699話 陳の懸念、雨妹の妄想
「うむ、薬はなぁ……出さぬ方が良いだろうな。皇后陛下はなんというか、頑丈なお人だよ。頂点に立とうというのであれば、ああでなければならぬということか」
陳が言葉を選ぶようにしてそう述べた。
――頑丈かぁ、確かにね。
雨妹はその言葉が、後宮にいる大多数の妃嬪とは重ならないように思える。だがあの皇后宮強襲時の皇后が、想像以上に動けていたことに驚いたのも事実である。それに薬については思い返せば、あの時皇后から「薬は飲まない」ときっぱりと言われたのであったか。それは単なる薬嫌いとも受け取れるのだが、今の陳の様子はそういうわけではないように思えた。
「もしや、皇后陛下は薬の効きが悪い体質だったりするのですか?」
「そうとも言える」
陳は雨妹の疑問を肯定しているようで、否定しているようでもあるが、これに雨妹はピンと来るものがあった。華流ドラマでもたまに出てきたアレだ。
――ひょっとして身体を毒に慣らしているとか、そういうこと!?
それが現実として行われていたとしたら驚愕である。雨妹としてはその考え方を猛然と否定したいし、仮に「私は毒への耐性がついた」という人が稀にいるとすれば、その人が人並み外れて免疫力が高い素質を持っていたのだと言いたい。
その「毒慣らし」に失敗した場合、この医療体制が整っていない国では高確率で死んでしまうだろうから、成功例しか世に残らずにそのような珍妙な誤解が存在してしまうのだ。これを先導したのは、あの元皇太后なのだろうけれども。
――皇太后陛下って、なにをしたかったの?
雨妹がこれでふと脳裏に浮かぶのは、前世で聞いたことがあるオカルト昔話の類にある「体液が毒になる」とかいう説である。皇后はひょっとして、それを目的に実験されたのだろうか? そしてその実験は、果たして皇后一人に為されたものだったのだろうか? いや、実験というのはたくさん数をこなして結果を導き出すものであるため、多くの犠牲の上に成り立つ「毒慣らし」であったと考えるのが普通である。
皇太后はその「毒慣らし」で、己の権威欲の敵になりそうな皇子を殺そうと思ったのだろうか? ひょっとしたら、あの父のことも。けれど一方で皇后は皇子を産んでいるため、そこがわからなくなるのだけれど。
――案外深く考えない、行き当たりばったりな人だったのかもね。
きっと未来の歴史家が筋道を立てて歴史の流れを研究しようとする時、そういう人が登場した時代になると「なんで急にこうなった?」と頭を悩ませるのだろう。
まあこれも全て雨妹の妄想なのだけれども。皇后が毒に対応できる免疫力を手に入れた代わりに、薬も毒であると身体が判断して排除してしまうというのは、論としてはあり得そうに思えた。そしてかつての皇后が決して皇太后より前に出ようとせずにひっそりとした存在であった理由も、そこにあったのだろうか?
――う~む、怖寒くなってきた。
雨妹は後宮のドロドロ話は大好物だが、だからってドロドロ話が怖くないわけではない。この気持ちは怖いもの見たさというものである。
「陳先生、温かいお茶を飲みませんか?」
「お~、なら月餅を食いたいな」
雨妹の提案に陳も乗ってきたので、葉っぱを仕分ける作業を止めて休憩することにした。
「じゃ~ん!」
竈でお湯を沸かす間に、雨妹は持って来た月餅をお披露目する。
「また大きいのを作ったな」
両手で抱える大きさの月餅を見て陳が目を見張るのに、雨妹は「ふふん」と笑う。
「これは小さい方ですよ。美娜さんと月餅をどれだけ大きくできるかに挑みましたからね! 巨大月餅は今冷まされているところです」
「ははぁ、そりゃあ豪気なことだ」
雨妹の自慢に、陳が可笑しそうにしている。
月餅は前世では手のひらに収まる小ぶりな大きさがよく見られたものの、大きく作って家族で分け合うというのがこの国でのよくある食べ方である。つまり前世のクリスマスケーキに近い食べ物なのだ。昨年の中秋節では、雨妹はそれまでの生活で月餅を作って囲む家族がおらず、辺境という閉鎖的な里では余所者を家族の行事に温かく迎え入れることもなかったので、「大勢で月餅を囲んで食べる」という初体験だけで胸一杯だったのだが、今年は遊び心を持つ余裕ができていた。
「けどまあ、月を愛でるには程遠い時間ですけどね」
「いいってことよ、ちぃっと早いお月様の迎え月餅だ」
雨妹が月餅を切り分けるのに、陳までそんなことを言うのだから、お月様は呆れているかもしれない。




