723話 偉い女官も盗み聞きするらしい
「では軍医様であれば、敏さんと似た症状の方もご存知かもしれませんね」
「可能性はあると思うぞ、なにしろ日々大勢の兵士の怪我を診ている人だからな」
雨妹がそう述べて頷くと、立彬も同意してくる。それに軍医ならば後宮の近くで活躍する国に仕える医者なので、敏にもその実績が見えやすいかもしれない。陳とて軍医と似た立場なのだろうが、後宮内だとむしろこれまでの経験で色眼鏡がかかってしまう可能性がある。
しかしこれで医者の当てができそうだ。
「野猫に良い報告ができそうで安心しました――で、もう一つの話なんですが、叶賢妃ってどんな方だと思います?」
話の結論が見えたところで、雨妹はすぐさまもう一つの話題に移る。
「……待て、話が飛び過ぎて頭がついていかない。叶賢妃だと?」
急な話題転換に頭が追い付いていないらしい立彬に、雨妹は事の次第を説明する。
「それがですね、最近やたらと名前を聞くんですよ。皇后宮で偶然お会いした燕女史とか、都滞在中の宇くんの手紙とか。宇くん情報だと、店先を白百合の看板が席巻しているようですけれど」
「何宇殿か、菊祭りが終わるまで滞在するのだったか」
これを聞いた立彬が、少々頭痛を堪えるように眉間を揉む。
「精力的に動いておられるという噂を聞くが、叶賢妃の話題がそちらから出るとは、いやはや――」
難しい顔で宇について立彬が語っていたその時。
「面白い話をしているのね」
第三者の声が割り込んできた。声の方を見ればいつの間にか秀玲が、雨妹たちがおしゃべりしていた東屋に近付いて来ているではないか。
「秀玲さん、お邪魔しています!」
「母上、何用ですか?」
雨妹が慌てて挨拶をして、立彬が怪訝そうに問いかける。
「ふふふ」
そんな雨妹たちに微笑んだ秀玲が振り返れば、少し離れた場所で宮女たちがお茶の用意を持って待っていた。
「明賢様がお茶を持って行くように仰られたの。きっとそこまで準備はできないだろうからとね」
なんと、太子がわざわざお茶の手配をしてくれたのだという。雨妹たちの状況を読んでいるというか、「きっと揉め事を持ってきているのだろう」と行動が見透かされている気がする。
「押しかけた身ですのに、わざわざ申し訳ないです」
「いいのよ、わたくしも雨妹に会いたかったですからね」
雨妹が恐縮すると、秀玲がそんな優しいことを言ってくれる。
――優しい、優しいよ太子も秀玲さんも!
雨妹が感激している中、秀玲が合図をすると、宮女たちがやってきてお茶の準備を整え、終えるとサッサと帰って行った。本当に道具を運ぶためだけに来てくれたらしい。こうして持て成されるのが下っ端掃除係であるのだから、労を割いてくれた宮女たちには「わざわざゴメンね!」と感謝したいところだ。
秀玲が準備された茶器を扱いながら、優しさにジーンときている雨妹に尋ねてきた。
「それで、雨妹は皇后陛下にお味方をする気なの?」
「はい?」
先程の立彬ではないが、話が飛んでしまって頭が付いていかない雨妹が首を傾げるのに、秀玲がまた「ふふっ」と笑って説明する。
「だって今、卓敏殿がどうのという話をしていたではないの」
確かにその話をしていたわけだけれど、この発言に立彬がジトリとした視線を秀玲に向ける。
「母上、まさか盗み聞きをしていたのですか?」
「まあ人聞きの悪い、風に乗って聞こえて来たのよ」
立彬からの追及に、けれど秀玲はどこ吹く風という表情だ。
――なるほど、だから宮女さんたちが妙に離れていたのか。
お茶の道具を持った宮女たちまで盗み聞きをするわけにはいかないから、遠くで待機させていたのだろう。そうまでしても話を聞きたかった秀玲に、雨妹は野次馬としての仲間意識が芽生える。




