643話 探し物はどこですか
「さてさて、どこに隠しているかなぁっと」
雨妹は寝所をざっと見渡して、探す場所の見当をつける。
皇后に手出しをしている相手が良からぬことをしているという自覚を持っていれば、大麻香を他人に見られることを避けるだろう。なにしろ皇后の後ろ盾であった皇太后の道士への傾倒は有名であった。だとすれば、道士が使う道具を見知っている女官や宮女も多い。そんな彼女たちであれば、道士が使う香も知っているはずだ。
――なのに今ここで大麻香が見つかれば、道士の道具を素人が使ってなにをしているんだってなるよね。
なにしろ燕女史が言うには、大麻香はおいそれと他人に譲るものではないようなので、余計に素人が持っているなんて怪しいのだから。
そして隠し場所だが、雨妹がこれまで掃除に行った先の宮や屋敷で、面白半分で教えてもらったことがある。本当に大事なものや秘密のものは、常に自分の目の届くところに置いておきたいのが心情で、そうしたものを隠し持つための仕掛けを誰もが持っているのだそうだ。
だとすればやはり部外者に見つかるかもしれない物置や倉庫ではなく、皇后を留めているこの寝所に保管している可能性はかなり高い。特に立彬が香炉を発見した場所の周辺が怪しいだろう。
「偉い人が好きそうな隠し場所は、こういうところなんだけれど……」
早速雨妹は敷物の下に空間がないかを見て回り、大小ある棚の引き出しも全て開けてみる。念入りに調べていくと、幾つ目かの引き出しでそれに気付いた。
カコン!
小物が並ぶ飾り棚の一番下の引き出しの底を少し叩くとずれて、その下に隙間が現れたのだ。いわゆる二重底である。
――お約束な隠し場所だよ、残念でした!
雨妹はニヤリとしながら二重底を外せば、そこに麻袋が保管されていた。麻袋の縛ってある紐を緩めれば、中から出てきたのは香らしき物体であった。普通の香であればこのように隠す必要はないはずなので、間違いなくこれが問題の品だろう。
「ありました!」
雨妹が声をあげれば、診察を始めた陳に付き添っていた燕女史が振り向いた。
「こちらにお持ちなさい」
燕女史に言われて、雨妹はその香を麻袋から手巾に少量を取り分けてから持っていく。
雨妹は皇后のすぐ横まで行くことに若干緊張しながら、できるだけ足音をさせないように近付くのだが、皇后がこちら見ようとしないので少しホッとする。前に言った通り皇后に恨みつらみがあるわけではないけれど、因縁の相手ではあるので緊張感を抱いてしまうのは否めない。
「これです」
雨妹は燕女史の隣に跪いて手巾を差し出す。
「ふむ」
その手巾を受け取った燕女史は、顔に近付けて匂いを嗅ぎ、よくよく色合いを見てから眉間に皺を寄せる。
「例の香なのは確かでしょうが、わたくしが知るものとはだいぶ違いますね」
「どのような物か、私も見たく思います」
燕女史が難しい顔をしていると、皇后の状態を確認していた陳がそちらの手を一旦止めて、会話に割って入って来た。
「ええ、原因を知らねば処方も難しいですからね。どうぞ」
燕女史が香を取り分けた手巾を陳に手渡す。
「ふぅん?」
陳もまずは匂いを確かめてから、明るい場所までわざわざ移動して色合いを見て、ちょっと舐めてもみてからすぐに吐き出して戻って来る。
「大麻薬だとは思うが、だいぶ雑な代物だな?」
そして出された陳の結論に、燕女史も「やはり」という顔で頷く。
「はい、わたくしも道士が修行で使っている品とは程遠いと考えます。これでは煙と臭さが際立って、到底修行になど使えない代物でしょう」
「本物ならば、どんな感じなのでしょうか?」
二人に指摘された違いが雨妹にはいまいちわからなくて、素直に質問する。
「そうですね、なんと説明したものか」
これに答えようと燕女史は視線をさ迷わせ、寝台にいる皇后に視線をやった。




