92話 悩める黄大公
注意:ちょっとグロ表現アリです
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徐州の主である黄大公は、頭を悩ませていた。
というのも、孫息子の一人に任せていた港街の佳から、とある「届け物」が送られてきたからだ。
黄大公の視線の先にあるのは、複数の生首である。
これを目にした使用人の数人が、卒倒して倒れてしまった。
その中での見覚えのある首の額に、紙切れが貼り付けられていた。
『愛しき児を悲しませる輩に、天誅を』
そう冒頭に書かれた紙には、生首たちがどうしてこうなったか、詳細もある。
それで、この首たちが佳の黄家の屋敷を襲って失敗したのだと知れた。
「これはこれは、大物が含まれておりますな」
側近の一人が呟くのに、黄大公は渋い顔となる。
「まさか、あの馬鹿娘の義弟とはな」
そう、紙が貼りつけられている生首は、娘の一人が婿にとった男の弟であったのだ。
その娘というのが黄家の支配者の座を狙っており、特に佳を任せている孫息子――利民を目の敵にしていた。
娘は贅沢が好きな女であるので、佳の港が生み出す財が欲しいのだろう。
そんな者に任せれば、船があっという間に佳から離れ、寂れ行くのが目に見えている。
つまり娘もその夫も、施政者としての才能がとんとないのである。
それなのに黄大公の座が欲しいとは、笑わせてくれる。
そんな愚か者の下につくような、大人しい一族ではないというのに。
――皇帝と融和に踏み切ったことで、我が腑抜けたと思われたのだろうな。
これまでの黄家の歴史は、戦乱と共にあった。
戦によって領土を広め、豊かになったのは確かである。
しかし、人は戦い続けることなどできないのだ。
戦をするのは民草で、彼らが戦ばかりをやっていては、食糧を作ることができなくなる。
戦で勝った挙句、民が皆飢え死にしたとなっては、なんの意味もない。
しかし黄家の中には、この事実を理解できず、さらなる戦乱を望む声が未だに大きい。
故に突然戦乱による領土拡大を止め、皇帝との融和を為した黄大公への反感があるのは承知していた。
そういう輩こそ武力でもって抑えてきたし、今や徐州の安寧に力を注ぐ時期として、黄家の中でも比較的穏やかな気性だが頭が切れる息子と、その孫に目をかけていたのだが。
「ふん、利民の奴はようやく動く気になったようだな」
黄大公は遠くを見る目でそう零す。
あの孫息子は才覚もあるし民にも好かれているのに、どうにも面倒がる気質があった。
それがようやく重い腰を上げたようで、やはり嫁をとらせたのがよかったのか。
その嫁が病みがちであると聞こえて心配したが、それも回復していると知らせがあり、なによりだとホッとしていたのだが。
ここへ来て、まさかの横やりが入るとは。
「なんと、志偉が手を出してくるとはな。
あの公主、実は特別に可愛がられていたのか?」
「そのような話は聞こえておりませんでしたが。
太子の配下が長逗留をしているのは事実ですし、そうだったと考えるのが自然かと」
黄大公も、そんなものかと納得する。
だがなにはともあれ、これで次期黄大公の座の争いは、ひとまず収まることだろう。
あの馬鹿娘が金をばら撒いて味方につけた海賊を、利民が潰したというし。
「それにしても、志偉の奴は腑抜けておらなんだか」
黄大公は眼を鋭くして、梗の都がある方角を睨む。
「あの男が弱った今が勝機だなど、知らぬ輩は恐ろしいことを抜かすわ」
「さようでございますな、知らぬとは幸せなことで」
黄大公が唸るように告げると、側近も苦笑する。
弱ったところで、猛獣は兎など撫でるだけで殺せてしまうもの。
この事実は、どうやら実際に戦った者でないと、分からないようだ。
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