686話 依頼の品
「さあ燕淑妃、ご覧くださいませ。こちらがご依頼の品でございます」
そんな雨妹の内心を全く察することもしない文芳は、そう言って燕淑妃の目の前まで近付くと、ズイッと両手に持っていた包みを押し付けるように差し出す。
「……ええ、見せていただくわ」
文芳の手からそれを受け取った燕淑妃は、側にある卓の上に置くと緊張した動きで包みを開ける。中から現れたのは、艶のある黒い漆塗りの上品な小箱が二つであった。さらにその箱の蓋が開けられようとするのを、雨妹と一緒に陳もよく見ようとして思わず首を伸ばし、立彬はさすがにそんなはしたない真似をせずに姿勢よく立っているものの、視線は包みが置かれた卓の方を見ている。
その箱の蓋が両方とも開くと、中にはどちらも絹布が敷き詰められており、その上にどちらもしずく型の耳飾りが置かれていた。一つは鮮やかな緋色の石、もう一つは深い紺色の石だ。それぞれが同じ意匠の耳飾りとなっている。
「わぁ……!」
「ほう」
「これは素晴らしい」
耳飾りの石の艶やかさ、細工の細やかさに、雨妹と陳が同時にため息を吐き、こうした装飾品を見慣れているであろう立彬も感心していた。
「まあ、まあ!」
「なんと美しい」
燕淑妃は耳飾りの出来栄えに感激して言葉が出ないようであり、燕女史も目を細めて耳飾りに見入っている。
「ありがとう文、では……」
作ってくれた文芳に礼を述べた燕淑妃は、さっそくそれぞれの箱から耳飾りの片方だけを取り上げ、それを交換して箱に仕舞う。これで緋色と紺色とで片方ずつ色違いの耳飾りが、二揃いできたわけだ。その二揃いのうちの一つの箱を、燕淑妃が燕女史に差し出す。
「姐姐、これをあなたに受け取ってほしいの」
「なんと、一つはわたくしの物なのか? それにしても、不思議なことをしたものだ」
一つが自分の物だと知った燕女史が驚き、さらに何故中身を片方交換したのかと首を捻った。それに、燕淑妃が「ふふっ」と笑みを零して答える。
「どこかでは、親密な者同士で揃いの装飾品を分け合う風習があるのですって。わたくし、姐姐とどうしてもそれがしたくて、文に依頼したの」
「緋色は燕淑妃、紺色は燕女史を想像して選んだ石です」
燕淑妃の説明に、文芳がそう付け加える。その色選びは確かに、慣れれば意外と朗らかな燕淑妃と、静かで強い芯のある燕女史とで、姉妹によく合っているように雨妹も思う。
「ほぉう?」
ところがこの説明を聞いた立彬が、雨妹をジトリと見て「話の出所はお前だな?」という顔になった。その通りなのだが、雨妹としてはなにか良案を求められたのに答えただけなので、怪しい話発生器みたいな目は止めてほしいものである。そして同様に思い至ったらしい陳も「お前にそんなお洒落な知恵が出るのだな」という顔で驚くのはいかがなものか?
そんな雨妹たちの反応はともかくとして。
燕女史は差し出された箱を受け取り、愛おしそうに耳飾りを見つめていた。
「妹妹、未だなお、わたくしを慕ってくれるのか?」
「当然ではないの!」
燕女史の弱気な問いかけに、燕淑妃はがばりと抱き着く。
「これは、わたくしと姐姐はいつまでも一緒なのだという約束の証よ」
「ありがとう、我が最愛の妹妹よ。わたくしは、なんと物が見えていなかったことだろうか。まずは、身近な存在の幸せを願わなければならなかったのに……」
燕淑妃からの言葉に、燕女史が涙をこらえるように目を閉じる。
「いいのよ、それはもう。ねえ姐姐、耳飾りをつけてみせてちょうだいな」
すると燕淑妃が身を離し、燕女史の手にある箱から耳飾りを取り出し、耳元にかざした。
「かような耳飾り、かような状況では慣れぬのだが」
燕女史は恥ずかしそうにしながらも、言われるがままに耳飾りを受け取り、自身の耳に装着する。この耳飾りは前世で言うところのピアス型であり、後宮の高位の女性は着飾ることが仕事という面があるため、大抵の人には耳飾り用の穴が開いているのだ。
燕女史の横で、燕淑妃はもう一つの箱から耳飾りを取り出すと、自身も耳に装着している。
「これで、どうだろうか?」
「文、雨妹、どうかしら?」
お揃いの耳飾りをつけた燕女史を、燕淑妃が腕を取って振り向かせて雨妹たちに見せた。




