644話 見つけたのはいいけれど
「本物であれば、道士として修業もしていない素人が意識をしかと保つのは難しい。ですが皇后陛下はお身体が弱って多少の意識混濁が見られるものの、受け答えが出来ておられる」
「確かに、普通に弱った病人に見えます」
燕女史の意見に、雨妹も頷く。
皇后は以前に雨妹が掃除中に遭遇した際にも、多少変な人だと思いはしても、受け答えがおかしな風には見えなかった。あの時皇后が血のにじんだ裸足で出歩けていたのが、大麻香で感覚が麻痺していたせいかもしれないくらいか。
「鼻につく臭さが増しているのは、香の力が弱い証拠。本来なら、もっと良い匂いが勝るものなのに。どこの職人であれ、かような香を作るはずもない」
燕女史はそう断言する。
道士が修行に使う香ではないのであれば、この件に道士が絡んでいる線は消えたと見ていいだろう。街に出没する流れの怪しい道士ならともかくとして、後宮に出入りする道士ならばわざわざ粗悪品を特別に作らせることに、意味を見出さないに違いない。技術も道具も一級品であるから、お抱え道士は特別視されるのだ。
このように可能性の一つが消えたところで、外で香炉の中身を消火してくれていた立彬が戻ってきた。
「始末が終わった」
「ありがとうございます、立彬様!」
声をかけられた雨妹は一旦、陳と燕女史から離れ、立彬の方へ足早に向かう。
「……」
この時、寝台の上で皇后が薄目を開けて雨妹の後姿を見たことに、陳も燕女史も治療方針を話し合うのに夢中で気付かない。
そしてこちら、雨妹と立彬は部屋の隅で話をしていた。
「これはお前が処分した方がいいのではないか?」
立彬がそう言いながら、焦げ臭いにおいを発している濡れた包みを差し出す。
「どれどれ」
雨妹はその包みを受け取ると、念のために中身を確認する。包みを開けると、かなり大量の消火済みの香からの焦げ臭さが余計に鼻につく。
「臭っ、目が痛っ!?」
雨妹は消火直後の燃えカスからの刺激が強すぎる包みを即閉じて、さらに持っていた木綿布で包む。
「立彬様はこれ、大丈夫でしたか?」
雨妹がそう心配すると、立彬がフッと鼻を鳴らす。
「当然目が痛かったし、これを作った者を呪いたくなった」
本当に辛かったのだろう、立彬が珍しくサラッと毒を吐く。雨妹としても、大変な苦労をかけて申し訳ないとしか言いようがない。
――これは、どこかで土に返ってもらおうね。
焼却処分をしては煙で害が出てしまうだろうし、埋めるのが一番である。
「それで、未使用の在庫は見つけたのか?」
立彬に問われ、雨妹は得意な顔をしてみせた。
「もちろん見つけましたとも!」
雨妹は香が入っている麻袋を取って来て、立彬に見せる。
「引き出しの二重底に隠してありました」
「ありがちと言えば、ありがちな隠し場所だな」
発見した場所を聞いた立彬が少々呆れているものの、ありがちということは、それだけ堅い隠し場所ってことであろう。それに雨妹だってこういう場合でなければ、二重底引き出しなんてワクワク感があって大好きである。自分もいつか秘密の日記などをそんな場所に隠してみたいものだ。
まあ、それはともかくとして。
問題の大麻香を目にした立彬が眉をひそめた。
「ここまで大量に香を焚いているにしては、これでは量が少ないのではないか?」
「言われてみればそうですね。他にもあるかもしれません」
雨妹も指摘されてそのことに思い至ったので、立彬に手伝ってもらって他にも隠されていないか再び捜索する。けれど、あの麻袋に入った物以外には見つからなかった。
「あまり大量に持っていると匂いが目立つので、多く置いておけないのか?」
立彬が量の少ない理由をそう推測するが、物が香だけに匂いで露呈するのは確かにありそうだ。
「定期的に仕入れることができるから、大量に置いておく必要がないか。もしくはちょうど在庫が減って、これから新しく仕入れるところだった、とか?」
雨妹もありそうな可能性を上げてみるが、どれも「これだ!」というひらめきをかんじない。さらに考え込む雨妹に、立彬が寝台の方をちらりと見てから囁くように告げる。
「もしくは、そろそろ不必要になる予定であるかだ」




