684話 話の終わり
その平和派の道士たちに密かに接触したのが、燕家の長老たちであった。
燕家の長老たちは内乱時やその戦後処理でも沈黙していたのが、ここへ来て燕家が終わってしまう危機を覚えたのかなんなのか、いよいよ重い腰を上げたのだ。
「『再び日の当たる場所に出たくはないか』と長老方に囁かれ、心を揺らす者が幾分か出てしまったのだ」
内乱で好き勝手して燕家の道士の名を汚した者らは宮城で華々しい暮らしをして、何故自分らがこのように忍び耐えなければならないのか? そのような不満が、特に若い道士たちの中で蔓延していた。年長者に諭されても耳を貸さない血気盛んな道士たちが、平和派を動かすために長老たちに唆したのが、燕女史という存在であった。
「『年寄りたちにずいぶんと可愛がられているので、人質にすれば言うことを聞く』と、誰かが言ったそうだよ。わたくしが到底飲めぬ程の酷い命令を出しておいて、撤回を求めるならば言うことを聞けというわけだ」
「なるほど、そういうことでしたか!」
ここで、燕淑妃の話に繋がっていくわけだ。雨妹にはなんとも不可思議であった燕家長老たちのやり口が、やっと理解できた。
――本気とはったりが混ざった命令だったのか。
下劣な内容である方が相手の心を折るには有効であるのだから、気分の悪い話であっても、やり口としては間違っていない。
「後の流れは、妹妹の話とおおむね同じだ」
燕女史がそう話を締めくくったが、つまり燕家の長老たちにとって、影響力が落ち目であった現状への起死回生の一手が、燕女史の存在だったということか。けれどそれも、妹の計略で逃げられたのだが。
「わたくしが妹妹について後宮に入ることは、天がくださった意味ある機会だと考えた。燕家と尊師方、両者を良き方向へ向かわせる道を探すのが、燕家道士としての己の使命であると。代わりに燕家から課される試練など、なんということもない――だがその苦難に、妹妹を巻き込みたくはなかった」
燕女史がそのように心の内を吐露すると、燕淑妃は止まらない涙をはらはらと流す。
「姐姐が、そのような苦しみを抱いていたなんて……」
「わたくしの苦しみなど、燕家の罪深さに傷付いた人々に比べれば、何程のことであろうか。燕家道士としての贖罪と救済、これらの事が上手く収まれば、余計な重荷であるわたくしは去った方が良いのだ」
燕淑妃の涙を拭いながら、燕女史がそう述べる。
「姐姐、そんな悲しいことを言わないで!」
「いいのだ、わたくしはこれで」
そうやって寄り添い合って互いを慰めようとする姉妹に、しかし雨妹はずばりと告げた。
「とても壮大なお話を聞かせていただきましたけれど。つまりあなた方姉妹は互いのことが大好きでたまらない、という結論でよろしかったでしょうか?」
「「はい?」」
雨妹がそう言うと、燕姉妹はそれぞれポカンと呆け顔になる。
「雨妹よ、内容をずいぶんと簡略にし過ぎではないか?」
立彬が突っ込んでくるが、雨妹だってそれはわかっているけれど、敢えて言っているのだ。
「だって今話し合っていたのは、そこだったじゃないですか」
そもそも雨妹は「話を聞こう」と促したものの、聞いた話になにかしら適切な助言を与えるとは約束していない。あくまで心の重荷を降ろさせるまでが、聞き手のお仕事である。
このような激重な話をされて、雨妹や陳のような一般人にはなんとも感想を言い様がないが、おかげで燕姉妹のすれ違いに気付けたではないか。
それに今の話は、あくまで「この姉妹の目に映った真実」であることを、忘れてはならない。
――っていうか、姉妹二人してだいぶ思い込みが強いよね。
燕淑妃も燕女史も、心に決めたら一直線であるのは共通していることだ。大きな話を背負わされて、小さな問題が些細なことに思えて放り出されていると言ってもいいかもしれない。
まず燕淑妃の行動だが、これは非常に利己的で危ういものだったけれど、だからこそ父の心を動かした側面があるに違いない。むしろ方々に気を使って失敗をしないように努める優等生のような人は、四夫人のような後宮の最上位集団には居座れないのではないだろうか? そういう優等生型は、むしろ四夫人を補助する側になるのが一番しっくりくるのだろう。燕女史がそうであるように。
逆に燕女史が淑妃になっていたならば、後宮という愛憎渦巻く場で矢面に立つのに、上手く出来ていただろうか? それに燕女史は「自分がやらなければ!」という思いが強すぎる。こういう大きな難問こそ、誰かと共に乗り越えるものであろうに。何故一人でなんとかしようとしていたのだろう?




