78話 海賊と黄家
雨妹が太子から聞いた説明によると、佳は黄家にとって経済の重要拠点という話だった。
そこの船の入港が減ると、当然入るお金が減るわけで。
黄家にとっては大打撃もいいところだろう。
「あの海賊はどこから来ているのですか?
当然調査はされているのでしょう?」
この立勇の疑問に、利民がしかめっ面をする。
「……こうなったらいずれ分かっちまうことだしな。
実はあれは、黄家の仕業だ」
「はい?
黄家が自分のところの港を襲うんですか?」
「正確には、黄家の別の一族の連中だな。
俺の事が気に食わないのさ」
そして利民は、黄家の内情について語り始めた。
「黄家の跡目は、今のところ俺の親父が有力だが、決定じゃあない」
黄家は皇帝も一目置く一族だ。
その統率者である大公となれば、狙うものも当然多い。
そんな中でも現黄大公を上手く補佐し、跡取りと目されているのが利民の父親だという。
しかしその座を狙い、尚且つ利民の父親に次いで有力なのが、利民の父親の義兄だという。
「親父の姉の婿って奴なんだが、この親父の姉――伯母さんていう女が、まぁ欲深でな」
その伯母は皇帝の妃嬪候補だったが、黄家内の他の候補との争いに敗れたというのは、潘公主からも聞いた情報である。
そしてその伯母は、血縁から婿をとって一族に居残っているのだという。
「これがまぁ、化粧臭いオバサンでな。
俺はアイツが嫌いだね。
そんで自分が出来なかったことを娘にさせようってんで、太子殿下の妃嬪として送り込もうとしたんだが、それも叶わずってね」
そう話す利民が肩を竦める。
――決定的な欠点みたいなのが、その母娘にあったのかも。
次期黄大公に名乗りを上げられる身分であるのだから、それなりに地位が高いはず。
それなのにその地位でごり押しできなかったということは、そういうことなのだろう。
黄家としても、おかしな女を送り込んで一族の評判を下げたくないだろう。
とにかくそんな事情があり、利民としては宮城からやってくる公主というのがどんな人物か、結構警戒していたそうだ。
伯母母娘みたいな女だったらどうしよう、というわけだ。
「そうしたら全く違った感じの女が来たんで、ホッとしたってぇのが正直なとこだな」
「なるほど。もしや利民様はそのホッとした勢いで、潘公主を港へ連れて行って海を見せたとか?」
雨妹の指摘に利民は一瞬ぐっと詰まると、「そんなこともあったか」と漏らす。
「今にして思えば、公主サマをいきなり港を連れ回すこたぁなかったと思っているさ。
色々ごちゃごちゃして汚ぇしな。
体調不良っていうのにそのせいもあるのかと、こっちだって反省してるんだよ」
利民がそう言って項垂れる様子に、雨妹は目を丸くする。
どうやら彼は見当違いな方に悩んでいるようだ。
「いえ? 潘公主は海が楽しかったようですよ?
利民様が連れて行ってくださったと、嬉しそうでした。
私たちにも港見物を勧めてくださいましたし」
「……そうなのか?」
雨妹が教えてやると、利民は顔を上げる。
――本当にすれ違っている夫婦だなぁ。
雨妹がいっそ呆れるような気分でいると、立勇が利民に告げる。
「私から見ても、潘公主というお方は後宮に住まう方々の中でも、少々変わったところがあると思います。
だからこそ、黄家への降嫁となったのでしょう。
ですから、利民様も潘公主への先入観を持たずに、接していただきたい」
「……わかった、善処するさ」
立勇からの助言に、利民が神妙な顔で頷いた。
これで、夫婦のすれ違いがなくなればいいのだが。
また利民の恋愛相談になってしまったが、話を戻そう。
件の強欲な伯母という人は、未だ黄大公の座を諦めていないらしい。
「佳は代々、黄大公の跡目とされていた奴が任されている場所でな。
そこを親父に続いて俺が任され、尚且つ公主サマなんていう嫁を貰い受けたもんだから。
このままだと太刀打ちできなくなるってんで、焦っているのさ」
そう話す利民に、立勇がお茶を一口飲んでから尋ねる。
「利民様から見て、その伯母とその夫という方は、どのようなお人柄なので?」
「一言で表せば、ごうつくばりだな。
どっちも金と権威欲が人一倍強い」
利民はそう答えて肩を竦めた。




