696話 宇くんのドロドロ講座
「内乱の後始末で、燕家は道士の大半を奪われた形になったようだけれど。上手く『取るに足りない家』にまで家格を落としてみせて、世間の目から逃れたわけだ。燕家最大の人的財産である道士を手放して見せたんだから、世の人々は賠償として大金を払うよりも、よほど燕家が反省している印象を持ったんじゃないの?」
「ううむ」
雨妹は今の宇意見を懸命に考える。
この道士を戦力と置き換えれば、戦力である軍隊を解体して「もう戦争に関わりません」と宣言したようなものか。確かに賠償として大金を払うと言われても、庶民にはあまりピンと来ないけれど、戦力である軍隊級の集団である道士を手放したと言われれば、人々は金の話よりも身近な脅威が去ったような気になってくるかもしれない。
「戦力を失ったことをことさら宣伝すれば、手元に平和派っていう戦力が残っていることが些細な誤差になる。それに燕家はなんだかんだで、内乱時に諸侯から道士派遣代で相当荒稼ぎしたはずじゃない? 同時に賠償金も払ったにしても、懐がスッカラカンってことはないでしょ」
両手をひらひらさせて軽い調子で言う宇に、雨妹は背中に冷や汗をかいているのを感じる。我ながら実は自分たちは、かなり危うい話をこんな往来でしているのではないだろうか? いや、今となってはもう遅いのだが。
「つまりそれって、燕家が皇太后陛下を利用して、世論を操作したってこと?」
雨妹が一段と声をひそめて導き出した答えに、宇は「良く出来ました」というように笑みを浮かべて頷く。
「それに道士が奪われたっていうのはさぁ、すなわち敵の懐に戦力を忍び込ませたのと同意だよ。僕ならそんな本心が信用できない知識集団なんて、頼まれたって受け入れたくないね。なにを企まれるかわかったものじゃあない、突き返しているよ」
「んむむ……!」
宇目線での話に、雨妹はモヤモヤが晴れると同時に胃が重い気分になってくる。
「それともう一つ。燕家はどうして内乱であちらこちらの諸侯に、道士を貸していたんだと思う?」
するとそこへさらに追い打ちをかけるように、宇が話題を投入した。
「……戦力を平等に、とか?」
「またまた、善良な考え方だなぁ」
雨妹の意見に、宇が褒めているのか悪口なのかわかり辛いことを言う。
「僕はね、金を持ちすぎた諸侯たちに金を遣わせるためだと考えるかな。先代皇帝陛下の平和な御世で肥大し過ぎた諸侯らの力を、削ごうとしたんじゃないの? 戦ってとにかく金がかかるからね。戦で散財させられた諸侯らはいざ平和な世が再び来た時、財布は空っぽに近かっただろうさ」
財布の口をひっくり返して振って見せるような仕草をする宇を見て、雨妹はやっと思考が巡る。
「……けど宮城には、燕家からの賠償金が入っている?」
「そういうこと。それって元は諸侯たちから巻き上げた金じゃない? 燕家を通して、諸侯のお金が宮城に流れたわけだ。おかげで今の宮城には、金で無理難題を言ってくる諸侯がいなくなって、やりやすいだろうねぇ」
クックッと笑う宇の顔が、とても無邪気なのが逆に恐ろしい。
「……燕家、怖ぁ!?」
雨妹は身体をぶるりと震わせるが、逆に宇は楽しい考察ができたオタクの顔であった。
「見ようによっては、そう言えるってことだよ。その燕姉妹のように捉えていた人も、燕家の中には大勢いたと思うよ? っていうか、燕家はほとんどの諸侯とは価値観が違うんだろうな。天下取り争いには興味がないって感じがする」
「あれか、影の皇帝とか真の宮城とかいうの」
「若い子風に言えば『中二病』だよ、一族揃って」
雨妹が格好良い風に評したのに、宇の意見は辛辣だ。というか、元ヤクザの組長は「中二病」なる言葉を知っていたらしい。
「けどその価値観のおかげで長い歴史を紡げているんだし、金儲けに走った末に滅びかけている何家とは大違い!」
そう語って自虐ネタでケラケラと笑う宇だったが、ふいに笑いを納めて皮肉そうに目をニンマリとさせた。
「唯一の計算違いは、今の皇帝陛下が強すぎたことじゃないかなぁ? 燕家はひよっこ皇帝を助けて恩を売るつもりだっただろうに、自力で勝手に蹴散らしたものだから機会を失って、あの皇太后陛下との縁を捨てられなくなった」
宇のこの意見で、雨妹は燕女史との話の中で考えたことを思い出す。すなわち、何故父がああまで強かったかということだ。




