ただ一度の奇跡を……
久々の更新になります。
とりあえず、前々から考えていた話がまとまったのであげてみました。
もしよろしければ読んでみてください。
ある日、突然、男のもとに神の啓示がくだる……
『お前に誰か女性と出逢える権利を与えよう』
男は神からそう告げられて頭を悩ませた。
男はこれまで仕事一筋で脇目もふらず、ただただ生きるのに必死で真面目に生きてきた男であった。
それ故に男はどんな女性との出逢いを望めば良いのか?
正直、わからなかった。
男はただ一度のこの貴重な権利を逃すまいと必死で思考を張り巡らせた。
かつて若かりし頃に付き合っていた女性にしようか?
ただ、それだと出会っても既に結婚しているかもしれない。
その場合、出会ったとしても彼女の現在の幸せを壊してしまうかもしれない……
そう考えると男は過去に付き合っていた女性との出会いを諦めた。
それならば人気絶頂中のアイドルや有名な芸能人女性と出会うのはどうだろうか?
男はたまに見るバラエティー番組を見ながらそんなことを考えてみた。
だが、その考えも直ぐに行き詰まる。
なぜならば、そんな有名な女性と出会って何をしようというのか?
サインや握手などしてもらってもそんなのは一瞬の幸せであり、この千載一遇のチャンスをドブに捨てるのはあまりにも愚かと言えるだろう。
よしんば、うまく付き合えたとしてもそれを彼女のファン達に知られれば男は八つ裂きにされるか、批難の的にされるのは火を見るよりも明らかなことだった。
男はそんな下らないことに神からの贈り物を使う気にはなれなかった。
男はもっと堅実的な方法はないかを必死で考えた。
「……そうだ。この願いであれば……」
男は悩んだ末、神に自分と最も価値観の合う女性と出逢わせてくれるようにお願いすることを思い付いた。
価値観の合う女性ならば自分と結婚をしてくれるかもしれない。
それにもし結婚できなかったとしても自分と価値観が同じであれば良き相談相手となってくれるかもしれない。
そんな薔薇色の未来を考えながら男は意気揚々と神に願いを捧げようとした。
だが……男は自らの願いを叶える寸前、あることを思い出した。
それは男が生涯で唯一後悔した出来事であった。
「これならば……俺の後悔を消してくれるかもしれない……」
男はそう考え直すと薔薇色の出逢いよりも別の願いを叶えるために逢うべき女性を変更した。
男が神に願いを捧げた女性とは……
それは……彼の母親だった。
男の母親は彼が必死で働いている間、重大な病気にかかって死んでしまっていた。
母親は息子に心配をかけまいとその病気のことを必死で隠していた。
男が母親の病のことを知ったのは母親が死んだ後のことだった。
男は突然訪れた訃報にただただ呆然としていた。
そして、男は母親を失った悲しみを忘れるためにより一層仕事にのめり込むようになった。
そんな忙しない日々を過ごす内に男は何時しか母親のことを意識しないようになっていた。
だが……男は実家に帰る度に母親の遺影を見ては胸の奥底から込み上げてくる衝動に後悔を覚えていた。
男はそんな後悔を消すために神に亡き母親と会わせてくれるように強く願った。
「どうか…… 神様…… 俺の願いを…… 叶えてください…… お願いします……」
男は無我夢中で神に願いを捧げた。
すると彼の目の前に幽霊らしき何かがぼんやりと現れた。その何かは男がよく見覚えのある人物であった。
「あらま?……ここは一体?」
「お袋っ!」
「おや?あんたは……隆康?隆康でないの?」
母親は隆康の姿を確認すると目を丸くさせて驚きの表情を浮かべた。
「あんた……死んじまったのかい?」
「いや、死んじまったのはお袋の方だろ?俺はまだ死んじゃいない」
「え?だって、あたしゃ……」
「実はな……」
隆康は神様から貰った機会について説明した。
「それじゃ、あたしゃは……」
「そうだよ。ここは現世さ。神様にお願いしてお袋に会わせてもらった」
「あんた……馬鹿だね。こんな老いぼれの死人のために折角のチャンスを使ってしまうなんて……」
「構うもんかっ!お袋が何と言おうが俺は後悔してない。お袋に会う以外の使い方なんて思い付かねえよ」
隆康は苦笑いを浮かべたが、その顔はちっとも後悔の色を滲ませていなかった。
「俺……ずっとお袋に謝りたかったんだっ!」
「謝るって?一体何を謝ると言うんだい?」
母親は不思議そうな表情を浮かべていた。隆康が何を謝りたいのか見当が付かないようだった。
「お袋が大変な時に傍にいてやれなくて……本当にごめんな……」
隆康は一筋の涙を溢すと堰を切ったようにぼろぼろと大粒の涙を溢した。
「あんた……あんたは本当に馬鹿な子だね。子供に心配かける親が何処にいるというだい?あれは全てあたしが望んだことだよ」
母親は隆康の頭に手を乗せると隆康を励ますように優しく撫でた。
「でもね……ありがとね……」
母親は唇を緩めると嬉しそうに微笑んだ。
「……それじゃ、あたしゃそろそろ行くね」
母親は隆康のことを一頻り励ますと隆康から離れた。
「お袋……」
「そんな顔するんじゃないよっ!あんた男だろ?あたしゃあたしで楽しくあの世で過ごしているんだから。だから……あんたはあんたでこの世で楽しくやりな」
母親は明るい笑顔を浮かべると手を振った。
「……ああ、わかったよ」
隆康は涙の痕を拭うと母親と同じように微笑んだ。
「良い顔だね。もう後悔なんてするんじゃないよ」
母親の姿はどんどんと透けていくと最後には隆康の前から完全に消えた。
「お袋……あばよ……」
隆康は母親の祭壇に手を合わせると母親が無事にあの世に帰れるように祈りを捧げた。
「ふぅ……すっきりしたっ!明日から仕事を頑張るぞっ!」
隆康は胸の奥に痞ていた後悔がなくなると晴れ晴れとした気持ちで明日を迎えるのだった……
もしも皆さんが神様より一度だけ好きな人と出会える権利を与えられたら誰に会いたいですか?
この物語はそんな妄想を懐きながら書いてみました。
最後まで筆者の妄想にお付き合いいただき、ありがとうございました。