661話 お久しぶりですね
そんな雨妹たちの言い合いはともかくとして。
「こちらです」
扉の外を守っていた皇帝一行のうちの一人が、雨妹たちを皇后宮内の広間へと案内した。そこで待っていたのは刑部の数名である。
「あ!」
そのうちの一人に、雨妹も阿片事件の際に面識のある立彬の同期の姿を発見した。名前は教えられていないが、雨妹が密かにつけたあだ名は「謎さん」だ。
「やぁ、どうも」
あちらも雨妹と立彬の姿を見ると、にこりと笑顔を浮かべてくる。
そうしている内に雨妹たちは壁際に立ち、父が広間の最奥にある椅子に座ると、刑部の者らが叩頭した。
「楽にせよ」
父からそう声をかけられて頭を上げた刑部の人たちは、謎ではない人が現状を報告する。
「馬次席女官に協力的である者らは拘束しました。あとはその者らの部屋を捜索してなにが出てくるかでございましょう」
どうやら教坊の時同様に、大々的な家宅捜索に乗り出すようだ。
「ついては、皇后陛下の寝所での収穫物が出たとか。私どもが見ることは可能ですか?」
刑部がそのように言ってきたのだが、先程父の部下の手に渡った雨妹の手巾ごと保管された証拠物は、今ここにはない。だが大麻香は今雨妹が抱えていて、量もたくさんあるので、刑部も別に持って行けばいい話ではある。
「そうだな」
父の視線がこちらに向いたので、雨妹は進み出て刑部の人たちの前に収穫物を並べる。
「こちらは香炉の中身を消火したもので、こちらは隠し棚にあった使用前のものです」
「どれ」
雨妹の説明を聞いて、謎が香炉の消しかすの包みを開けた。だが焦げた臭いが鼻を直撃したらしく「臭っ!」と鼻をつまんで即閉じてから、気を取り直して使用前の方を開ける。
「これが大麻香ですか。大麻の煙草は知っているが、香もあったのだな」
謎はひとしきり観察してから、一応同じ香であると確認するためであろう、燃えかすの方の大麻香も一部取り分けていた。他はもう処分で埋めてしまっていいらしい。
――そうだよね、臭いからたくさん要らないよね。
このように証拠品の確認が出来たところで、肝心の話に移る。
「皇后陛下から話は聞けませぬか?」
「ならぬ」
刑部に問われた父が短く告げてから、今度は立彬の方に視線をやった。代わりに説明をしろということだろう。
「かなりお身体が弱っておられるので、医師の許可が下りない。だが、代理を連れてきた」
「代理とは、筆頭女官か?」
立彬の言葉に、謎がしかしこの場に呉がいないことを訝しむ。そんな謎に、立彬は燕女史の後ろに隠れている野猫の襟首を掴んで引っ張り出した。
「びゃあ!?」
急に人前に出された野猫がワタワタしているのは、刑部がいかにも怖そうな集団に見えるからであろう。
「この娘が皇后陛下の代理の証人である」
立彬に紹介された目の前に立つ野猫の姿に、謎を始めとした刑部の人たちはポカンとしている。
――この娘と皇后陛下が結びつかないよね、わかる。
ところで野猫が隠れる背中に燕女史を選択したのは、この中で皇帝を除いて最も頼りになりそうだという判断だったのだろうか?
「あわわ」
その燕女史に向かって野猫が助けを求める顔になるのに、しかし燕女史はすまし顔で告げる。
「お前は皇后陛下の代わりに文句を言うのであろう?」
「……そうだった!」
これを聞いて、野猫の目がギラリと光る。「なんか怖そうな人たち」の前に立たされた恐怖に、使命感が勝ったらしく、「ふんすっ!」と荒い鼻息を吐いてから顔を上げた。
「そら、なんでも言うぞ!」
こうして野猫が威勢良くなったのはいいのだが、やはり言動がハラハラさせられる娘である。
そういうわけで、野猫への事情聴取が始まったわけだが。まずは彼女が何者かを明らかにしなければならない。雨妹たちは、彼女が本当はなんという名前なのかすら知らないのだ。
質問人を務める謎の前で、野猫を椅子に座らせる。
「名はなんという?」
「親は『六』と呼んだ。けど皇后陛下が呼ぶ『野猫』が好き」
謎の問いかけに、野猫は素直に答えた。その名前からして、おそらく彼女は家族で六人目の子どもなのだろう。前世で言う「一郎」みたいな名前で、こういう名前は少なくはない。そして彼女の中では名前の雑さ加減で、「野猫」の方が良い名前だと思ったわけだ。




