697話 モヤモヤは吹き飛ぶ
「そうか、お膳立てのつもりだったのか」
雨妹の口からそんな呟きが漏れる。
前世の世界の英雄と呼ばれる歴史上の人たちは、個人の力が強かったから英雄になれたのは確かであったが、そんな個人の力量以上に、環境的な事情もまたあるのだという話を、雨妹は華流ドラマオタクを極める途中でチラ見したことがある。例えば敵国が飢饉でそもそも国民の力がなかったり、逆に自国で気候がいい時代が長く続いて騎馬が屈強であったりとかだ。
それを踏まえて考えれば、長く平和な治世であった先代皇帝の影を払拭するには、圧倒的な存在感を持つ英雄が必要になる。燕家は勃発した内乱を利用して、新たに皇帝となる者を英雄とするべく演出するつもりだったのだ。
――キングメーカーってやつか。
けれど父はそんな演出なんて必要なく、勝手に無双して勝手に英雄になってしまった。燕家の下準備は、恩を売る隙を無くす手助けをしてしまったのだ。かといって外道なことをしている燕家側が「あの工作をしたのは燕家だ」と堂々と言えるはずもない。父が表舞台に登場してから内乱が終息するまでが案外短期間であったのは、そうした事情があったのだ。
「皇帝陛下が燕家のお膳立てに乗っていれば、燕家はあの皇太后陛下じゃなくて、皇帝陛下につくはずだったとか」
雨妹のこの考えに、宇が「そうじゃないのぉ?」と同意する。
「陛下には若くても、上手く戦う素質が生来あったんだろうさ。そして時は流れて今回、勝手に潰れた皇太后陛下が抱えていた道士たちは、どこに行ったんだろうね?」
「あ~、そういうこと……」
宇の問いかけているようでそれが答えであるような言い方に、雨妹も察する。元皇太后が抱えていた組織の吸収先なんて、皇帝しかないではないか。つまり燕家が予定していた権力構図と、現実が逆転してしまったのだ。
――父、巡り巡って独り勝ち!
それなら悔しさを抱えた燕家から妙な因縁をつけられないために、燕淑妃姉妹という防壁が父には必要だったという事情が理解できる。
「聞いているだけで疲れる話だね」
宮城の裏を垣間見たようで、月餅を摘まんだはずなのになんだかお腹が空いた気がする。
「そう? めっちゃ楽しくない?」
一方で宇はこういう考察が大好物なのか、すごく活力が溢れていた。
「坊ちゃん方、物騒な内緒話はその辺にしてくれや。仲間外れの静が拗ねているぞ?」
するとそこへ飛から声をかけられたので、見れば離れた席で静がプウッと頬を膨らませているではないか。
「宇は狡い、私も雨妹と話したいのにぃ!」
「静静、ごめんって」
そんな静の機嫌を取ろうと、宇が大慌てでそちらへ駆けていく。そんな双子を見ている雨妹の目の前に、揚げ饅頭がぬうっと割り込んできた。
「そこの屋台で、揚げたてだと」
それを差し出しているのは立勇である。
「ありがとうございます!」
雨妹は目を輝かせて、揚げたての揚げ饅頭を受け取る。
「あ~、雨妹が良いのを食べてる!」
すると静が雨妹の持っている揚げ饅頭を羨んだので、宇が買いに行った。月餅も散々食べたので、揚げ饅頭は宇と半分こするらしい。
思えばこの静も、屋台巡りができるくらいに食が太くなっているのが感慨深い。雨妹が出会ったばかりの頃に比べてふっくらして、女らしい丸みも徐々についてきている。きっと近い将来、伊貴妃のような美人になるに違いない。
そもそも、静と宇が都に寄るといち早く教えてくれたのは立勇、というか立彬であった。父への報告会の後の雨妹がすっきりしない顔のままだったのを心配したらしくて、今回の外出を手配してくれたのだ。
「それで、お前の悩みは解消できたのか?」
「はい、外出に誘っていただきありがとうございます!」
疲れる話ではあったのだが、胸の中でモヤモヤしていた違和感がスッキリできたので、雨妹の今の気分は晴れやかだった。やはり相談は大事である。
「これで今後、ご飯が美味しいっていうことに集中できます!」
「張雨妹はそうでないとな」
胸を張って宣言する雨妹の姿に、立勇が笑みを零す。
なんにせよ、これから百花宮や宮城がどのようになるかわからないけれど。美味しいものを美味しく食べられるのであれば、雨妹はいつだって十分に幸せなのである。
「あ~、揚げ饅頭が美味しいなぁ~♪」
揚げ饅頭にかぶりついた雨妹のそんな声は、秋の空に溶けていくのだった。




