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63話 潘公主の事情

「太るかどうかは、食事量と運動量の兼ね合いですから。

 食べるよりも多く運動をすれば痩せるのです。

 逆に言えば、運動量以上に食べては太ります」


運動と聞いて、潘公主が戸惑う様子を見せた。


「それは、殿方のように剣を振るのですか?

 それとも武術の鍛錬?」


どうやらこの国では、運動すなわち兵の鍛錬となるようだ。

 これに雨妹(ユイメイ)は首を横に振る。


「いいえ、散歩でいいのです。

 あれも立派な運動ですから。

 ですが、今の潘公主は筋肉が極端に付いていません。

 これでは普通に歩くだけでも息切れするのではないですか?」


「……そうね、だから余計に外に出るのが億劫で」


聞けば太子の出迎えは、やはり相当頑張ったようだ。


「せめて、お屋敷内を一周できる程度の身体を作りましょう」


「ええ、利民様に大変なご心配をおかけしていることですし、頑張るわ」


雨妹の言葉に、(パン)公主も決意の眼差しを向けて来た。

 こうして食事指導が一通り済み、最初の目標を設定したところで、潘公主が減量に走った原因についても聞いた。

 後宮では特に減量なんてしていなかったそうなのに、何故急にやろうと思ったのか。

 この辺りの心因的なことを解明しないことには、根本解決に至らないだろう。

 そして誰かに愚痴って楽になることも、治療の一環である。


「わたくしが痩せなくてはと思った、原因ね……」


潘公主は一瞬口ごもったものの、やがて事情を話してくれた。

 潘公主は子供の頃から、どちらかというとぽっちゃり体型だったそうだ。

 しかし後宮にいた頃は、そんな自分を特に気にしたことがなかった。

 潘公主の母は後宮内でもそこそこ立場が強い方だったそうで。

 故に潘公主に面と向かって体型を批判するような宮女も女官も宦官も、周囲にいなかったのだという。


「まあ、影では言われていたのでしょうけど」


それでも、そうした負の言葉は本人の耳には入らなかった。

 そして降嫁が自分に決まったのは、こうした見た目に対して拘らない潘公主の性格もあったのだそうで。


「皇族から降嫁することが決まった際に、わたくしを望んでくれたのは利民(リミン)様の方でしたの」


利民は海賊相手に船で陣頭指揮を執ることもあるそうなので、当然港近くに住まう。となると内地で優雅な生活とはいかない。

 なので美術品のような女ではない方がいいという注文が、利民側から入ったのだそうだ。


「通常では、皇族からの降嫁に注文を付けるなどないでしょうが。

 まかり通ったのは(ホァン)家故でしょうね」


潘公主はそう言ってなんとも言えない笑みを浮かべた。

 太子からも聞いているが、黄家は海の支配者として名を馳せており、皇帝へ従順であるとは言い難いらしい。


 ――ああ、だから公主を降嫁させて監視しようって思ったのか。


 こうした状況で選ばれたのが、潘公主だったそうだ。


「わたくしは姉上方のように日焼けなどには、あまり頓着しない質でしたの」


太っていることで見た目の美しさを諦めていた潘公主。

 だから髪や肌を痛める日焼けや潮風を厭う姉たちに比べ、港町で暮らすことに大して嫌悪感を抱かなかったそうだ。

 むしろ今まで見たことのない海を見られると、うきうきしていたらしい。

 美容よりも未知への好奇心が勝るとは、雨妹も共感できるところである。


 ――もし私が後宮で育っていたなら、仲良し姉妹になれたかもね。


 ともあれ、そんな気持ちで(カイ)へとやって来た潘公主だったが、黄家の中で暮らすようになると状況が一変する。


「屋敷の使用人達が、わたくしのことをあからさまにひそひそと噂するのが聞こえるようになって」


曰く、「あんな太い公主を押し付けられ、利民様が憐れだ」というのがたいていだそうで。


 ――ただの使用人が、皇帝の娘である公主の悪口を堂々と話すの?


 普通に不敬だし、後宮だけでなく宮城だったら物理的に首が飛びそうなものだが。

 違和感に首を捻る雨妹に、後ろで話を聞いていた立勇(リーヨン)が顔を寄せて来た。


「この辺りでは黄家の力は絶大だからな。

 住まう民も皇帝陛下より黄家を上に見る傾向がある」


「なるほど、お土地柄ってことですか」


雨妹たちのヒソヒソ話に、潘公主は苦笑しつつも話を続ける。


「中でも黄県主、つまり利民様の伯母様とその御息女からの風当たりがきつくって」


県主とは地方を治める諸侯の姫を指す。

 黄家がそれほど力のある一族ならば、黄県主もさぞかし誇り高い人なのだろう。


「黄県主曰く、利民様の妻となる人は、本来ならば黄家の娘から選ぶはずだったのだそうです。

 しかし黄大公が皇帝陛下と話をつけて、勝手に私を連れてきてしまったと怒っていらして」


「黄家の当主である黄大公はご高齢故、近々息子に代を譲るつもりだと聞く。

 その息子というのが、利民様の御父上だ」


「はぁ」とため息を漏らしながら話す潘公主に、後ろから立勇が補足する。


「ははぁ、つまり利民様の結婚相手は、ゆくゆくは大公夫人となるってわけですか」


それはきっと激しい競争があったことだろう。


 ――もしかして黄家内でドロドロの争いが嫌になったから、外の娘をと黄大公が考えたとか?


 全くの想像でしかないが、皇帝からの横やりが入りやすくなることを承知で公主を引き入れたのだから、あり得なくもない話だ。

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