700話 月餅祭りが終われば
その夜の中秋節の賑わいは、昨年とはまた違った賑わいであった。
花の宴以来、取り締まりであったり大がかりな引っ越しであったりで、落ち着かない日々であった百花宮も、そろそろ皆新たな後宮に慣れてきているように見受けられる。雨妹は昨年の時点で交流がなかった宮女とも食堂を共にするようになったので、その夜は彼女たちも交えての大月餅祭りとなった。
「さぁさ、見ておくれよ!」
「なによそれ!?」
雨妹が美娜と一緒に作った巨大月餅もお披露目となり、宮女たちから歓声と爆笑が上がる。実に卓一つをまるっと占領する大きさであった。
「その大きさをどうやって焼いたのだか」
丁度こちらも月餅を持って顔を見せていた立彬が、その大きさに呆れている。
「へへっ、すごく大きいのを作って見たかったんです!」
そんな立彬に雨妹はそう語った。
ところで雨妹は「宦官・杜」の姿をここしばらく見ていないし、この月餅祭りの会場にもいない。その理由を、おそらく父の顔に髭が必要だからではないかと睨んでいたりする。東国に襲われてからこちら、力が落ちていると諸侯やら諸外国に思われないために、直に顔を見せる場面が多いのだろう。
――皇帝死亡説なんて出されたくないもんね。
けれどその杜からの月餅の差し入れを、楊が持ってきていた。ほろ苦さ混じりの餡が詰まった月餅は、甘さが際立つ月餅とは違った味わいだ。
「五仁の月餅っぽいけどなぁ」
雨妹は味わいながらそう分析する。五仁とは五種類の木の実を入れたものなのだが、おそらく木の実を深煎りしているのだろう。ほろ苦さと甘い餡子が合わさって、かなり大人の味であった。こんな一般的な味とは違ったものを用意するのが、さり気ないお洒落さである。
この特別に美味しい月餅は、雨妹が食べているのを発見した宮女に「食べたい!」とおねだりされた末に争奪戦になったのは、言うまでもない。
そんな楽しい月餅祭りから明けて、翌朝。
「さぁさ、菊祭りまで間がないよ、キリキリやりな!」
雨妹たち掃除係が班長の号令で動いて作業しているのは、なんと皇后宮であった。
これには訳があり、雨妹が皇后宮の酒宴部屋を一室片付けてみせたのだが、あの後他の酒宴部屋も片付けてほしいという追加依頼が来たのだ。あの作業が呉からかなりの高評価を貰い、さらに皇后も好ましく思っているとのことである。皇后が本当は酒好きじゃないのであれば、酒宴部屋もあまり見たくないのかもしれない。
一方で、皇后宮での酒宴を楽しみにしていた妃嬪も一定数いた。皇后宮の誇りをかけて集められた珍しい酒とつまみに出てくる珍味は、酒好きにはたまらないものだったという。それらの人脈は無視できないものであるため、今後も酒宴を回数は減らして開催するらしい。
――まあ開催者だからって、皇后陛下が飲酒する必要はないものね。
そこで、たくさんあった酒宴部屋を一部残して、他は別の用途に使いたいと、雨妹に再度片付け依頼が来たのだ。けれどさすがに雨妹一人の手に負える仕事ではないので、掃除係が大勢出動することとなったということだ。以前雨妹が皇后宮に入った時に発生していた、宮の外部の人員を入れることについての不満は、あの後のゴタゴタに紛れてどうでもよくなったらしい。というか、人手不足でそんな贅沢を言っていられない状況なのだ。
そんな皇后宮の人手不足問題であるが、楊が言うにはぼちぼち女官や宮女の皇后宮行きが為されているようであり、少しずつ解消していくことだろう。
人員が動くことになった理由の大部分は、馬とその取り巻きがいなくなったことであると聞く。皇后自身が宮にいる者を虐めるとかいうことは特に聞かなかったので、馬たちが異動を躊躇させる大きな要因であったのだ。
――人間関係ってそんなものだよね。
働き手にとっては会うことなんて滅多にない怖い雲の上な人よりも、優しい身近な上司が大事なのである。




