683話 拗れる燕家
「燕家にとって、平和の道に進むことはすなわち、戦争責任を受け入れることであったからな」
長い歴史を持つ燕家の誇りにかけて、「負け」という言葉は断じて受け入れられなかったそうだ。
このように戦乱の責任を押し付けようとする諸侯たちと、負けを受け入れろと言ってくる平和派の道士たちという、内外の敵に窮した燕家に救いの手を差し伸べたのが、元皇太后であった。
「皇太后陛下が燕家への罰として、追及の原因である道士たちを自分がもらい受けると仰せられたのだ」
燕家の道士たちは燕家から出て独立した集団となり、元皇太后の配下の扱いになる。燕家は責任を取って身を切った形となり、故に燕家を内乱責任の盾にしたかった諸侯たちは、それができなくなってしまった。
けれどこの元皇太后の話を受け入れることが、燕家内ですんなりと決まったわけではない。なにしろ燕家は家の断絶は免れるものの、力の根幹を元皇太后に奪われる形であるからだ。平和派の道士たちも「それではなにも変わらない、我々は世に反省の意を示すべきだ」と批難した。
しかし元皇太后は、燕家が決断できずにもたもたすることを許さなかった。
元皇太后が真っ先に潰しにかかったのが、平和派の道士たちである。彼らを不敬の罪で罰するお触れを出し、宮城への出仕を禁じると同時に、武力をもって修行の場も取り上げてしまい、表舞台からその存在を消してしまった。なんと宮城が元皇太后に忖度して、兵士を動かしたのだ。
「そんな勝手をされれば、軍の面子は丸潰れであろうに」
立彬がそう呟いて眉をひそめるのに、燕女史は頷く。
「いかにも、当然軍は宮城に物申したし、他家領地内でのこと故に、宮城からの干渉が過ぎるという周囲の意見もあった」
けれど元皇太后はそんな意見はどこ吹く風といった様子であり、宮城の方も色々な思惑が絡み合い、何事もすんなりと行かなかった。
このままでは最も避けねばならない御家断絶もあり得ると追い詰められ、ついに燕家は元皇太后の提案を受け入れたのだ。こうして燕家と元皇太后との立場が、以前と逆転してしまった。そしてこの事件で諸侯たちは元皇太后を恐れ、いつ何時もその顔色を窺うようになっていく。
「内乱時には燕家の道士たち、次いで皇帝陛下が恐れられたが、内乱後に最も恐れられたのはかのお方であったのだよ」
燕女史がしみじみと述べる。新米皇帝は政治のなんたるかを知らず、後宮は入れ替えられて元皇太后に意見できる女性などいない。その上燕家の道士を引き連れることとなれば、確かに周囲は恐ろしかっただろう。
しかしなるほど、燕家の道士は宮城から身を引いたわけではなく、内部分裂していたわけか。以前聞いた立彬の話は嘘でも間違いでもなかったのだ。雨妹が話を集めた際に、燕家が元皇太后一味の仲間であると思われていなかったのは、戦後処理で道士を奪った件だけを知ればそう見えたのだろう。それに道士と元皇太后が繋がる理由から考えれば、両者の関係は触れてはならない話題とされていたのかもしれない。
――果たして、燕家は嵌められたのか、どうなのか……。
燕家が長く続く家であり、周囲から一目置かれる存在であったのは、やはり道士という一般人には計り知れない力を持つ集団を抱えていたからこそであろう。元皇太后がそこまでの流れをたまたま思いついたのか、それとも前々から計画していた内であるのかはわからない。燕家が欲をかいて下手を打ったのは事実だが、元皇太后がここぞという時に「持っている」人であることは間違いないであろう。
そう雨妹がこれまでの流れを頭の中でまとめていると、燕女史の話はさらにその後の話に移る。
「そして燕家に残ったのは、御家の誇りへの執着であった」
それに世間は燕家が道士を失ったと思われたが、まだ残っていた。実は皇太后の手で存在を消されたと思われていた平和派の道士たちは、表舞台から追いやられたものの、山奥へと引っ込み修行の日々を送っていたのだ。その平和派道士たちを支援していたのが、燕女史たち姉妹の一家というわけである。




