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逝く君へ捧ぐ思い(「紅の秋」企画 参加作品)

この作品は『遥彼方』様が企画された「紅の秋」に投稿した作品になります。


※なお、この作品は続き物なので『未完成の肖像画』を読んでからお読みになることをお勧めします。


タイトルを変更しました。(2018.9.11)


内容的にこちらのタイトルの方が良いと判断しました。



 彼女が亡くなってからしばらくして私は再び病院へと呼び出された。


 それは彼女が入院している間に片付け忘れた数十冊の小説と未完成となった彼女の肖像画を引き取りに来るようにとのことだった。


 私は彼女が死んでからそれらのことをすっかりと忘れていた。もう何もかもがどうでもよくなっていた。彼女のいなくなってしまった世界に未練など何もなかった。


 私の世界は完全に色を失っていたのだ。


「彼女の遺品を片付けたら私も旅立つとしよう……」

 そんな気持ちのまま病院へと赴いた。


「すみません。……先ほど電話で呼び出された者なのですが……」

 病院の受付で話し掛けると看護士がやって来て彼女が入院していた病室へと案内された。


「どうも……お手数お掛けしました」

 私は深々と看護士に頭を下げると部屋の片付けを始めた。結局、彼女との約束は果たされなかった。


 私は描きかけの彼女の肖像画を見つめながら目頭を熱くさせた。


「私ももうすぐ君の下に行くから……」

 私は彼女の肖像画に話し掛けながらキャンバスを持ち上げた。


━━━━━━ ぽろっ!

 私がキャンバスを持ち上げるとそれを支えていた三脚から何かが零れ落ちた。

 それは真っ白な便箋だった。


「……これは?」

 私はその便箋を拾い上げると息を飲み込んだ。その便箋は亡くなった彼女から私に当てられたものだった。


「一体どうして……」

 私は首を傾げながらその便箋の封を解いた。


*****************************

 親愛なるあなたへ

 この手紙を読まれる時、私は多分この世界にはいないと思います。

*****************************


 それは死期を悟った彼女からのメッセージだった。


*****************************

 今まで本当にありがとうございました。

 あなたと過ごした10年間、私にとって とても充実した日々でした。

 あなたの傍にいられるだけで私は幸せです。

 あなたの思い描いた世界に初めて触れたあの時・・・

 私は全てを賭けてあなたに人生を捧げたいと思いました。

 そして、あなたの近くであなたのことを思いながら

 働いていた日々は何とも満ち足りた日々でした。

 あなたが私の灰色の世界に色をつけてくれたから。

 そんなあなたが私のために描いてくれた絵はとても幸せそうでした・・・

*****************************


 ぽたっ! ぽたっ!

 私は彼女の手紙を読みながら大粒の涙を溢した。


*****************************

 願わくはこの絵が最後まで完成して後世に語り継がれる名画になることを心より深くお祈り申しあげております。

 あなたのことを愛した私より────

*****************************


「こんな私のことを信じて…… うっ、うっ」

 私は堪えていた涙をボロボロと流しながら顔をクシャクシャに歪ませた。彼女が死んで以来、ずっとひた隠しにしてきた感情が爆発したのだった。心の奥底から込み上げる衝動がどうにも止まらなかった。


 再び世界に色を取り戻した瞬間だった。そして、一頻りの涙を搾り出すと私は奥歯を噛み締めた。


 この絵は……何としても完成させるっ!

 私は再び筆を握り締めると彼女の肖像画を描きあげることを強く胸に誓った。


 私はすぐさま彼女の絵を自宅に持ち帰ると一目散にアトリエへと向かった。そして、居間から彼女の骨壺を持ってくると私の脇に添えた。彼女には少しでも自分の傍で見守っていてほしかった。


「よしっ!やるぞっ!」

 私は気合いを込めると彼女の骨壺から彼女の一部を取り出した。その欠片を擂り鉢で粉々に砕くと自らの腕をナイフで切りつけて、その鉢の中に自らの血を滴らせた。


 その薄紅色に染まった血液と白い絵の具を適度に混ぜると鮮やかな薄ピンク色の肌色を作り出した。そして、その絵の具を使って彼女の皮膚の部分に塗りつけた。


 丁寧に……

 慎重に……

 魂を込めるように……

 仄かに赤く染まる肌の色は彼女が生きていた頃の活気を彷彿とさせるような色合いで全身から生命力を漲らせていた。


 自らの血を絵の具の中に混ぜ込むなど画家としては絶対にやってはならないことであったが、彼女の活力に満ちた姿を描くためにはどうしても必要不可欠な行為だった。


 私は何を犠牲にしたとしても自分の納得する彼女の姿を最高傑作として残しておきたかったのだ。


「あとは……」

 私は擂り鉢の中に残った血液の中に赤の絵の具を混ぜるとより鮮やかで眩い真紅を作り出した。


 その紅に染まる色を絵筆に付けると彼女の顔に口紅を塗るように優しく色をつけた。そして、最後に彼女の目の中に光を宿すと大きく息を吐き出した。


「……完成だ」

 遂に私は彼女の肖像画を完成させたのだ。何とも感慨深い気持ちであった。鬱蒼としていた気分が何処までも吹き抜ける秋の空のように晴れ晴れとしていた。


 私は彼女の骨壺を元の場所へと戻すと完成した彼女の肖像画を祭壇に立て掛けた。


 その自画像は私に語りかけてくるように眩しい笑顔を浮かべていた。


 今にして思えば、彼女は辛い病気に苛まれながらも私のモデルをする際は常に笑顔を絶やさなかった。


 彼女は私が最高傑作を描くと信じて微塵も疑っていないようだった。彼女の絵に陽の光が当たると彼女の肖像画は全体から生命力を漲らせた。淡く紅色に染まった肌は躍動的に、色濃く染まった唇と目は情熱的に光輝いていた。


「これで……君との約束は果たせたのかな?」

 私は元気に微笑む彼女に語りかけた。


『最高の作品をありがとう』

 私の脳裏にそんな言葉が思い浮かんだ。


 私は感動の余韻を胸に残したままベランダの方へと移動した。


 ベランダの手摺には燃えるような紅色をしたアキアカネが止まっていた。


 アキアカネは私の存在に気が付くと虹色に輝く半透明な羽を動かして空高く舞い上がっていった。


 私は徐に懐からグシャグシャになった煙草のケースを取り出すとその中から無造作に一本のタバコを飛び出させた。彼女が入院して以来、煙草を吸うのを止めていた。


 そのタバコに紅の火を灯すと思いっきり空気を吸い込んだ。


 久々の喫煙は身体の節々まで染み渡るようだった。


 何とも苦く……


 何とも甘く……


 そして、何とも切ない気持ちであった。


 私は蒼く澄み渡った秋の空に向かって私の肺の中に溜め込まれていた空気を一気に吐き出した。そして、真っ白な一本の煙を宙へと立ち上らせた。


「もうじき冬がやって来るんだな……」

 私の背後では彼女に供えた真っ赤な彼岸花が何かを囁くように部屋の中へと吹き込んだ秋風で優しく揺れていた。



『 逝く君へ 


  思い馳せむる


  秋アカネ


  輪廻の世まで


  語り継がんや…… 』


あまり悲しい話を書くのは好きじゃありませんが、思い付いてしまったので投稿してみました。


こんな長い話を最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。


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