681話 燕家という一族
「元々歴々の宮城の主から求められ、発言力も高かった燕家の道士であるので、宮城に集まる情報から国の地理のことも良く知っていた。そんな道士たちが各陣営にいるのだ、どこも燕家への内通者を飼っているようなもの。故にほとんどの戦場は温いものであったとか」
この意見に、雨妹はピンとくる。
――あれか、ほとんどの領地が八百長していたんだな。
諸侯たちは戦っているように見せかけて民衆に強い主であると思わせておき、その実、争い合う者お互いに「そこそこの負け」で戦果を分け合うわけだ。今こうして聞けば情報の扱いがあり得ない杜撰さだが、当時の諸侯たちはそれだけ生き残ることに必死だったのだろう。
それにしても、燕家とは相当誇り高い家柄なのだろうと思っていたが、これまた闇深い方向へその誇りを暴走させたものだ。
「そんな燕家の道士たちを、先代陛下の頃からことさら優遇したのが皇太后――当時の皇后陛下であった。皇太后陛下は燕家の道士たちを頻繁に招き、過大な褒美を与えていたとか」
――また不可解な情報が出て来たよ?
雨妹は思わず首を捻ってしまう。
つい先頃まで後宮の支配者であった元皇太后のお気に入りとされていた道士は、燕家の者ではないというような風に、雨妹は立彬の口ぶりから理解していた。けれどそもそも皇太后が贔屓にしていた道士は、燕家の道士だったらしい。これには立彬も同様に疑問に思ったのか、あちらも不可解そうにしている。
燕女史はそんな雨妹たちの疑問に答えるように、言葉を綴る。
「皇太后陛下が燕家の道士を贔屓にしたのには理由があった。皇太后陛下が後宮入りされた頃の先代陛下はかなりの高齢であり、もう子は望めない状況だったそうだ。それを子種が得られるように努めたのが、燕家の道士である」
燕女史のこの事実だけを述べたような遠回しな表現に、雨妹は眉をひそめた。
確か元皇太后は後宮入りしてあの父と、他にも少なくともその兄を産んでいるはずだ。医療技術の進んだ前世であっても、男性が高齢であると精子の機能が衰えるため、出産に至るのは可能ではあるものの、より困難が増す状況であった。それなのに元皇太后が二人以上の子を産んだのはすごいことであるだろうが、今の話はそれに疑惑が挟まれる要素となり得る。
つまり元皇太后が妊娠できたのは、先代皇帝の精力が晩年まで衰えなかったという可能性もなくもないが、それと同時に浮かぶのは、先代皇帝以外の男の子種を利用した可能性だ。
けれど後者の可能性は、雨妹には色々なことが妙にしっくり来るものであった。
雨妹は皇后と実際に会って話した時、自分が想像していた皇后像と違っていて、生真面目そうな印象を受けた。それと大偉の出生の件が、どうにもちぐはぐに思えてしまう。皇帝以外の皇族の男性から子種を貰うことをこの人は良しとしたのかと、不思議になったのだ。
それに男性側だって、皇后を孕ませたとなればどれ程の罪に問われるだろうか? 少なくとも平凡な死は迎えられないだろう。男性はそんな危険を冒してまで、たとえ大金が手に入るとしても種馬役を引き受けるだろうか? それこそ、皇帝公認という状況でないとあり得ない。
けれど、そこに道士が手出しをしたのならば、話は別だ。
――道士なら、錯乱状態にして閨行為に至らせることもできるだろうね。
元皇太后の相手となった男性は、自分がなにをしているのかわからないままに閨行為に至った可能性があるわけだ。そして皇后の場合、男女両者とも錯乱状態になっていたのかもしれない。雨妹と大偉が出生で揉めた火種は、元皇太后から引き継いでおり、しかもそれが燕家の道士主導でのこととなれば、なるほど罪深い話である。
そしてこの雨妹の推測が正しいのであれば、燕家の道士と元皇太后とは一蓮托生の共犯者となったわけだ。
雨妹がちらりと立彬を見ると、眉間に深い皺を刻んでいたので、おそらく彼も同じ考えに至ったのだろう。陳はというと、彼だって後宮の医者として結構な闇を垣間見て来ただろうに、うっかり酷い話を聞いてしまったというように具合が悪そうにしている。




