694話 話は終われども
―――頭が良い人が考えた内乱の攻略法を、この人がぶち壊したみたいなものだもんね。
雨妹は父と燕家の関係を、そのように想像する。
燕家がなにかを企んでいたのはほぼ確定として、その企みを田舎からぽっと出てきた芋臭い若者がことごとく台無しにしてしまえば、仕掛けた方が腹を立てるのもわかる。頭が良い人が「それを何故できたのか」と問うて「勘だ」とでも返ってきたら、ブチ切れて暴れたくなる案件だ。そして父はそういう勘というか、危険を嗅ぎ分ける臭覚みたいなものが人よりも発達しているようにも思える。だからこそ内乱を生き抜けたのであろう。
雨妹がどちらの立場も考えて「う~ん」と唸っていると。
「なんにせよ、朕は約束を守る。燕姉妹が結果に満足であるならばそれで良い。燕家をうまく躱すには、やはり燕淑妃が必要なのだ」
父がやはりすっかり冷めたであろうお茶で喉を潤してから、そう言う。
「そなたと陳には、なにか褒美を与えねばな。なにを望む?」
父から改めて聞かれた雨妹は、一瞬考える。
「褒美……家に置く家具などが嬉しいです」
ここで「いらない」と言う方が不敬であるだろうから、雨妹はそう述べた。美味しい物という選択肢もあったが、食べ物で皇帝からの褒美を使うには、大量の食糧を贈られることになるからだ。さすがにそれは保存の面でよろしくない。
その点家具であれば、今の家から引っ越しても使えるわけで、長い目で見れば得であろう。それにここで、これもまた言い添えておかねばならない。
「それと陳先生を、どうかすごく褒めてあげてください。陳先生のお人柄がなければ、皇后陛下も燕女史も治療に納得しなかったと思うのです」
陳のことは「それが仕事だろう」と誰かが言いそうな気がするのだ。けれどアレは明らかに業務を超過した仕事だった。
「ふむ、違いない」
雨妹の意見に、父が大きく頷く。
「あ! でも直接会って褒めるのは避けてあげてください、陳先生の胃に穴が開いちゃいます!」
「はっは、わかったわかった」
雨妹が慌てて言葉を追加したのに、父が笑う。
こうして父との話が済んだ雨妹は、部屋に戻って来た王美人とも少しだけ他愛ない話をしてから、屋敷を出たのだが。
「話は終わったか?」
なんと立彬が門の外にいた。
「立彬様、ひょっとしてずっと待っていたのですか?」
「……まあな」
驚く雨妹に、立彬がフイッと目をそらしてから頷く。もしかして、これ以上話がややこしくならないか、心配していたのかもしれない。
「この度の色々は、ひとまず幕引きです。めでたしめでたしですよ!」
カラッと笑顔で言う雨妹に、しかし立彬が眉をひそめる。
「その割に、すっきりとしない顔をしているが?」
さすが、なんだかんだで雨妹との付き合いがそれなりな立彬である。雨妹の未解決なモヤモヤを見抜いたらしい。
「私がすっきりしたかどうかは、なにも関係ありませんから。その内にどうでも良くなるでしょう」
雨妹はそう言って誤魔化すと、門に預けておいた三輪車を受け取りに行くと、そのまま立彬に送られて帰っていく。
その後、陳には皇帝から直筆のお褒めの言葉が書かれた掛け軸と、珍しい薬の素材とが渡された。掛け軸は代々語り継げる代物であり、会って労われるよりも嬉しいかもしれない。
皇后宮の騒動からしばらく経ち、気が付けば中秋節が近付いている頃となっていた。
外城では中秋節に向けて様々な露店で月餅が売られており、そんな露店巡りをしている目立つ容姿の双子がいる。
「宇、すごいね、月餅がこんなにある!」
「都は月餅もお洒落だねぇ」
そんな会話をしているのは、何家の宇と静である。
「ねぇ飛、綺麗なお花があちらこちらで飾られているのはなんで?」
「菊祭りがあるからさぁ。百花宮の祭りだが、外でもそれにあやかるんだ」
菊の花飾りが商店の玄関先にあるのを、静が不思議そうにしているのに、双子の引率役である飛が、周囲に目を配りながらもそう教えている。
「宇くん、静静、そろそろ座りなよ~!」
そんな双子と飛を店先にある長椅子に腰かけて眺めていた雨妹は、手招きして呼び寄せる。その雨妹の背後には、外出付き添いの立勇がいる。
本日は佳に滞在していた何姉弟が苑州に帰る前に都に立ち寄るというので、雨妹はお遣いついでに会いに出てきたのだ。立ち寄るといっても、双子は菊祭りまで滞在するそうだが。せっかくだから、中秋節と菊祭りという冬前の都の華やぎを経験させてやろうということらしい。
ちなみに、双子の保護者である大偉は都入りしていない。佳で合流したダジャルファードの同郷の者らを連れて、一足先に苑州入りするそうで、雨妹にとっては安心材料である。




