2人だけの夏祭り(「夏祭りと君」企画 参加作品)
※この作品は遥彼方様が企画された『夏祭りと君』に投稿した作品になります。
最後まで楽しんでもらえることを心より願っております。
……何時からだろう?
こんなにも胸が締め付けられるような思いを懐くようになったのは
……何時からだろう?
こんなにも地球の引力が重く感じるようになったのは
……何時からだろう?
こんなにも呼吸をすることが苦しいと感じるようになったのは
灰色に見えていた世界の景色は何時の間にやら一変して虹の色ように全ての色が輝いて見えていた。
幼馴染みだと思っていたアイツの姿を見かける度に俺の鼓動は
とっくん!とっくん!
高鳴るようになっていた。どうやら、俺は恋の病に罹ってしまったらしい。
この熱い思いをアイツに伝えなければ俺の熱は治まりそうになかった。
そうだ!
俺はアイツに告白するんだっ!
そう決意してから既に1ヶ月の月日が流れていた。
隣を歩くアイツとの距離はこんなにも近いと言うのに……心の距離はとても遠かった。
「今日は体調が悪い……」
「今日は気分が悪い……」
「今日は天気が悪い……」
そんな言い訳を並び立てては焦燥と苦悩の日々を安穏と過ごしていた。
「……どうかしたの?」
俺が悶々と頭を悩ませていると幼馴染みの『蛍琉』が心配そうに顔を覗かせた。
「……別になんでもねぇよ」
俺はぶっきらぼうな態度で蛍琉に答えた。
「そう?」
蛍琉は何事もなかったように視線を前へと戻す。
本当は嬉しくて天にも昇りそうな気持ちなのに……なぜか俺ときたら彼女に対して素直になることができなかった。
なんともどかしい!
わかっている!
俺がほんの少しだけ蛍琉に素直になれたなら……
俺にほんの少しだけ告白する勇気があったなら……
こんなにも苦しい胸の内を抱え込むこともないというのに……
それでも何故か俺は彼女に対して一歩が踏み出せないでいた。
男友達の口から彼女の名前が出る度に逸る心臓は今にも壊れてしまいそうだった。
蛍琉のことを誰にも渡したくないっ!
そんな強い思いが全身を駆け巡る。
それでも俺は……蛍琉に告白することができなかった。本当にヘタレである。自分が自分であることに嫌になる。
そんな超ヘタレな俺に訪れた突然の好機。
それは2年の夏に行われる林間学校……その行事の夜に行われることとなった『肝試し』
こんな絶好なチャンスは2度と来ないだろうっ!
俺は突如垂れ下がってきた蜘蛛の糸を手繰り寄せるように。
慎重に……慎重に……
蛍琉へ告白するための準備を進めた。そして、運命の当日がやって来る。
俺はこの日のために色々と計画を立ててきた。
まずは蛍琉とペアになる確率を上げるため、友達の全員と交渉した。
『これから給食で出される好物のプリンを全て譲る』
その条件で蛍琉とのペアを変わってもらう約束を取り付けていた。
あとは俺を含めた友達の誰かが蛍琉とペアになれれば次の作戦へと移行できる。
神様……どうか蛍琉とペアになれますようにっ!
俺は夏休みに入ってから林間学校が行われる日まで欠かさずに神社へお参りしてきた。
全ては蛍琉に……この俺の思いを伝えるためにっ!
その甲斐もあって何とか俺は蛍琉とのペアになる権利を獲得した。
「ふ~ん……私の相手は遼太か……よろしくね」
蛍琉は安心したように微笑を浮かべると手を差し出してきた。
「……おうっ!よろしくなっ!」
俺は蛍琉の手を握ると満面の笑顔を浮かべた。
「遼太が相手で良かった……」
蛍琉は口許を緩めると可愛らしく微笑んだ。
「それって……どういう意味なんだ?」
俺は蛍琉の意味深な言葉に鼓動を高鳴らせた。
「別に……何時も一緒にいるから安心できるかなって意味だけど?」
「そうか……」
俺は思っていた答えと違っていて肩を落とした。
てっきり、俺のことが好きだからかと思ったんだけどな……
俺が苦笑いを浮かべていると蛍琉が手を引っ張ってきた。
「……そろそろ私達の順番みたい」
「そうだな……」
俺は蛍琉に手を引かれながら薄暗い森の中へと足を踏み入れた。
こんな時は俺が先頭を……
俺は俺の手を引く蛍琉の前に出ると男らしいところを見せようと張り切った。
「……きゃ」
蛍琉は脅かし役の先生達がアクションを起こす度に可愛らしい声を漏らした。
本当に可愛いな……
俺は蛍琉が小刻みに身体を震わせる度に驚くのとは別の意味で心臓を高鳴らせていた。
彼女から伝わる震動がとても心地良かった。
この時間が永遠に続けば良いのに……
最高に幸せな一時を心の底から噛み締めていた。
……とっ!そろそろだな
俺は本来の目的である『告白する』ということを思い出した。
この道を左に……
蛍琉の手を引っ張ると俺達は肝試しのルートから大きく外れた。
「……ねえ?この道は違うんじゃない?」
蛍琉は予定にないコースに引っ張られて不安そうな声を漏らした。
「大丈夫だっ!俺を信じろ!何があっても守るから……」
俺は蛍琉を安心させるように力強く彼女の手を握りしめた。俺には蛍琉に告白するための取って置きの作戦があった。
それを実行するためにこの周辺の地形を徹底的に調べあげ、そして、それらを見られる最高の条件を導きだしていた。
「ねえ?どこまで行くの?」
蛍琉の不安は最高潮まで達しようとしていた。
「そろそろだ。そろそろ見られるはずなんだ……」
俺は蛍琉を連れて清流が流れる沢を歩き回っていた。
「一体どこまで行けばいいの?ねえ?」
蛍琉は我慢の限界を超えると不満そうに俺のことを見つめてきた。
「こんなはずじゃないんだ……こんなはずじゃ……」
「こんなはずって何よ!こんなはずって……遼太が何を考えているのか、私にはさっぱりわからないよ……」
蛍琉は俺の不安に同調するかのように不満をぶちまけると悲しそうに視線を地面に向けた。
もう……ここら辺が限界か……
このまま告白するしかないのか?
