679話 頼りになる人
良い考えに思い至った燕淑妃が次に当たった壁は、ではどのようにして皇帝へこの意見を届けるかだ。
「その手段を持ってきたのも、郭比です」
それは燕淑妃がどうにかして、皇帝陛下に文を届けられないかと悩んでいた時のこと。燕淑妃が郭比と世間話をしていて、ふと愚痴るように「皇帝陛下と言葉を交わしたいなど、遠い夢のようなことなのでしょうね」と言ってしまったところへ、燕姉妹を心配していた郭比が囁いたそうだ。
『自分は皇帝陛下に繋ぎを取れる伝手を持っている』
気分を解すために郭比が言った冗談かもしれなかったが、燕淑妃は縋る気持ちでその言葉に賭け、皇帝への文をしたため、郭比に託した。
「そして郭比は本当にわたくしの文への返事を、皇帝陛下の御璽のある文を、わたくしの元へと持ってきたのです」
「なんと、なんという……」
この妹のご乱心とも取れるような行動を全く知らなかったのか、燕女史がもはや青を通り越して真っ白な顔になった。燕女史の方も大変な時期だったようであるから、妹の行動に全く構っていなかったのかもしれないけれど。
――もしかして郭比さんは、二人の家が抱える影の一人なのかな?
身分に囚われない行動や発言力、そして立ち回りを見ていると、そう感じることがしばしばあった。郭比の力で、燕淑妃の行動は隠されていたのかもしれない。
なにはともあれ、文の返事を無事手に出来た燕淑妃だったが、事はそうすんなりとは進まなかった。
「帰ってきた文に書かれた内容は、姐姐を妃として受け入れることはできない、というものでした」
姉は妃の条件に見合わなかった。理由は明確、彼女は賢人であり過ぎたのだ。
――でしょうねぇ。
雨妹は話を聞いていても正直、納得しかない。
下手に賢く弁舌に優れた人が妃になると、その人が皇帝を傀儡として操る危険性がある。あの父がそうなるかは別にして、過去にはそうした事例があったに違いない。だから妃になる人は、読み書きを覚えずに政治に興味がない人が望ましいし、実際に後宮にいる妃嬪たちはそのような人物ばかりだ。幼い頃から四夫人候補と見なされていた人こそ、そのように育てられたに違いない。
例外は黄家だが、あの家は昔から皇帝に仕える家柄ではないので、ああいう人が送り込まれたのだ。それにひょっとして、条件を和らげた代わりになにか制約が課されている可能性もある。
そんなわけだから、昔からなんだって出来た姉は、なんでも出来るからこそ妃としては失格だったのだ。そして燕淑妃は自らを愚か者のように言うが、おそらくは後宮入りさせることを視野に入れて、敢えて賢人にならないように育てられたのではないだろうか?
そんな雨妹の考察はともかくとして。
燕淑妃の当ては外れたように思えたが、皇帝は同時に光を与えもした。
「わたくし自身が妃として後宮入りをし、その賢人たる者を従え、国に尽くすというのであれば、望みを叶える。文にそう書いてあったのです」
つまり皇帝には、姉妹揃って後宮に受け入れる用意があるということだ。
――そりゃあね、父にとっては願ってもいない強力な味方が舞い込んできたんだし、逃がさないよね。
戦のやり方しか知らない父が、皇太后相手に四苦八苦していた頃であろう。賢人たる姉付きの四夫人候補となれば、喜んで受け入れたかったことだろう。
その後燕淑妃は再び郭比に文を託し、皇帝に提案を受け入れる旨を伝えた。それからしばらくして燕家に宮城の使者がやってきて、姉妹を淑妃宮に迎え入れる旨を述べたのだ。燕家の長老たちは揃って反対したらしいが、皇帝の勅命に逆らえるわけがない。無事に姉妹は淑妃とその女官として、後宮入りすることになる。
こうして無事に難を逃れたわけだが、同時に燕淑妃は罪悪感を背負うことになった。
「姐姐とは主と従者という立場に分かれてしまい、昔のように語り合うことはなく、他人行儀な態度になりました。それも当然で、わたくしは姐姐を道士方と修行の地から無理に離し、後宮へ連れて来たのですもの。希望の人となる道を断ってしまった――わたくしの私欲のために」
燕淑妃はそのように己の罪を吐き出すようにして、その目からぽたぽたと涙を落とす。
「けれどそれで姐姐に嫌われ憎まれたとしても、わたくしは姐姐に死んだように生きてほしくなかった!」
そう叫んでから、わあわあと幼子のように泣きじゃくる燕淑妃に、燕女史が近付く。
「愛しい妹妹、泣かないでおくれ」
そして泣く妹を抱きしめると、優しく語り掛けた。




