706話 白百合と牡丹
飛に教えられて、静が「ん~」と考えてから言う。
「賢妃って確か、四夫人とかいう人?」
「その通り! すごいね静静、よく知っていたね」
宇がギュッと抱き着きながら褒めれば、静は「へへっ」と笑った。
「最初に楊さんから教えてもらったからね、皇太后宮と皇后宮、あと四夫人の宮には近付かないようにって」
そして静が短いながら百花宮に潜伏していた時のことを、胸を張って教える。
「うんうん、それをちゃんと覚えていることが偉いんだよ、静静!」
宇は静の頭をグリグリ撫でながらさらに褒める。忠告しても聞き流して即忘れる輩は、それなりに多いのだから。
以前の静は苑州の田舎という狭い世界から出たことがない故の物知らずであっただけで、実は理解力はそれなりにある方だ。それが短い間に怒涛の経験をしたことで、思考と推測の実地訓練ができており、白百合の看板に気付いたように注意力も磨けた。それに後宮生活を経た静の立ち振る舞いが以前よりも品があるように見えるのは、後宮で位の高い女性たちを見て覚えたからであろう。
加えて里の年寄りのように偏った思想教育ではなく、ちゃんとまともな教育を施してくれた楊には宇も感謝している。
――はぁ~、静静を後宮入りさせた人はよくやった!
なんにせよ、ちょうど休憩するつもりであった宇たちは、茶店に入って腰を落ち着けて皆で喉を潤したところで、白百合の看板について飛が改めて説明した。
「つまり、賢妃がお墨付きを与えた店だという印を掛けさせて、自らの権威も示してみせるのがあの看板ってわけで」
「僕らが入った店には白百合を掲げてなかったから、ほとんど気にしていなかったなぁ」
説明を受けて宇がそう言って「ほう」と息を吐くと、飛はさらに言う。
「今、白百合を掲げている店は、前はどこも牡丹の花を掛けていたはずですぜ」
「それはそれは」
これを聞いた宇が面白そうな顔をするのを見た静が、お茶を舐めるように飲みながら首を捻る。
「牡丹って、どんな花だっけ?」
「静静はたぶん百花宮で見たことがあるんじゃないかな。とにかく派手な花だよ」
考え込む静に宇が教えた。きっと花の宴のために多くの牡丹が美しく整えられていたに違いない。それに牡丹とは前世でも「百花の王」と言われていたくらいであるから、どのような女性が印に使いそうかくらい、宇にも想像がつく。
「ひょっとして牡丹って、前は皇太后の花だったとか?」
「さすが、察しの良いことで」
この宇の推測は当たったようで、飛がニヤリとした。
「今、牡丹の印は皇后陛下が引き継いで使われていますがね。にしてもだ、まるで絵合わせ遊戯のように次々と露骨に変えてまあ」
白百合の看板の多さをいささか呆れたらしい飛に、宇は「ふぅん」と口を尖らせる。
「落ち目の相手から逃げるのは、生存戦略ではあるだろうけれどさ。乗り換えが早い商人っていうのは、信用度としてはどうなんだろうね?」
お墨付きをもらうのは、そのお墨付きをくれた相手の転落に付き合う覚悟というか、それを防ぐ才覚を求められるものであろうに。良い思いをしたならば、悪い思いも同様に受け入れるのが筋なのだ。逃げるのも一つの手であるとはいえ、宇は好きになれない。
軽く毒を吐く宇に、飛が苦笑した。
「白百合を掲げるのは、中堅どころの店だ。大店ならば春先の騒ぎは多少痛かろうが、逃げるなんてしねぇし、第一出来ねぇさ」
飛の言葉に、宇は首を傾げて考える。
「大きな契約を持っている大店は、それだけ縛りも強かったってことだね。で、白百合に逃げているのは軽い商売しかしていなかった店か」
「そういうことで」
宇が導き出した応えに、飛も同意する。