俺は蛍琉にある光景を見せてやりたかったのだが、それは叶いそうになかった。
仕方がない!予定とは違うけど……
俺は最高のロケーションを諦めると今にも切れてしまいそうな蛍琉の方へと振り返った。そして、大きく深呼吸して彼女の両肩を掴むと蛍琉の顔を見つめた。
「……蛍琉……俺は……」
「あれは……何?」
蛍琉は唐突に俺の告白を遮ると真っ暗な川辺の方を指差した。そこには……うっすらと人魂のような淡い黄緑色の光が浮かんでいた。
「まさか……」
俺は慌てて蛍琉の手を握ると彼女が指差した方を目指した。
俺達の辿り着いた先では光を放ちながら縦横無尽に飛び回る無数の蛍の姿があった。
その光景はまるで天の川を取り巻く三等星の星の輝きのように淡く、飛び回る蛍の動きは星の流れのようにとても幻想的だった。
綺麗だ……なんて綺麗なんだ……
俺は想像を超える光景に身体を震わせた。
「……とても綺麗ね」
蛍琉もまた感動しているかのように身体を震わせていた。
君の方が綺麗だよ……
俺の脳裏にそんな甘い台詞が思い浮かんでいたが、それを言葉にして口から発することはなかった。
そんな歯の浮く台詞を語らずとも充分に蛍琉が美しく見えていたからだ。
蛍の光に包まれた蛍琉の姿はウェディングドレスを身にまとっているかのように輝いて見えていた。
「……もしかして、この光景を見せるためにわざわざ私のことを連れてきてくれたの?」
「ああ……お前の名前に因んだこの光景をどうしてもお前に見せてやりたかったんだ」
俺は蛍琉の目を見つめながら屈託のない笑顔を浮かべた。
「……ありがとう」
蛍琉はお礼を述べると恥ずかしそうにはにかんだ。
良かった……ちゃんと喜んでくれているようだな……
俺は蛍琉の微笑みを見つめながら胸を撫で下ろした。
「本当に綺麗ね。まるで灯篭流しのよう……」
「ああ、そうだな……」
これは俺と蛍琉だけの2人きりのお祭りだった。しばらくの間、俺達はこの夢のような光景を楽しんだ。
……って!この状況に流されている場合じゃなかった!
この光景に流されて俺は危うく本来の目的である『告白する』ということを忘れるところだった。俺達に残された時間はもうそんなに長くなかった。なぜならば、肝試しのイベントが終わるまでにゴール地点に戻らなければ大騒ぎになってしまうからだ。
そうなる前に俺は何としても蛍琉に告白しなければならなかった。
「なぁ、蛍琉……聞いてくれ……」
俺は覚悟を決めると蛍の光景に見とれる蛍琉に話し掛けた。
「……何?」
「実はな……俺はお前のことが……好きになったんだっ!」
「……それで?」
蛍琉は突然の告白にもかかわらず、全く動揺する様子を見せなかった。
「それで……えっと……」
俺は全く動じない蛍琉に対して俺の方が動揺してしまっていた。
「だから……それで遼太はどうしたいの、私のこと?」
蛍琉は煮え切らない態度の俺にはっきりと答えを言ってほしいようだった。
「俺は……俺は……蛍琉が大好きだっ!だから……だからっ!俺と付き合ってくれっ!」
俺は勢いに任せて自らの思いを伝えようと大きく息を吸い込んだ。そして、これまで蛍琉に対して懐き続けてきた全ての思いをぶつけた。
「……もうっ!待たせすぎだよ!ずっとその言葉を待っていたんだから……」
蛍琉は目尻に涙を浮かべると俺の胸に抱き付いてきた。彼女も俺から告白されることをずっと待ち望んでいたようだった。
「すまねぇな……随分と待たせちまって……」
俺は蛍琉を抱き止めると彼女のことを優しく抱き締めた。
「愛してるぜ……蛍琉……」
「私もよ……遼太……」
俺達はお互いに視線を合わせると静かに唇を重ねた……。