637話 総力戦で挑む
こうして医者問題には糸口が見えたわけだが。
「陳医師に皇后陛下を診ていただく際に、余計な者を立ち入らせないようにする必要がありますね。小細工をされては困りますから」
呉と燕女史が話し合いを続けている中で、もう陳が診察することが決定されてしまっているのが申し訳ない。後で美娜に美味しいおやつを作ってもらって、陳を励ましに行こうと思う。
けれど乗り越える問題はまだまだあるわけで。第一に、皇后の診察をどこでするのかという点だ。当然皇后を医局に向かわせるのは無理があるので、皇后宮での診察が現実的だ。
「それに加えて診察と同時進行で、皇后陛下の周辺にある原因の物を探し出して排除しなければならないでしょう」
そこへ燕女史がそう意見を挟む。
――けど確かに、一緒にやらないと原因の大麻を隠されちゃうかも。
皇后を大麻汚染の罠にかけた犯人だって、突然の医者の診察の目的をすぐに察するだろうから、すぐに証拠隠滅に走るのは当然のことだ。
医者の診察と大麻の排除を同時にしなければならないとなれば、皇后宮で大々的に人の立ち入りを禁ずることになる。それを果たして呉だけの力で出来るものなのか? あの馬が黙ってそれに従うとは到底思えない。
皇后宮で、そんな邪魔な勢力を捻じ伏せて人払いを出来る人物となれば、もう一人しかいないだろう。
「皇后宮でそれをできるのは皇帝陛下だけでしょうから、御渡りを願わなければなりますまい」
呉がそう言ってため息を吐く。
「それしかありませんね」
燕女史も大きく頷いた。
――まあ、そうなるよね。
皇后宮で強権を発動できるのは、皇后を除けば皇帝しかいない。
「その方向で話を詰めましょう。皇帝陛下には私から密かに文を出します」
それから計画実行日を出来る限り早い日取りにしようとなり、どれだけ早くできるかは、皇帝がどれだけ早く動くかに左右されるだろう。
――父、他人に問題を丸投げできなかったよ。
投げた問題が跳ね返ってきた形である。皇帝なのに玉座にふんぞり返ってばかりではいられなくて、案外忙しい人だなぁと雨妹がのん気に思っていると。
「雨妹、皇后陛下の居室で原因の物を探す役目はあなたにやってもらいます。あなたには前例での実績がありますし」
「あ、はい!」
雨妹にも唐突に役割を振られたので、ビクッと背筋を伸ばす。
――私も「あとはそちらでよろしく」とはいかないみたい……。
雨妹もそうなるだろうなとは薄々思っていたし、皇后と直に会ってしまったからには気になって仕方ないので、関わることに否はない。
「この問題に燕淑妃宮としても、ご協力くださるのですよね?」
「ええ、後宮の大事はすなわち国の大事ですから。それに、わたくしも大麻には人よりも多少知識があります。診察の際に医局の医官殿一人であると憚りがあるやもしれぬので、わたくしも同席したく思います」
最後に呉がそう念を押すのに、燕女史は了承の答えを返した上に、そのような申し出をする。どうやら燕女史は陳への負担が大きすぎることを懸念したようだ。確かに陳が皇后に物申せるかは、雨妹としても心配する点である。いや、陳は責任感の強い医者なので物申すだろうが、その後の陳の胃が心配だった。陳も意見を代弁してくれる偉い人が同行するのは、心強いだろう。
「いいでしょう、許可しましょう」
呉は一瞬思案する顔になったが、こちらも燕女史に了承する。
呉も本来ならば余所の宮からの手出しは避けたいとなるところだが、今回は下手に隠さずに事を進める方針で行くらしい。花の宴の事件の後始末が終わったとは言い難い現在なので、大事を隠そうとするのは悪手と考えたのだろう。結果によっては皇后の立場に支障が出る可能性があるが、それは情報の持って行き方次第でなんとでもなる。
「……あれ?」
するとここで、雨妹はふと気付く。
――それじゃあ当日、燕女史と陳先生が顔を合わせることになるんだよね?
これはもしや、例の「あの話」にとっても絶好の機会と言えないだろうか? というか、この機会を物にしない手はない。
「では、詳しくは追って知らせます。雨妹、片付けご苦労でした」
けれどひとまずこの場は解散となり、雨妹はそう言えばここには掃除の報告に来たのだと思い出す。
「はい、では私は帰ります」
雨妹はそう挨拶して部屋を出ると、帰る際に、忘れずに片付けた部屋で出た再利用行きの品をしっかり回収して三輪車に載せた。




