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95話 黄県主

利民の挨拶が終わったら、宴は無礼講である。

 その中で人気なのが、胡の三輪車だ。

 案の定、港に出入りする商人たちが食いついた。

 荷車ほど場所をとらず、徒歩よりも荷物を運べるというちょうどいい大きさは、やはり画期的なのである。

 さらには、潘公主が利民と一緒にやってきて、ひょいっと乗ってみせたのもよかったのだろう。

 馬と違って女が乗ってもいいものだと認識されたのだ。

 故に早速、佳でも国中に商いの伝手を持つという大手の商店が、一緒に売り出さないかと誘いをかけていた。


 ――うむ、ぜひ百花宮にも売りに来てね!


 そして宮女たちの仕事をより楽にしてほしいものだ。

 こうして盛り上がっている会場だが、利民はずっと潘公主と一緒にいるわけにはいかない。

 船員たちをねぎらわねばならないし、潘公主にも会場の女性たちとの交流という役割もある。

 さり気なく利民夫妻の近くをウロウロしていた雨妹と立勇に、利民が囁いた。


「すまねぇが、ついていてやってくれ」


「了解しました」


「任されましょう」


雨妹と立勇の返事を聞いた利民が、船員たちの所へ行って潘公主から離れたかと思ったら。


「潘公主殿下、お久しぶりにございますわね」


「ほんとうに」


まるで待ってましたといわんばかりに、そう呼び掛けながら黄県主母娘がやってきた。


「まあ黄県主、お久しぶりね」


潘公主は一瞬緊張したようだが、すぐに笑顔を作って二人を迎える。

 その様子に黄県主は不満気な顔をしたものの、すぐに切り替えて話をする。


「殿下、この度は恐ろしい思いをされましたのでしょう?

 お労わしいことですわぁ」


黄県主は多少大げさなほどの憐れみの態度であった。


「それに、長らく臥せっておられたと聞きましてよ?

 きっと、都のお方には佳の漁師気質が合わないのではないでしょうか?

 ああやはりかと、わたくしどもも心配しておりましたのよ?」


 ――よく言うわ、このオバサン。


 彼らの近くに控えている雨妹は、「うへぇ」と声を小さく漏らす。

 黄県主は、潘公主が佳を良く思っていないという印象を、他の客たちに与えたいらしい。

 しかしこれに、潘公主がニコリと微笑んだ。


「まあ、ご心配ありがたく思いますわ。

 確かに都からやって来て、全く違う環境に慣れないことから、少々病んでしまったのですが。

 利民様の御助力をいただき、なによりお食事で出てくる新鮮な海鮮が美味しくって。

 今ではすっかり佳の虜ですの」


潘公主からハキハキとした返答があると思わなかったのか、黄県主が一瞬硬直してから。


「……そうなのですか」


かろうじて、そう応じていた。

 立勇情報だと、潘公主はそもそも決して口が回らない人ではないという。

 後宮に生きる女たちと、普通に渡り合えていたそうだ。

 それが慣れない土地へ嫁ぎ、味方のほとんどいない中で、気力を失くしてしまっていたようだ。

 そして黄県主はその気力のない潘公主の姿しか知らず、彼女のことを押せば簡単に倒れる性格だと勘違いしていたのだろう。

 さらには利民が屋敷内を一掃したことで入り込ませた人員が消え、情報が改められていなかった。

 思っていたような反応が得られなかった黄県主が、苦いものを飲み込んだような顔になり、視線を彷徨わせていると。


(ユウ)、伯母上となにを話しているのですか?」


利民が船員たちの元からこちらへ戻って来た。

 しかも「潘公主殿下」ではなく親し気に名を呼んだことに、周囲の客が驚く。


「利民様、佳は住みよい所だという話をしておりましたの。

 海賊の問題も解決したのですし、また港に出ても良いでしょう?

 わたくし、利民様がいつ連れて行ってくださるかと、楽しみにしておりますのよ!」


潘公主がおねだりをするように利民にお願いする。

 これは黄県主への演技ではなく、潘公主はもう一度港へ行きたがっていた。

 なので本気の笑みを浮かべているし、声にも絶対に行きたいのだという気迫が感じられる。


「おや、では近いうちにぜひ、私の船をお見せしなければなりませんね」


「本当に!? 嬉しい!」


二人で盛り上がる夫妻から、黄県主母娘は無言で遠ざかっていく。

 本来ならば目上の者に無言で立ち去るのは無礼なのだが、そんな礼儀を整えることすらできなかったようだ。


 ――うん、薄々思っていたけど、潘公主ってちょっと天然さん!


 そしてこの新婚熱々ぶりに、宴の客から「黄家の若旦那夫婦は安泰だ」という話が広がるのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 潘公主がやっと本来の自分を取り戻せたようで良かった! [気になる点] 雨妹達ってどのくらいの期間ここにいるんだろう? [一言] 2巻楽しみです。
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