねばならぬと思い、気持ちの上では襟を正すのであった。
「執務室に招きいれてもらい、ありがたく思います。マツリ=ラ・トゥールです」
「はいはい。マツリくんですね。先週の合戦では惜しかったですね? もう少しで、敵の後ろ陣の将官NPCを倒せそうだったのは記憶に残っていますよ?」
「えっ? あたしたちの行動を見ていてくれているんです?」
マツリ=ラ・トゥールにとってはハジュン=ド・レイの一言は意外であった。自分のような上級職中心の徒党のことなど、フランス陣営の筆頭が覚えているはずが無いとばかり思っていたからだ。
「ガハハッ! 殿は、合戦場に流れるチャットのほぼ全てを読んでいるのでもうすよ?」
「えっ!? でも、先週の土日だとピークの時間帯にはフランス陣営は300人を超えていたはずよ? それら全てに目を通すなんて到底無理なんじゃ……?」
合戦場には合戦専用のチャットが準備されていた。フランス陣営なら、合戦に参加するフランス陣営のプレイヤー全員に表示される合戦チャットが。その合戦チャットには常時、さまざまな情報が飛び交っている。
しかも、300名以上のモノたちが一斉に、その合戦チャットに情報を流すのだ。合戦場が大賑わいの時は、1秒10行くらいの勢いでチャット欄が埋め尽くされていく。それのほぼ全てを読んでいるのは、さすがにカッツエさんの言いと言えども、マツリ=ラ・トゥールには信じられない。
確認のためにも、マツリ(加賀・茉里)はデンカにスカイペの音声通話でそのことを聞いてみる。
「ああ、団長の言っていることは多分、本当だぜ? 合戦慣れしている奴らは、あの滝が落ちるが如くに流れていく合戦チャットのほぼ全てをチェックしてるもんなんだ。ちなみに俺も実は出来るからな?」
「うっそでしょーーー!? なんで、そんな無駄な能力をデンカが持っているのよっ! そんな能力があるなら、あたしにちょうだいよっ!」
「無駄と言っときながら、ちょうだいと言えるその図太い神経に脱帽しそうッス……」
「ん? 何か言ったかしら? トッシェさん?」
何でもないッス! とトッシェが言うので、マツリ(加賀・茉里)はトッシェの言いを不問にすることにした。それよりも、肝心なことを団長に頼むためにここに来たのだ。
「で? 先生に進言したいこととは一体、何ですか? 合戦場の流れが変わりそうな時に、先生が急にもよおしてトイレへ旅立ったことへの詰問ですか?」
「ガハハッ! 後ろ陣の将官NPCと戦闘中に、お腹が痛くなりました……、1分で済ませてくるので、持ちこたえてくださいねっ! って、殿にお願いされたのにはさすがに、我輩もびっくりしたのでもうすよ? いつも言っているように大きいほうは、合戦が始まる前に済ませてほしいのでもうすよ」
団長とカッツエさんの会話に、えっ!? と思わずにはいられないマツリであった。そこで、今、手に入った情報が果たして本当かどうかをスカイペ通話の参加者であるデンカとトッシェに問いただしてみる。
「うーーーん。戦闘中に小便がしたくなった時は、コマンド入力後から次のコマンド受付が可能になる時間までには戻ってこれるけど、さすがに大は試したことがないなあ?」
「俺っちも無理ッスね。大体、2ターンで40秒から50秒ッスよ? 団長は4ターンもしないうちに大を済ませるとか、さすがフランス陣営のトッププレイヤーは違うッスねえ? 俺っちもトッププレイヤーになるためには、戦闘中に大をこなせるくらいにならないとダメなんッスかね?」
女性のマツリ(加賀・茉里)にとっては、デンカやトッシェ、そして、もうひとりの徒党仲間であるナリッサが、戦闘中にトイレへと旅立ち、次のコマンド入力受付開始には戻ってこれることが不思議でたまらないのだ。
もちろん、彼らは小なのであろうが、男はその点、便利に出来てるわとマツリ(加賀・茉里)は感心せざるをえないのである。
マツリ(加賀・茉里)は気を取り直し、団長へ肝心のことを聞くべく、オープンジェット型・ヘルメットのシールドの内側画面に表示されるソフトキーボードを操作し、チャットを打ち込んでいく。
「えっ、えっと、そのことではなくて、団長が【オルレアンのウエディングドレス・金箱】を引き当てたのを、とある情報筋から入手したので、その確認にきました」
「んっ!? その情報をどこで手に入れたんですか? いやあ、壁に耳あり、障子に目ありとはよく言ったものですよ。先生、近しいヒトにしか、それを言ってないはずなのですが、いったい誰が言い広めたんでしょうね? ねえ? カッツエくんーーー!?」
団長がカッツエに対して所作『指さす』をすると、カッツエは所作『照れる』をしだす。
筋肉だるまのキャラが所作『照れる』は、視る側のスキルポイントをガリガリ削るわね……と、マツリは思ってしまう。ノブレスオブリージュ・オンラインでは、【所作コマンド】というものがあり、プレイヤーキャラに強制的にポーズを取らせることが出来る。
所作『指さす』はその字面の通り、指さしたい相手にターゲットを持っていき、人差し指で、お前だろっ! とポーズで主張できる。
対して、所作『照れる』は、プレイヤーキャラをもじもじと恥ずかしそうに、身震いさせることが出来る。何故か、運営は所作『照れる』などの一部のポーズは男性キャラも女性キャラも同じポーズを取るため、醜悪極まりないことになったりする。
それを承知でカッツエさんがやっているということは、団長が【オルレアンのウエディングドレス・金箱】を手に入れた情報を漏らしたのは、カッツエさんだということは、マツリには一目瞭然であった。
「カッツエさんには感謝しないといけませんね。そのおかげで、あたしはここに辿りつけたのだから……」
「ガハハッ! そんなに褒めてもらっても何も出せないでもうすよ?」
別にカッツエさんから、これ以上、もらうものは何もないわよっ! とマツリは失礼なことを思ってしまう。それよりも、団長やカッツエさんの様子からして、団長が【ウエディングドレス・金箱】を持っていることは確実なのだ。
そうなれば、マツリがオープンジェット型・ヘルメットのシールドの内側に表示されているソフトキーボードを用いて、次に打ち出したメッセージは、必然だったとも言えよう。




