69話 作戦開始
早速この日から、潘公主の健康大作戦が始まった。
食べるようになると、潘公主の若さもあるのだろう、体重は徐々にだが、順調に戻っていく。
そして体重増加に伴い、運動もしてもらおうと思うのだが。
ここで、意外にも力になったのが立勇である。
体調管理面は雨妹がみるにしても、身体を動かす方法を指導してくれるというのだ。
――近衛だから、身体を動かす専門家みたいなものよね。
戦うことを生業としていると、怪我は付き物。
ゆえに治療明けで弱った足腰を、鍛え直すための方法があるのだという。
いわゆるリハビリである。
前世でもリハビリ運動には専門家の指導があったのだし、雨妹も人体の造りは詳しいが、運動となるとやや専門外である。
というわけで、現在立勇によって潘公主へ簡単な講義がされていた。
「いいですか? 弱った足腰に急激に負荷をかけてはいけません。
可能な範囲で動かし、できることを一つずつ増やしていくのです」
怪我明けの兵は、いきなり剣を振ったりはせず、まず身体が自在に動く感覚を取り戻すことから始める。
弱った筋肉に無理を強いても意味はなく、余計な怪我を増やすだけだと、繰り返し語っていた。
確かに骨折が治ってギブスがとれた直後の足など、自分の身体の一部とは思えないくらいに感覚がないものだ。
「このことを理解できず、結果として怪我が長引く兵は多いのですよ」
「……わかったわ、あなたの意見に従います」
立勇の説明に、潘公主は神妙に頷く。
こうして同意が得られたところで、身体つくり開始だ。
食べて体力が戻って来たとはいえ、元々がさほど運動量が多いとはいえない公主生活だったのだ。
当然、息切れするのが非常に速い。
しかし立勇とてそのくらいわかっていて、数歩進んではゼイゼイと荒い呼吸をしている潘公主の様子を見ても、嫌な顔をすることもない。
――まあ、後宮にはもっと酷い人がいるもんねぇ。
例えば、自分は一歩も動くことなく、移動はほんのちょっとの距離でも輿に乗ってが常であるとか。
前世で「近くのコンビニに行くのにも車で」というレベルではない。
目の前に見えている十数歩の距離の場所でも輿で行くのだ。
雨妹が宴の席で見たときは「マジでか!?」と思ったものである。
それに比べれば、潘公主はこうして努力しているだけ偉いだろう。
けれど――
「わたくし、やっぱり駄目な人間ね……」
ある日、潘公主が自らの運動の成果に気落ちしていた。
雨妹としては昨日よりも歩く歩数が増えているし、順調だと考えているのだが。
それに別に前世のアスリートみたいに重要な大会が迫っているわけでもないので、自分の配分でやればいい。
なので、潘公主気落ちする理由なんてないのだ。
「潘公主、身体作りというのは一朝一夕で為せるものではありません。
長い視点で考えるものなのですよ」
雨妹がそう説くと。
「いいのよ、本当の事を言っても。
わたくしが駄目だから、自分の身体の管理一つできないんだって」
だが潘公主がそう言って俯き、目元を拭う。
実のところ、こうした潘公主の態度は、今に始まったことではない。
健康大作戦を始めた当初から、こうした愚痴めいた事を漏らしている。
やることはやっているので、計画としては順調なのだが。
――なぁんか、自己肯定感が低いなぁ。
そしてこういうことを言う人は、雨妹の経験からしてダイエットでドツボにハマるのである。
前世でのダイエット診療に来る患者に、多く見られる特徴でもあった。
けれど身体の管理なんて、ほとんどの人が出来たりしないもの。
もし皆が皆自己管理が完璧であれば、そもそも医者なんて必要ないのだから。
だがこの事実を認識することなく、「自分が駄目だからできないんだ」と考える人が、ダイエット診療には多かった。
その原因は得てして、幼少期からの周囲の声かけにあることが多いのだが。
潘公主は母親の立場に守られ、ぽっちゃり体型だって気にしないで育ったとは言うものの、やはり影でコソコソされては意識するというもの。
逆に「自分は気にしない」という態度を取り繕うことで、心の内に暗いものが溜まってしまったのかもしれない。
――これは、どうしたもんかなぁ。
雨妹がかけるべき言葉を考えていると、ふいに後ろで見守っていた立勇が進み出てきた。




