710話 神妙に聞く
菊祭りが後宮内でのお祭りであっても、派手に目立てる舞台なのは変わりない。なにより叶賢妃は世間などより、皇帝一人の目に止まればそれでいいわけで、叶賢妃にとってはやり返す絶好の機会であろう。
――これはまた、なんというか……。
ここしばらく政治的な話題が周囲で飛び交っていた中で、久しぶりの雨妹好みな後宮らしいドロドロ案件だ。しかしここでワクワク顔を晒してはいけないことくらい、雨妹とて弁えている。
「それは大変なことですね」
なので出来る限り神妙な表情で相槌を打ってみせた雨妹に、燕女史が話を続ける。
「皇太后陛下が後宮を去られた直後から、叶賢妃は皇太后陛下が握られていた利権を奪うことに執心されていてな。皇后陛下があまり表立った活動をなさらなかったことも、勢い付いた要因であろうな。商人やら諸侯らやらで、叶家寄りになった者も多いのだよ」
「ふむふむ」
つまり雨妹が揚州に行っていた頃から、叶賢妃は有利な条件での陣取り合戦に熱心だったわけだ。
これまで叶賢妃が皇太后や皇后の政敵であるというような噂を聞かなかったのは、それだけ皇太后の握っていた利権やら、なにより皇帝に口出しを出来る立場であることが脅威だったことが理由だろう。叶賢妃とその後ろ盾である叶家にとっても、皇太后とは敵として立ち塞がるには損が大き過ぎるがために、悔しさを押し隠してでも従順にならざるを得なかったのだ。それが花の宴の争乱で皇太后が突然失脚して、皇太后が握っていた物から名札が消えてしまった。叶賢妃にとって、この状況を逃す理由などあるはずがない。皇太后の物であった全てを奪うことは、同じ企みを抱く他家もあるだろうから無理だとしても、賢妃という立場が他の家よりも優位に働くのは間違いがない。
――父はその辺りを取り締まらないつもりかな?
皇太后が握っていたものを叶家単独で管理するのは不可能だとでも思っているのか? はたまた、これまでそれらの利権を皇太后一人が握っていたことで権力構図が歪んだと考え、欲しい者らに分散させるつもりなのか? そこは雨妹が叶賢妃を知らないために、なんとも言えないところである。だがそれでも、「叶家が皇太后の握っていた物を全て奪う」ということにはならないだろうなと、雨妹は考える。
――やっぱり、怖さが足りないもんね。
皇太后の持つ「皇帝の母」という肩書きは、たとえ実際には皇帝との関係が破綻していようとも、やはり強い手札だったのだ。その手札に勝るものが自身にはあると、叶賢妃と叶家は思っているのだろうか?
「叶賢妃は大望を抱いておられる方なのですね」
雨妹が「野心が強めな人ですね」という意見をやんわりとした表現でぶつけてみると、燕女史が困ったように眉を寄せた。
「それもあるだろうが、それ以上にやはり皇后陛下への敵意は強いと見える。あのお二人は年頃も近く、幼少の頃からなにかと比べられてきた間柄であるらしい」
「ははぁ、宿命の二人っていうことですかね!?」
それはまた、華流ドラマ脳が燃え滾る流れである。しかもこれまで「皇太后」という最強の手札のせいで負け試合が続いていたのが、ふいにその手札が使えなくなったとなれば、叶賢妃としては逆襲するしかないのが心情だ。
しかしここで一つ、気になることがある。
「それって皇后陛下の方も、叶賢妃への対抗心があるんですかね?」
「……鋭いな」
雨妹の純粋な疑問に燕女史が苦笑したが、その表情こそが答えであろう。
――つまり、相手にされていなかったんだな。
こちらも、雨妹としてもなんとなくわかる流れであった。




