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百花宮のお掃除係~転生した新米宮女、後宮のお悩み解決します。  作者: 黒辺あゆみ
第十四章

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633話 まずは報告

「そう言えば、終わったらどこに報告へ行くのか聞いてなかったや」


雨妹ユイメイはそのことに今更気付き、ボソッと漏らす。朝の自分は、よほど頭の中がワタワタしていたのだろう。ひょっとしてイェン女史はその辺りを把握していて、雨妹が困った末に皇后宮内で迷子にならないように迎えに来てくれたのかもしれない。


 ――気が利く人だなぁ。


 出来る女官は気配り上手なのだなと雨妹は思いながら、目の前のウーの部屋の扉を叩く。


「張雨妹です」

「お入りなさい」


雨妹が名乗れば中から入るように指示されたので、雨妹に続いて燕女史も入室する。


「おや、燕女史までご一緒で。二人揃ってどうしました?」


室内では机で書き物をしていた呉が、手を止めて顔を上げた。


「少々話すことができましたので」


燕女史がそうとだけしか言わないのは、他の耳を気にしているのだろう。確かに人払いをされないとし辛い話題だ。


「では、まず先に雨妹。作業はどこまで進んだのでしょうか?」


そこで先に話を振られた雨妹は、軽く頭を下げて告げた。


「掃除は終わりました。部屋に設置されていた装飾品などを全て取り払い、本来の部屋の状態に戻せたと思います」


これを聞いて、呉は微かに驚く顔になる。


「それはそれは、想像以上に良い報告だったこと。一日でやり遂げてしまうなんて、あなたの手際は噂通りね」


呉から褒められた雨妹は若干照れてしまうが、どうやら雨妹の掃除が噂になっているらしい。


 ――まあ、一時期やたらに汚部屋の片付けばっかりしていたし、それが原因かもね。


 それに雨妹の様子を見に来ていた皇后宮付きの宮女たちの感じでは、ダラダラと片付けをして長くかかりそうではある。呉もそれを基準に進み具合を予想していたのかもしれない。けれどそのように比べる相手が悪いにしても、掃除の手際を褒められればいい気分になれるものだ。


「では雨妹への労いに、お茶をご馳走しましょう。どうやら話があるようですし、こちらへおいでなさい」


呉はちらりと燕女史を見てから、そう言って書き物をしていた机から立ち上がり、今いる部屋の続き部屋へと入っていく。そこには既に、卓の上にお茶の用意がしてあった。


「お茶を淹れるので、お座りなさいな」


呉は雨妹と燕女史に手で席を指し示してから、自らお茶を淹れるようで茶器を扱い始めた。


「側仕えを置かないのは、変わらずですね」


燕女史がそう言うのに、呉はツンとした表情で答える。


「信用できる手勢が少ないのですから、この程度のために人手を割くのはもったいない。それにこちらは私が個人的に寛ぐ部屋ですから、誰も入れないことにしています」


呉はどうやら群れるのを嫌う人のようだ。

 けれど確かに、こうした場でお茶を淹れるための宮女がいてもいい気がするのに、雨妹も遅ればせながらも気付く。いつも秀玲や立彬がお茶を淹れてくれる光景に慣れてしまっていたが、ああした偉い身分が下っ端宮女を自ら持て成すのは異例なのだ。


 ――うむ、慣れって怖いな。


 改めて謙虚な下っ端心を忘れないようにしようと、心に書き留める雨妹だが、すぐに目の前の皿に目が行く。その皿には饅頭っぽいモノが盛られているのだが、その甘い匂いで饅頭ではないと気付いた。


豆沙包ドゥシャバオだ!」


日本風に言えばあんまんだ。目を輝かせる雨妹に、呉が「ふふ」と笑う。


「あなたが好きかと思いまして、用意させました」

「好きです、大好きです!」


仕事疲れと気疲れでヘトヘトだった雨妹の脳が、あからさまに復活するのがわかる。


 ――労働の後におやつをくれるのは、いい人だ!


 ちょっと頭の片隅で「食い物に釣られるな!」という立彬の小言が聞こえる気がするが、空耳なので気にしないことにする。

 そして呉が淹れてくれたお茶を配っていくが、彼女はどうやら風味が強めのお茶を好むようだ。お茶の香りを嗅ぎながら、雨妹は呉のことを「それっぽいな」と内心でクスリと笑う。それにお茶の風味と豆沙包の甘みが混ざり合っていて、雨妹的にはとても良い。


「はぁ、美味しい……」


しばし、雨妹はお茶と豆沙包の口内での共同作業を堪能していたのだが。


「それで、燕女史と揃って来た理由はなんでしょうかね?」


呉にそう切り出されて、本題を思い出した。いや、ちゃんと覚えていたのだが、もうしばらく忘れさせてほしかったというのが本音である。

 雨妹は豆沙包をゴクリと飲み込み、ひとまず冷静に、改めて順を追って出来事を語ることにした。


「実はですね」


燕女史に話した内容と同じになるが、掃除している最中に夜着に裸足という姿のまるで幽鬼みたいな女性が入って来たこと。高貴な身分だと思った彼女から、煙草か香のような濃い匂いを感じたこと。そして彼女を探している様子の偉そうな派手女官が乱入して、その派手女官が下手に出ながらも強引に幽鬼のような女性を連れて行ったことを、雨妹は語る。


「ふむ、その連れ去った者はマー女官であるな」


燕女史同様に呉からも、偉そうな派手女官という表現だけで特定されてしまった馬は、どうやらあれが彼女のいつもの様子であるらしい。

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