67話 確執だらけのお屋敷内
突然の料理長交代で確執がありそうなものだが、彼が大人しく譲ったのには訳があった。
副料理長は、客人を招いての宴料理を作ることができないのだ。
どうやら今まで利民がそうした客人を屋敷に連れてくることはなく、そういった持て成しの席は外の料理店を使っていたという。
それだけではなく、以前の利民は普段の食事も外で済ませてしまうことが多く、屋敷の厨房は主に使用人たちの食事を作るためのものだったそうで。
この副料理長もそういう内容で雇われたらしい。
けれど潘公主が嫁いできたらそうはいかない。
それなりの料理を出さなければならないし、客人だって来るだろう。
そうした理由で、現在の料理長が急遽召し抱えられたというわけだ。
彼はそれまでそれなりの料理店で働いていたらしい。
しかし副料理長はこうした現状がわかっていても、不満が溜まるというもので。
そしてこうしたことで揉めている現場は、なにも厨房ばかりではない。
この料理長のような、潘公主との結婚がきっかけで雇われた重要職の者というのがあと数人いるらしく。
どうもこれも使用人たちが気に入らない原因のようだった。
――それまで利民様はほとんど屋敷にいなくて、使用人はのびのびと好き勝手していたんだものねぇ。
それが突然お客様への対応をきちんとしろだの、黄家を辱めるような真似をするなだのと、ぽっと出の余所者に言われたくない、というわけだ。
「言ってはなんですけど、このお屋敷の人って外からの客人に慣れてませんよね?
どうして責任者だけでなくて、屋敷の使用人を丸ごと入れ替えなかったのでしょうか?
その方が面倒がなさそうなのに」
雨妹は厨房から戻る際、人気のない場所を通った際に疑問を口にする。
佳は大きな港を抱えるのだから、その港を管理する人のお屋敷とは、前世で言うところの大使館的役割も持つものではなかろうか。
これまでは外の料理店で持て成していたそうだが、今は潘公主がいるのだから、ここで客を迎えることだってあるだろうに。
様々な客人をもてなすためには、このような偏見ありきで話をする人を置いておいていいものか。
この体たらくでは、招かれた客はこの国に不信感を抱いて帰ることになりそうだ。
未来の展望が明るいとは言えない状態に眉をひそめる雨妹を、立勇がちらりと見た。
「先程の話に戻るが。
本来ならば屋敷の者たちを管理するのは、嫁いだ潘公主の役割だろう。
しかし使用人たちは皇族や都の者を見下していて、大人しく従うようには思えない」
「まあ、そうですね」
立勇の言葉に、雨妹も頷く。元から反感を持っている土地の者たちを上手く使うのは、非常に難しいだろうことは想像できる。
だからこそ潘公主に過剰な重圧となったのだろう。
――でも、このことで潘公主が悪いってなるのも可哀想だし。
「うーん」と考える雨妹に、「だが」と立勇が話を続ける。
「そこをうまく言い含めるのが、降嫁を望んだ利民殿の役割のはず。
しかもこの降嫁話は黄家側から起こったのだから、なおさらだろう」
これに、雨妹は目を丸くして驚く。
「あれ、じゃあ結婚話って本当に、皇族側から出た話じゃなかったんですか?」
「そうだ。突然黄大公から陛下へ申し出があり、急ぎで進んだと記憶している」
潘公主がああ思っていても、どうせ裏事情とかでの取引などがあったのだろうと考えていたのだが、どうやら真実だったらしい。
「そんな状況だ、なおさら迎える準備として屋敷の中の人事も整えておくのが道理だろうに。
それがこの体たらくとは、利民殿の采配能力に疑いが生じるのは否めぬな」
言うことが辛口の立勇に、雨妹も今のところ庇う要素が見つからない。
「話した感じだと、良い人っぽかったんですけどねぇ」
そんな風に思う雨妹を、立勇がジロリと見る。
「善良であることと有能であることは、必ずしも一致しない。
第一雨妹、お前は太子宮で、あのような下品な宮女を見かけたことがあるか?」
「……ないですね」
雨妹はしばし考えて、首を横に振る。
太子宮にお邪魔したことは数回あるが、見知らぬ宮女に影でヒソヒソされることはあっても、面と向かって悪意をぶつけられたことはない。
何故なら太子宮を訪れる雨妹は宮女であっても、お客様だったからである。
そのくらいは弁えておかないと、宮女としてやっていけないのだ。




