703話 一方こちらは
服に匂いを付けるための仕事でしくじったとなると、まず疑うのは鼻であろう。真っ先に思いつくのは、風邪を拗らせて鼻が悪くなった可能性だ。徐州は佳にいる潘公主が同じように風邪をこじらせて、味覚障害と臭覚障害を発症していたのだったか。だが風邪を引いたのなら、この場合だとそれで鼻が悪くなったのだと周囲も気付きそうではある。
「その人は普段鼻をすすったり、鼻声だったりする?」
「いや、そんなことはないかな」
雨妹が聞けば、野猫は即答する。鼻詰まりではなさそうだとなると、風邪の後遺症での鼻炎や副鼻腔炎の可能性は薄いかもしれない。
それから色々考えてみる雨妹には様々な可能性が浮上して、けれどそのどれもが決定打に欠けている。なにしろ情報が少な過ぎるのだ。
「なにか他に気付いたことは?」
雨妹がさらに聞けば、野猫も「う~ん」と考え込む。
「なにかって、そうだなぁ……なんかいつも怖い顔をしているし、すごい思い詰めているし。それで態度が悪いって思われて、余計に他の連中から仲間外れにされているんだ」
「ふんふん、怖い顔ねぇ」
野猫からの情報を基にして、雨妹が鼻詰まりではない鼻の症状について、思考を深めかけたその時。
「雨妹! ちょっとこっちを手伝って!」
班長からお呼びがかかったので、話はここで中断となる。ちょっと野猫とのおしゃべりが長すぎたようだ。
「行かなきゃ。最後まで話を聞けなくてごめんね」
「ん~ん、邪魔して悪かったな!」
申し訳ない顔をする雨妹に、野猫は首を横に振ってにぱっとする。けれど雨妹としても半端に話を聞いてしまったので、ここで知らぬふりができなくなったのも確かだ。
「ねぇ野猫、その人を今度医局の陳先生のところに連れて来られる? 原因がわかるかもしれないから」
「本当か!?」
雨妹がそう言ってやると、野猫がパアッと表情を明るくする。事前に要確認であるものの、あの勉強家な陳であれば、きっと風邪以外での嗅覚障害についてもわかると思うのだ。
「いつ連れてくるかを前もって知らせてくれると、私もその日に医局にいることにするから」
「わかった、ありがとうな!」
雨妹の話に大きく頷いた野猫は礼と共に大きく手を振ると、抱えた籠をゆらゆらとさせながら、跳ねるように洗濯をする井戸に向かって駆けていく。
「雨妹~?」
「はぁい、今行きます!」
雨妹も再度呼ばれて、急いで作業に合流するのだった。
***
雨妹が掃除係たちと共に皇后宮の酒宴部屋改造に勤しんでいる時。
こちら、都に滞在中の何家の双子はどうしているかというと、お祭り前で賑わう外城を歩いていた。
「宇、次はどこに行くの?」
静から尋ねられた宇は、互いにはぐれて迷子にならないようにと手を繋いでご機嫌である。
――今日の静静は大層可愛い!
いや、静が可愛いのはこの世の真理なのだけれど、今日の静は小奇麗な格好をしているため、その可愛さが倍増どころではない。ちなみに静の衣装選びは宇自らがしており、宇の格好とお揃いになるように選定されている。
「う~ん、次に行く前に休憩! おっさんの顔ばっかり見飽きたよ」
そんな内心はまるっと隠して、宇は「やれやれ」という顔でそうぼやく。
「たしかに、おっさん? にたくさん会ったねぇ」
「しかも、こっちを舐めてかかっている顔のおっさんな」
静も「うんうん」とするのに、双子の後ろからついて来ている飛が茶々を入れた。
「でもそのおっさんに宇が勝ったんだから、宇は凄いってことだよね!」
「ふふん、静静もっと言って!」
静に持ち上げられて、宇の機嫌がギュインと上昇する。この場に毛露がいれば「おっさんという言葉を使ってはいけません!」と注意されたのだろうが、生憎と彼女は一緒にいない。理由あって苑州に戻る大偉に同行しているからだ。




