77話 説明の前に恋バナでも
先だってと同じ部屋に再び入り、しばらくして店の者が酒とちょっとしたつまみとお茶を運んでくる。
「それでは、ごゆっくりどうぞ」
店の者がそう言って退出し三人のみになると、利民が口を開く。
「まずは頼みがある。
この騒ぎについては、公主サマには言わないでくれないか?」
そう言って深々と頭を下げられ、驚いた雨妹は立勇を見る。
するとこちらも驚いた顔をしていた。
「何故、と聞くべきでしょうね」
硬い声で尋ねる立勇に、「そんなもん、決まっているだろうが」と利民が話す。
「怖がらせたくないんだ。
ここ佳は最近がちぃっと物騒なだけで、普段は平穏で賑やかなところだし……せっかく海を気に入ってくれているみてぇなのに」
利民は俯き加減で、後半を小声でボソッと呟く。
――おぉ?
予想外の利民の反応に、雨妹は目を瞬かせる。
これはまるで、お年頃の青春する若者のようではないか。
「もしや利民様は、潘公主のことをあまり嫌ってはいらっしゃらないのですか?」
思わずズバリと言ってしまった雨妹に、利民はギロリと鋭い視線を返す。
どうもはっきり言い過ぎたかと、雨妹が内心で反省すると。
「雨妹、そういう内容はもう少し遠回しに尋ねるものではないか?」
立勇がそう口を挟むので、雨妹はムッとして口を尖らせる。
「そんな技能を、この私に求めないでください」
そもそも、雨妹は下っ端掃除係に過ぎないのだから。
「遠慮のなさは、てめぇらどっちもどっちだ」
ここで利民が苦いものを飲み込んだかのような表情で、そう告げる。
「別に、嫌っちゃいねぇよ。
けど、あっちは大事に大事に育てられた公主サマだぜ?
なんつーか、間の取り方に悩むっつーか」
「はぁ、なるほど」
要するに潘公主との距離感がわからないというわけか。
生活環境が全く異なる二人なのだから、分からなくもない。
「でもそういうのって、毎日の生活の繰り返しの中で埋めていくものだと思うんですけど」
それを生活で分けていたら、埋まりようがないのではなかろうか。
雨妹がそう語ると、またもや立勇が口を挟む。
「雨妹よ、おそらくは利民殿だとて理解しておられても、気恥ずかしくて実行するのが難しいのだろう。
そうはっきり言って追い込むものではない」
「いやそれ、立勇様の方がよっぽど追い込んでいませんか?」
立勇は利民を助けているようで、できていない気がする。
この遠慮のなさは、太子付きとしての必須技能だろうか?
――太子殿下って、結構マイペースだもんね。
黙って従っているようでは、太子付きはできないのかもしれない。
雨妹がそんな風なことを考えていると。
「てめぇら、俺をもうちっと敬えよ」
利民から苦情が入る。
というか、そもそも自分たちはこんな話をするためにここへ来たわけではない。
これではまるで恋のお悩み相談のようではないか。
「ごほん! 利民様の恋のお話は、また後日に聞くとしてですね」
「誰が恋だ!? ってかそもそも俺らは夫婦なんだよ!」
話を仕切り直そうとする雨妹に、利民が顔を赤くして反論する。
――いやいや、夫婦なのと恋は別だし。
そもそも利民と潘公主は政略結婚だったのだから、気持ちが伴っていないのは当然のことで。
今恋の気持ちが育っているのならばいいことではないか。
この利民、身体は大きくてもそのあたりが初心なのかもしれない。
またもや脱線しそうになっていたところに、立勇が割り入った。
「利民殿、あの海賊は本当にただの海賊なのでしょうか?」
「あ、そうだ。
こんな港に近くに出るなんて驚きなんですけど」
立勇と雨妹の疑問に、利民が「はっ」と鼻で笑う。
「てめぇら、海賊を山賊と同じに考えているな?
まあやっていることはどっちも似たようなもんだろうが、決定的に違うことがある」
「違い、ですか?」
首を傾げる雨妹に、利民が告げる。
「海賊って奴らは、いつだって陸を得たい、自分の領地を持ちたいのさ」
これに、立勇が「なるほど」と頷く。
「人は一生海の上で生きていけるわけではないからな」
「そっ、陸の食いもんを補給しなきゃなんねぇからな。
けど俺らだってそうやすやすと陸をあけ渡すわけがねぇから、強い兵を置いている。
だから連中だって、これまでは佳を避けていたんだが」
ここまで話した利民が、深くため息を吐く。
「けど、現実にこうして襲ってきているんですね」
雨妹が現状を伝えると、利民が難しい顔で頷く。
「おぅよ、それも襲撃がここのところ立て続けにあるもんで、兵たちも疲れてきている。
大きな船も物騒だってんで、佳に入るのが減ってきているしな」
そう言って利民が酒を煽る。
「それは大変ですね」
立勇が眉をひそめる。