693話 宿題の答え合わせ
「何故さようなことをするのか?」
父からさらに問われ、雨妹は続きを語る。
「燕淑妃から伺いましたが、あの方は自らを陛下に売り込んだとか。なんという胆力かと感心しましたが、そのことを燕女史は知らなかった様子。ですから後宮行きとなったこともまた、燕家の長老の企ての一つであると思い込んだことでしょう」
燕女史は「長老の情婦」というのは「お前の悪評を広めるぞ」という脅しであり、後宮行きこそが燕家長老が真に企てたことだと考えた。実際、長老たちは燕家姉妹の後宮行きも燕家のために利用しようと、あれやこれやと注文をつけてきたに違いない。燕女史は己が懸命に務めて結果を出さなければ、里に残された家族に、ひいては淑妃となる妹に害となるのではと怯えたことだろう。
「燕女史の問題に妹を巻き込み、故郷から引きはがした罪悪を抱いたのではないでしょうか? だからこそ燕女史は家族を、妹を何者にも害されない価値を得ようと必死だった」
巻き込んだ責任を感じて、妹の安全をなによりも優先したとしても不思議ではない。燕女史がああまで自己犠牲に走るのは、性格なのか教育なのかはわからないが、それを燕家に利用されたと考えるのは自然なことだ。
「しかし、後宮の勢力図は大きく変わりました。燕家はどのように動くか、様々な諸侯たちの勢力を天秤にかけている最中なのではないでしょうか?」
それを燕女史は燕家の隙だと考え、燕家の呪縛から愛する妹を解き放ってあげたいと願う。そのためには、もう燕女史には利用価値が残っていないことを明らかにし、身を引いて隠居するのが一番良い方法だと考えた。
そしてずっと姉の影に隠れるような存在にしてしまっていた燕淑妃を、本当の意味で淑妃として表舞台に立たせてやりたい。
燕女史はそう決意すると同時に、ここのところの姉のために奮闘する燕淑妃を見て、内気な妹はもう立派に一人でやっていけるのだと感じたのだろう。妹の保護者のつもりだった己の思い上がりに気付き、早く身を引くのが妹のためだと思い込んでしまった。
「物語の最初でそもそも互いに思い違いをしたままに、姉妹それぞれが己の決めた役割を演じ続けた。けれど演じる必要がなくなった時、互いに己の本心が迷子になってしまっていた。それが真相なのではないかというのが、私の考察です」
雨妹は長々と喋ったのと緊張したのとで乾いた喉を、王美人が淹れてくれたが若干冷めてしまったお茶で潤す。すると、父がパン! と手で膝を打った。
「うむ、実に興味深くまとめられた考えであった。その考えが正しいかどうか、敢えてこの場では語らぬ。だが燕家の年寄り共がいけ好かないという視点を混ぜ込んでおるので、朕の好みな説だな」
父が満足そうに顎を撫でているので、雨妹の宿題考察はどうやら合格のようだ。それに父は否定の言葉を出さなかったので、言外に「正解だ」と言われているようなものである。
「これも全ては燕淑妃姉妹の主観による話に基づく考察でしかないので、また別の意見はありそうですけれど」
雨妹は一応そう言い添えておく。
内乱も、内乱の後始末も、関わった人たちの数だけ真実があるのだろう。その数多の数の真実を背負うのが、内乱に勝って皇帝の座を得た父であるのだけれども。雨妹がそう思ってまぶしい思いで父を見ていると、その父は目を細めて告げる。
「燕姉妹は実によく動いてくれている。朕が皇太后を意識して動けない状況では、主従が信頼し合っていなければ、後宮の手綱を握るなど不可能であったろう。愛情深い姉妹なのだ。それにな、燕家の年寄り共は朕が憎らしくて仕方がないのよ」
父が最後に言ったことに、雨妹は首を捻る。
「それは、内乱でおいしいところを持っていかれたからですか? それとも、理解不能な生き物への嫌悪感とか?」
「そなたも言うものよな」
思わず好奇心のままの問いを発してしまった雨妹に、父が笑う。
「あの家は朕に進みやすい道を行かせるのが歯がゆくて、どうあっても邪魔をしてやろうと嫌がらせをしてくる。それでいて味方面をするという、複雑怪奇な連中だ」
父はそう言って「ふん」と鼻を鳴らす。




