687話 燕女史の症状
際立つ美人である燕淑妃であればどんな耳飾りであっても似合うのだけれど、硬質で静かな印象の燕女史にもまた似合う。耳飾りの意匠が華やか過ぎないのも、両者に上手く調和している理由なのかもしれない。それに左右で色違いなのも、最初からそういう品だったと言われても違和感がない。
「素敵です、お似合いです!」
雨妹は両手を握りこぶしにして力説して、男二人も大いに頷く。
「いい仕事をさせていただきましたわ」
文芳も自身の仕事を誇らしそうに眺めている。
「あなた方二人で共に、この耳飾りが似合う姿であってほしいものです。末永く、わたくしの友として」
それは「わたくし」という、文ではなく伊貴妃として告げられたものだった。その微妙な表現の違いに、立彬は文芳への違和感をより強くしたようだが、触れずにいた方が良いと飲み込むようだ。
「……本当に、ありがとう」
この文芳の言葉に、微笑んだ燕淑妃は先程とは違って幸せな涙を零した。
「なんという、もったいないお言葉でしょう」
そして燕女史は妹とお揃いの耳飾りを指先で撫でてから、決意をした顔になって陳の前へと進み出る。
「陳先生、こんなわたくしでもまだ望まれるという、その温もりに気付くのが遅すぎたわたくしですが――ぜひ、あなたに診てもらいたく思います」
「姐姐!」
とうとうその言葉が燕女史の口から出たことに、燕淑妃が喜びの声を上げた。そして言われた陳は、ニコリと笑みを返す。
「もちろん診ますとも、それが医者の仕事ですから」
「どうか、よろしくお願いします」
燕女史が陳に礼の姿勢を取る姿を見て、雨妹はホッと安堵する。
――はぁ~、やっとここまで来たよ!
ずいぶんと大きく回り道をしたものの、これでようやく頼まれた仕事が遂行できるのだ。元宮妓の許子の診察でも陳に診てもらうまでかなり手間暇がかかったのだが、今回はそれ以上であったように思う。なにしろ間に皇后の問題が挟まってしまったのだから。
けれど今日は色々とあったので、燕女史の診察はまた後日改めてということにもできたのだが。
「ではさあ、どうぞ!」
燕淑妃から急かされ、このまま早速別室にて診察にとりかかる流れになった。主を始めとした燕淑妃宮の人たちは「燕女史にまだ逃げられるかもしれない」という疑いを払拭できないのか、気が変った今を逃したくないらしい。
というわけで、陳の別室での診察に雨妹のみが助手として立ち合い、立彬が扉前を守る体勢である。なにしろ診察する箇所が甲状腺であり、多少首元を露わにしてもらう必要があるため、同じ宮の仲間とはいえ燕女史も見られたくないだろうという配慮だ。
「あまり見目良い姿ではないのだが」
燕女史は陳と雨妹のみである室内で、そう前置きしてから首元を隠すようにしていた襟巻きを解き、出来る限り首元を露わにした。こうして見ると、やはり喉にある腫れが目立つ、というか以前に見た時よりも悪化している気がする。
「ご自身でなにか対処をしていましたか?」
「……なにも」
陳がまずそう聞くのに、燕女史は言い辛そうに答えた。
――なるほど、薬を自力で用意してのコレではないのか。
薬を飲んでなお今の状態であるのなら陳も難しいところであったかもしれないが、それならば期待が持てるだろう。けれどそれはそれとして、治療の手立てを自分で持っておきながら、放置していたのは問題である。
「この腫れでは、食物の嚥下に影響が出るのは当然として、相当お辛かったでしょうに。我慢を美徳だとは、医者として到底言えませんな」
「なにも言い返せぬ」
陳からちくりとお説教されたのに、燕女史はしゅんと俯く。
「燕女史、優秀な道士であるお人であるならば、ご自分がどのような身体であるのかわかっていたでしょうに。何故自らを楽にしなかったのですか?」
そして陳がついに堪えきれずに問いかけた。確かに「医者の不養生」という言葉もあるものの、これはちょっと楽観視し過ぎであろう。害が出ているのに放置するのは、苦しみを楽しむ特殊な性格なのかと疑ってしまいそうになる。
この陳からの純粋な疑問に、燕女史がばつが悪そうに俯く。




